第143話 織田遥 死す

 やりにくい。織田遥は内心盛大に舌打ちした。武器としては欠陥の塊。にも関わらず攻めきれないのは大鎌と対峙するのが初見だからという理由だけではないだろう。

単純に攻め辛い。リーチが種子島Mk-Hよりある上に、刃の部分が天月ありすの体を守る様に地面と水平に半円を描いている為、正面から斬り込むには身を屈める必要があるが、こちらの機先を制するように小刻みに刃を動かし間合いを維持してくる。


 なるほど、武器としては欠陥だらけでも、防御はそれなりにこなせるんですのね。まあ守ってばかりでは勝てませんから意味はないんですけれど。最初はその程度の軽い気持ちだった。攻めあぐねるのも初見ゆえ。慣れればすぐにでも踏み込めると。その辺の探学生ならともかく、織田領にて禁忌領域で戦う猛者達に教えを乞い腕を磨いてきた自身にとっては、多少腕が立つ程度の相手に後れを取るなどありえない。ましてや相手は身体強化魔法を使っていないし使わせない。その武器がどれだけ希少で貴重な素材で作られていようと、大鎌などに使うようでは素材の無駄遣い。負ける要素はどこにもない。こちらは身体強化魔法を使っているのだし、と。


「大人しく、斬られなさい!」


「斬られたら痛いし嫌だよ。織田さんこそ距離取って魔法使った方がいいんじゃない?」


「貴女にブンブン飛び回られるよりこっちの方がマシですわ!!」


 手を緩めれば抜け目なく大鎌による斬撃。かわす分には問題ないが―――バターか豆腐のように、いや、素振りでもするかのようにあっさりと自身の防御魔法を切断する刃。冗談じゃないですわね…雷属性身体強化を使われたら、こんな物を持って走り回りでもされたら私だけではどうしようもありませんわ。


「れーくんとの特訓の成果だよ!」


「あの男、近接戦闘はからっきしだといってましたわよ!?嘘だったんですの?」


 とはいえ、現状主導権を握っているのは自分。私の攻撃を防いでさぞ気分が良い事でしょう。ですが!種子島Mk-Hの真骨頂、味わうと良いですわ!!

 何度目か分からない攻撃、振り下ろした斬撃が大鎌の峰で受け止められる。白虎の大牙を正面から受け止めきっているにも関わらず、壊れもしなければ欠けもしない。切れ味といい耐久力といい尋常ではない。が―――この距離なら外しませんわ!!

種子島Mk-Hの引き金を引く。零距離での魔法射撃。剣撃を十分に印象付けた上での銃撃、大鎌も抑えているこの状況、いくら貴女と言えどもかわし様がないでしょう!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 織田遥は知る由もないが、天月ありすが大鎌の特訓の際に相対して来たのは関東禁忌領域・真皇兵原羅将門の真皇兵である。数多の北条の精兵の、探索者達の成れの果て。織田の猛者達に劣るなどという事はなく、むしろ死者であるが故に生者では不可能な挙動で、純粋な殺意でもって容赦なく襲い来るそれらを相手にする事を、特訓などと軽い言葉で済ませるのは正気の沙汰ではない。いくら安全面に完璧な配慮をしているとしてもだ。


 れーくんがいるから絶対大丈夫、あーちゃんには絶対怪我させない。確固たる、しかしどこかズレた決意の元、敢行されてきた禁忌領域観光ツアーは確かに、天月ありすの大鎌習熟に埒外な恩恵をもたらしたのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「チッ!器用にも限度があるでしょう!貴女一体なんですの!?」


 斬撃からの零距離射撃は確かに通った。天月ありすの頬にうっすらと血が滲む。一連の戦闘の中で初めての外傷。完璧に不意はつけたはず、でなければ傷など負わないだろう。とはいえなぜその程度で済むのか。一体どこでどんな修練を積めば大鎌なんかで、いや最早大鎌など関係ない。ここまでの防御巧者になれるのか。


「私は天月ありすだよ」


 頬の血を拭いもせず、平然と答えるその姿に初めて天月ありすに僅かながらの恐怖を覚える。


「そんな事を聞いてるんじゃないですわ!!」


 とはいえ、一撃は通ったのだ。零距離銃撃は有効だろう。しかし使い続ければいずれ対応されるだろう。十分な効果が見込めるのは良くて後数回と考えた方が良い。防御を突破するのに有効な手札なのは間違いない以上、相手も警戒するだろうが出し渋っても意味がない。


「織田さんこそ、これじゃ女王蜂じゃなくて蚊だよ」


「失礼ですわね!そう思うなら大人しく蚊の一撃程度、食らったらどうですの!」


「蠅やアブなんて言ってくれた意趣返しってやつだよ!それに蚊に刺されたら痒いし」


「そんな細かい事を気にする女は嫌われますわよ!」


「大丈夫、れーくんは気にしないから!!」


 織田遥の動きに慣れてきた実感が天月ありすにはあった。先ほどの銃撃をかわせたのがその証拠だろう。武器は違えどやっていることは自分と似たような事。アウトレンジかショートレンジかの違い位。織田さんには悪いけど、この程度の技量なら、この間合いで間違いなんて起こらない。確かに素早い、力もある。だけど目で追えない程じゃない。反応できない速度じゃない。受け止めらない程強くない。とはいえこちらも捉えきれてないけれど、それでも狙うなら――――


 銃であるが故の、銃を使うが故の拘り。天月ありすが防御一辺倒であったが故の、身体強化によるアドバンテージと使わせない為の攻勢。剣撃で駄目なら魔法で。自身の使っている武器は銃なのだから。ある意味それは当然の発想であり、天月ありすを掠めた一撃でもあったが故に。相手が慣れ切る前に仕留める。その判断は間違ってはいない。


〔雷迅〕


 一振りにも満たない、刹那の加速。織田遥の猛攻に適応した結果生まれた僅かな余裕。引き金を引き、魔法を放つ一瞬の隙。お互い勝負どころと判断したポイントは同じだった。天月ありすの大鎌が翻り、舞う。驚愕の表情を浮かべる織田遥。勝敗を分けたのは既知か未知かの違いだろうか。いずれにせよ、それは僅かだが決定的な差となって現れた。


 完璧なカウンター。静寂の平原に命が散る。














































―――――――織田遥のドリルが、パサリと地面に落ちた。

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