第145話 目的地

 今後の俺の人生を決定づけるであろう運命の地にあったのは、ぼろい木造の小屋と井戸、そしてリンゴの木だった。素晴らしい。食料と飲み水の問題があっという間に解決してしまった。流石万生教だぜ!とはいえ食べると対処不能で深刻な問題が発生するから我慢したい所だが、俺は水筒なんて当然ながら持っていない。つまり水を持ち歩くことは出来ないという事だ。まあいい、とりあえずリンゴを何個か収穫しておこう。そしてここまで走ってきたから水も飲みたい。


 そう、俺は今、水が飲みたいのだ。我慢できるがしたくない。その為には、あのボロ小屋にトイレがあるかどうか。そこが重要だ。重要というかそれが全てだ。とりあえず眺めていても始まらない。小屋に入ろう。信じているぞ万生教!!

 扉を開け小屋へと入る。ボロ小屋だから期待してなかったが、何もないな。あるのは椅子とテーブル、そして扉が一つだけ。トイレがあるとしたらあの先か…あの扉を開けてしまったら俺の未来が決まってしまうのか。緊張して来たな…開けるか開けざるべきか。いや結局は開けるんだが。こんな事で俺の未来が決まってしまう事に覚悟が追い付いていない。


 うーむ…トコトコと部屋の中を歩き回る。トイレがなかった場合、やはり外国に逃げるべきだろうな。国内だと最悪万生教のローラー作戦で居場所がバレかねない。小雪ちゃんは何故かあーちゃんに甘いし、ほぼ確実にそうなるだろう。外国か…いや、俺外国語で会話なんて出来ないじゃん。言語チートなんて持ってないし知り合いもいないし。外国行ってどうすんだよ。馬鹿か俺は。となるとやはり国内に潜伏という事に…


 くそ、怖気づいてるのか?この俺が。今の生活を失う事に。食っちゃ寝引き籠り生活を失う事に。まあそりゃそうだよな。もしトイレがなければ快適な生活は失われ、あーちゃんの怒りが収まるまで逃亡生活なんだから――――


 扉の前で立ち止まる。手が震える。足が竦む。俺にとって運命の扉。パンドラの箱に最後に残っていたのは希望だという。ならばこの扉を開けた先に待っているのは一体何なのか。希望か、それともさらなる絶望か。はぁ…はぁ…大丈夫だ、きっとある。あるはずだ。


 ゴクリンコ――――一体誰の喉が鳴ったのか。暫しの間。覚悟を決め、ドアノブを握る。ふぅ…くそ、やるぞ、やってやる!俺はやってやるぞ!!うぉおぉぉおお!!

ドアノブを捻り、勢いよく開ける!!その先には――――――――小部屋に鎮座する水洗トイレが。まじかっ…まじかっ!あった!トイレがあった!!トイレはここにあったんだ!!!これでもうお漏らしする心配はない!!やった!!!やったぞなっちゃん!!俺は成し遂げた!成し遂げたんだ!! 心が軽い!羽が生えたようだ!!今ならなんでも許せる気がする!もう何も恐くない!!


「やったっ!!!」


 思わず出る歓喜の叫びと会心のガッツポーズ。暫しこの喜びに浸る。ふぅ…良かった。本当に良かった。世界は救われたんだ。それも全ては水洗トイレ、君のお陰さ。

おっと、こうしちゃいられない。大丈夫だとは思うけど、ちゃんとトイレとしての機能があるか確認しておかないとな。ここまで来てぬか喜びなんてことは流石にないと思うが。もしこれがオブジェでトイレじゃありませんなんて事になったら…俺は天獄郷を滅ぼしてしまうかもしれない。信じているぞ万生教!!


 水洗トイレの蓋を開ける。こうしてみる分にはちゃんとトイレっぽいな。後は水が流れるかどうか…しかしトイレか。よくよく考えると滅茶苦茶恥ずかしいな。誰かに見られるわけでもないのに…いや待て、本当にそうか?今この時俺の行動はバトルロイヤル開始前に渡されたカメラで垂れ流しになっているはず。なっちゃん専用カメラでなっちゃんからも見れるだろう。つまりやろうと思えば盗撮も可能なのでは?例えばそう、自身のカメラをトイレのどこかに設置すれば、俺がカメラを外したとしても丸写しという事では…


 なんてこった。危うくなっちゃんを日本の恥晒しにしてお嫁に行けなくしてしまう所だった。この体はなっちゃんそのものといっても過言ではない。リスクは限りなく廃さなければ。だろうではない、かもしれないで行動すべきなのだ!!


 バトルロイヤルなどこの際どうでもいい。周辺探査で安全の確保だ!とはいえここまで誰にも会わなかったんだから大丈夫だろうけど……!?あ?すぐ近くに何かいるんだが?何だこれ、トイレの天井か?反応があった天井を見るが何もない。とはいえ確かにそこに何かがいるのは間違いない。


 はぁ……巫山戯やがって…誰だか知らねえがトイレで一体何してんだ?この俺が人生を懸けて探し求めたトイレで、一体何をしてるんだこいつは?盗撮か?覗きか?俺の苦悩も知らず、なにをのうのうとこんな所で犯罪行為してんだテメェはよぉ…!!

しかもよりによってなっちゃんを盗撮しようだぁ!?俺がどれだけ配慮してると思ってんだ!!


「死ねっっ!!!!」


 銃を取り出し反応のあった天井の隅に突き付ける。今すぐ死ね!死んで詫びろ! 俺の怒りが灼熱の炎となってトイレの天井を消し飛ばし、ボロ小屋の屋根が余波で根こそぎ吹き飛んだ。あ……やっちまった。いや、大丈夫、ボロ小屋の壁は消し飛んでないから問題ない。一応建物としての体裁は保っている。良かった良かった。トイレが無事ならそれでいい。


 とりあえずエリア縮小に巻き込まれるまではここを仮拠点にしようかな、移動面倒くさいし。今後は似たような場所を辿りながら中央付近に移動していけば問題ないだろう。これでようやく後顧の憂いなくバトルロイヤルが楽しめそうだぜ!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



《誰か、裕子から連絡はあった?》


《わたしはありませんでした》


《私もよ》


《そう…エリア縮小に巻き込まれたとは考え辛いし、となると…》


《誰かと戦闘になり、脱落したと考えた方が良さそうね》


《あれだけ交戦は避ける様言ったのに、あの子…》


《美咲に良い所を見せようと思って張り切りすぎたのかもね。あの子はそういう所があるから》


《…仕方ないわね。裕子の事は一先ず置いておきましょう。それよりも皆はさっきの炎は見たかしら?》


《炎?なんだよそれ》


《わたしは見ましたよ。火柱がすっごい勢いで上がってたんですよ。もの凄く目立ってました》


《私も見たよ。あれ凄かったよね。一体誰があんな派手な事したんだろ?もしかして織田遥とか?》


《少なくとも私以外で観測した人がいるのは有難いわ。現在私達の合流状況は芳しくないわよね。合流の為の目印がないから当然なんだけれど》


《まさか、美咲…正気?》


《ええ、ハイリスクハイリターンよ。だから皆に相談したいの。火柱が見えた方向に向かえば、見えた人達は間違いなく合流できるでしょう?》


《確かにそうだけど、それってつまり、あの火柱を作った人と遭遇する危険があるって事だよね?》


《それにそれだけ目立ってたんなら、他の連中も確認する為に集まってくるかもしれないぜ?》


《私と恵里香と慧が合流できれば、多少強引な手段も取れるようになるわ。それこそ似たような事をして他の皆と合流する事も可能よ》


《確かにそうね。虎穴に入らずんば虎子を得ずよ》


《わたしも構いませんけど、警戒はちゃんとしないと駄目ですよ?》


《それは勿論。火柱が上がった方角はちゃんと覚えてるわね?今後ここに来る子たちにも、火柱が上がった方角が分かる様なら慎重に、そちらの方向に向かう様に伝えて頂戴。あと定時連絡で私達三人からの連絡がなかった場合は、晶。後の事は貴女に任せるわ》


《勘弁してくれよ…誰かに指図するような性格じゃないの知ってんだろ?》


《あくまでもしもの話よ。それじゃ十分警戒しつつ火元の確認と洒落込みましょうか》

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