第147話 これはひどい
俺は一体何をやってるんだろうか…屋根が吹っ飛んだボロ小屋の中で椅子に座り、グデっとテーブルに寝そべって時間を潰しているわけだが、いかんせん暇すぎた。こんな目立つ場所に小屋があるんだから誰か来ても良いと思うんだが。やっぱり天獄郷丸々バトルエリアはやりすぎだと思うんだよな。エリアが広すぎて参加者と遭遇しねえよ。ここに来るまでで遭遇したのはたったの二人、未来のライバルとどっかの女子生徒のみだし。
つまらん。移動するか?ここと似たような場所に立ち寄りながら中央に向かった方が良いかもしれない。トイレがあると分かった以上後顧の憂いはないわけだし。当初の作戦は中央エリアでスニーキングの予定だったし、ここに拘る必要もない気がしてきた。よし、移動しよう。このままだと寝落ちしてエリア縮小に巻き込まれて敗北しかねん。中央なら寝落ちしても問題ないし。なんなら誰かが攻撃して起こしてくれるまである。中央に行かない理由がないか。
でも移動が面倒臭いな…また歩くのか、森の中を。走るよりはマシだが…いっそのこと、ここを中心にしてくれたら最高なんだが無理だよな。だるい…小屋の出口を見ながらグダグダと考える。移動しなきゃなのは分かるんだが、俺の体がやる気になってくれない。これはそう、起きなきゃいけないけど寒いから布団から出たくないのと同じ症状だ。俺レベルともなれば1日中布団の中でゴロゴロする事すら可能。この状況から自力で立ち上がるのは非常に難しい。せめて何か切っ掛けが…やはりエリア縮小まで…ん?
ギィ…小屋の入り口がゆっくりと開く。テーブルに寝そべっている俺と、扉を開けた女の人の目が合った。
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今、私達の目の前には小屋がある。屋根が吹き飛んだ小屋。外壁はどうにか無事だがところどころ焦げ跡の残るその小屋は、火柱が発生した場所である事は疑いようがなかった。この小屋で一体何があったのだろうか。屋根が吹き飛んでいるという事は、おそらく小屋内で戦闘があったのだろうが、それほど大きくない小屋の中で、あんな規模の魔法を使うなんて正気を疑ってしまう。下手したら小屋の倒壊に巻き込まれかねない。にも拘らず使ったという事は、自分に自信があるのか、それとも咄嗟の出来事で手加減できなかったのか。どちらにせよ警戒すべき敵なのは間違いないだろう。
「美咲さん、どうするの?合流できたんだから移動した方が良いと思うけど」
「慧、小屋の中が気になりませんか?私は凄く気になります」
「私だって気にはなるけど…もし火柱上げた犯人がまだ小屋の中にいたらどうするの?」
「いるわけないですよ。あの火柱を見てから1時間は経過してますよ?屋根の吹き飛んだ小屋の中で1時間もボケッとしてる人なんているわけないじゃないですか。バトルロイヤルですよ?あんな目立つ事しておいて小屋に留まる理由なんてありません」
「確かにそうかもしれないけど…美咲さんの考えは?」
「そうね…確かに犯人がまだ小屋にいるとは思えないわ。それに可能なら小屋を調べてみたいのよね。私が最初に見つけた小屋と似たような感じだし、中がどうなってるか分かれば、バトルフィールド内の小屋はほぼ同じ作りだと思って良いでしょう」
「どのくらいの規模の火柱だったかも分かるかもしれませんしね」
「二人がそう言うなら私も異論はないけど」
「念の為、私が小屋の中を確認するわ。二人を周囲の警戒をお願い」
「分かりました」
「了解です」
周囲を警戒しながら静かに小屋へと近寄る。犯人はいないだろうが、別の誰かがいる可能性は0じゃない。不意打ちを警戒しつつそっと小屋の入り口まで近づく。慧と恵里香の二人を見る。お互い頷き合い、そっと扉を開ける。ギィ…軋むような音と共に扉がゆっくりと開いていき…テーブルに寝そべっている女の子と目が合った。
誰かがいる可能性は0じゃないと思いつつも、まさか本当にいるとは思わなかった。しかも無防備にテーブルに寝そべっているそのだらけきった姿に意表を突かれて反応が遅れる。お互い動けないまま見つめ合う。この子…間違いない、日向奈月だ。何でこんな所に?というか何してるの?何で寛いでるの?頭の中を疑問が埋め尽くす。あの火柱、まさかこの子が?いや、もしそうならこんなだらけた格好でいるわけがない。きっとたまたまこの小屋を見つけて休憩してたんだろう。でもこんな屋根が吹き飛んでる小屋でのんびり休憩なんてしようと思えるだろうか?
「美咲さん?大丈夫?」
「何かありました?」
慧と恵里香の二人が私を心配して小屋へと近づいてくる。二人の声掛けによって私と日向奈月の止まっていた時間が動き出す。むくりと起き上がる日向奈月。
「慧、恵里香、下がって!!」
二人に指示を出すと共に、小屋から速やかに脱出する。そう、脱出だ。日向奈月、私達の要警戒対象。であるにも関わらず、出会った時に何も感じなかった。単に普通の女の子が寝そべってるようにしか思えなかった。警戒の必要を感じさせない無害な存在としか思えなかった。だからこそ反応が遅れたのだろう。小屋から飛び出しくてくる私をカバーするように二人が入り口前で戦闘態勢で待ち構える。
「美咲さん、何があったんです?まさか誰かいたんですか?」
「ええ。いたわ。日向奈月がね」
「日向奈月?それってあの日向奈月ですか?」
「そうよ。要警戒対象の日向奈月よ」
「要警戒とは随分な過大評価。わたしは世間では無力な女の子で通ってるはず」
小屋からゆっくりと、日向奈月が姿を現した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何か知らんけど誰か来たぞ。でもどっかで見た事あるような……ああ、あれだ。俺に森の中で斬り掛かって来た女子生徒と同じ制服なんだ。どうりで見た事あると思ったぜ、納得納得。とりあえず何か反応してくれないかな。俺から喋るのも面倒くさいんだが…
「美咲さん?大丈夫?」
「何かありました?」
む?こいつ以外に二人いるのか?という事はこいつら組んでるって事?反則じゃね?いや反則じゃないか。まあいい。それよりも三人いるとか最高じゃん!NSCで対集団戦プレイが可能とかとんだプレゼントが飛び込んで来たぜ!ダラダラしてる場合じゃねぇ!!俺が起き上がると同時、女生徒が外の二人に声を掛けつつ小屋から飛び出した。逃げないよな?まさか三人いて一人相手に尻尾巻いて逃げるとかないよな?
とはいえ慌てて俺も小屋から飛び出すのは格好悪いので、歩いて出口へと向かう。NSCにおいて最も重要なのは恰好良さなので当然である。
「美咲さん、何があったんです?まさか誰かいたんですか?」
「ええ。いたわ。日向奈月がね」
「日向奈月?それってあの日向奈月ですか?」
「そうよ。要警戒対象の日向奈月よ」
三人の会話が聞こえてくるが、要警戒対象ってなんだよ…なっちゃんは無害なはむすたあだって世間でも評判だろ。ダンジョン配信でも一度も戦った事ないんだぞ。バトロワでもこいつらと一度も遭遇してないから、NSCはバレてないはずなんだが。
「要警戒とは随分な過大評価。わたしは世間では無力な女の子で通ってるはず」
とりあえず貴重な得物なんだ。油断してもらわなくては困る。まずは俺が怖くない存在だと思わせて戦闘意欲を持ってもらわなければ。
「それはバトルロイヤル前までの貴女の評価でしょう?少なくとも、今の貴女を無力な女の子だと思ってる人はここには誰もいないわよ」
「バトルロイヤル前?まるで見てきたように言う」
どういうことだ?こいつ明らかになっちゃんが戦えることを知ってる口ぶりなんだが…もしかしてあの森で不意打ちかましてきた女子生徒が生きてたのか?そいつから情報貰ったのなら一応納得は出来るが。あれで生きてたとかちょっと驚きだぜ。そいつが見当たらないのはその辺に隠れてるのか?また不意打ち仕掛けるつもりか?芸がないな。まあいいけど。
「私達は今の段階で貴女と事を構える気はないわ。ここに来たのも上がった火柱を利用して合流する為なの」
こちは既にやる気なんだが、そっちもやる気を出して貰わないと困るんだよな。どうすっかな。
「わたしの事は誰から聞いた?森の中で私を襲ってきたあなた達の仲間から?」
「森の中?…どんな子だったか聞いてもいいかしら」
「こちらの質問には答えないくせに図々しい。まあいいけど。弱かったから顔は覚えてない。わたしに背後から斬り掛かってきて逃げようとしたから、そのまま消し飛ばしたと思ったんだけど。あなた達と同じ制服を着てたのは覚えてる」
「そう…」
「美咲さん、それって…」
「ええ、裕子でしょうね」
この反応、あの女子生徒から聞いたわけじゃない?ならどうやって…まあいいか。大した問題じゃないし、どっちみちこいつらと戦う事には変わりないし。
「まあいい。わたしが戦えると知っているなら話は早い。潔くNSCの糧となれ」
二丁拳銃を取り出す。俺の準備は万端だ!どこからでも掛かってこい!
「さっきも言ったけど、貴女と戦う気はないわよ?裕子の件は残念だったけど…あの子が不意打ちしても意味がなかったのなら、なおさらここでの戦闘は無意味だわ」
なんだと…俺がやる気を出す事なんてそんなにある事じゃないのに!このやる気をどうしてくれるんだ!!
「情けないにも程がある…こちらは一人、そちらは三人。数で圧倒的優位なのに戦わない?あなた達、一体どこの探学生?天獄杯代表に選ばれた誇りはないの?」
俺には全くないけどな。なっちゃんもないんじゃないかな。あったらマスコット枠で出場しようなんて思わないよね。
「誇りよりも大事な物があるからこそ、今ここで戦うわけにはいかないのよ。私達には絶対に優勝しなければならない理由があるの」
私達…ね。つまりこいつらは小雪ちゃんに個別なお願いじゃなくて集団に益のあるお願いする為にチームを組んでるって事か。しかも絶対にか。そこまでチーム優勝にこだわる理由があるか?金とか権力とか物欲系だと内部崩壊確実にするだろうし。う~む、分からん。誇りよりも大事な物があって、その為にチーム組んでまで絶対優勝しなければならない、か。この御大層な言い回し…禁忌領域もしくは万生教関係か?
「万魔が聞いたら呆れる言い訳。恥を知った方が良い」
「万魔様を呼び捨てなんて不敬ですよ!!」
お、なんだよなんだよ。万生狂信者じゃ~ん。それならなんの問題もない。やったね美咲ちゃん!死闘が出来るよ!!
「ふん。多勢に無勢ならともかく、1vs3で尻尾を巻いて逃げるとは万生教徒の名が廃る。万魔もあなた達の様な人がこのバトルロイヤルに参加してると知ったら間違いなく落胆する」
「ふざけないでください!万魔様がそのような事で落胆されるはずがありません!そもそも私達は将来黒巫女として万魔様に仕えるべく研鑽を積んで来た身です!万魔様もバトルロイヤルに関して手段は問わぬと仰せでした!何ら問題はありません!!」
「ちょっと恵里香!色々言いすぎだよ!!」
「だって慧!この子、万魔様を呼び捨てするだけでは飽き足らず、万生教まで!!」
「話は変わるけど。わたしは今、天獄殿でお世話になっている。その伝手で万魔様とお話することも出来る。むしろ万魔様とはお友達と言っても過言ではない」
「な!?ふ、不敬どころか万死に値します!!」
「不敬ではない。実際に配信で万魔様とコラボもしている。何かあったら遠慮なく言うんじゃよとお墨付きも貰っている。なのでわたしは万魔様にこう言おうと思う。あなた達がどこの探学生なのかは知らないけど、これほど有利な状況で戦いもせず尻尾を巻いて逃げる臆病者など、黒巫女になる資格はない。黒巫女とは万魔様の矛であり盾。臆病者はお呼びじゃない。あなた達に関わる者全て、臆病風に吹かれた腰抜け共は、未来永劫黒巫女不適格の烙印を押してもらう」
「そんな事、出来るわけないでしょう!万魔様も御許しになるわけがありません!」
「そう思うならそう思っていればいい。わたしは万魔様と直接話せる立場にあり、そして万魔様が認めなくとも、この会話を知った万生教徒が、黒巫女さん達がどう思うか少しは考えてみると良い。果たして、あなた達は黒巫女になれると思う?」
何が何でも戦ってもらう。何故なら俺が暇だからだ。暇を持て余した俺に、やる気を出した俺に出会った不幸を呪うがいい。
「戦え、そして証明しろ。この日向奈月に立ち向かい、己の存在価値を、黒巫女候補たる矜持を示せ。それを以て、腑抜けた事を言ったあなた達の
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