第141話 地獄の鎌が開く時

 勝負あり、ですわね。砕け散った大鎌の刃の破片と、砕け散った防御魔法の残滓が光を反射し幻想的な光景を演出する。遅かれ早かれ、同じ事は起こっていただろう。

天月ありすが自身の提案を蹴った結果だが、決着が多少早まっただけ。織田遥にとっては想定の範囲内だった。


 そもそも白虎の大牙と正面から全力で打ち合って無事でいられる武器など、それこそ同じ四神から作られた武器でもない限りまずありえない。うずくまり、微動だにしない天月ありすの背を見ながら、織田遥は冷静に現状を推し量る。武器を失った以上、これ以上の戦闘は不可能。あの大鎌は万魔央のプレゼントらしいですし、予備など持っていないでしょう。仮にここで見逃したとしても私以外の誰かに倒されるだけ。流石にそれは許容できませんわね。せめて私が介錯してあげましょう。勝負はつきましたし、時間は十分ありますわ。思う存分悲嘆にくれると良いでしょう。勝者の余裕で織田遥は天月ありすを眺めていた。



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「う…うわ~~ん!!」


 平原に天月ありすの泣き声が響き渡る。ギャン泣きであった。手元には刃が砕けた大鎌の柄のみ。軽くなってしまったそれを胸に抱えて泣きじゃくる。れーくんから貰った初めてのちゃんとしたプレゼント。小さなころからずっと一緒だったそれの無残な亡骸を抱えて、織田遥の存在を、状況を忘れて天月ありすは泣いた。もっといい方法はなかったのか、これしか手はなかったのか。考えようにも答えは一向に浮かばなかった。自身の取り得る最善の行動をした結果が、これか。こんな結果になるなら戦うなんて選択をするべきじゃなかった。意地を張った結果が、これか。この子を犠牲にしてまで得た物が、織田遥の防御魔法を砕いただけか。なんて無様…こんな結果じゃ、この子にもれーくんにも顔向けできないよ…


 ひっくひっくと泣きながらゆっくりと立ち上がる天月ありすを見て、悪い事をしたなと思わないでもないが、手を抜けばこちらが斬られていた以上、仕方のない事である。そも壊れるのが嫌ならば、宝物のように大事にしまって使わなければ良いのだ。戦いに持ち出したのは天月ありすの判断、その結果どうなろうと結果と責任は使用者が負うべきだろう。が、気まずい物は気まずい。


「謝罪はしませんわよ」


「うぅ…ひっく…うぅ…織田さんは悪くないよ。全部私の責任だし…」


「ま、まあ、私に一矢報いたわけですから、その大鎌も本望だったのでなくて?その武器だったからこそ、ここまで善戦出来たわけですし」


「…そうだね。そうかもしれないね。でも、このままじゃこの子にもれーくんにも申し訳立たないよ。うぅ…」


「まだやる気ですの?こう言っては何ですが、貴女にもう打つ手はないでしょう?その大鎌も万魔央から貰った特別な物みたいですし。同じ物を持っているとでも?」


「この子はこの子だけだよ、同じ物なんて存在しないよ…」


「でしたら、それこそ無理な話でしょう」


「…せめて仇は取らないと…ひっく、このまま引き下がるなんて、れーくんが幻滅しちゃうよ…うぅ…大鎌は浪漫なんだよ。最強なんだよ。それが負けるなんて…負けたまま引き下がるなんて、そんなの絶対認められないよ!!」 


「ふぅ…良いですわ。このまま見逃すつもりはありませんもの。せめて一思いに介錯して差し上げますわ」


 余程大事なものだったのだろう。半ば自棄になっているのかもしれないが、それでも戦うというなら一太刀で終わらせるのも情け。種子島Mk-Hの刀身が天月ありすに向けられる。


「元々使うつもりはなかったけど…れーくんも許してくれるよね?この子を壊すような強い人が相手なんだから、使っても良いよね?せめて相応の代償は支払わせないと…私が私を許せないよ!!」


 壊れた大鎌をそっと左腕のマジックバッグに収納する。この子の仇は絶対に、取る。れーくんからプレゼントされた髪留めに手を伸ばす。れーくんのいない所で使った事は一度もない。ほんとにヤバい時しか使っちゃ駄目と言われてたけど、今がその時。私が私である為に!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



天月ありすの顔が、何かを決意したものへと変わる。まだ何かあるのだろうか。この状況で?念の為、防御魔法を張り直し万全の状態で迎え撃つ。言ってしまえば天月ありすの成果はこの程度。あれだけ頑張って、全力を出して得た結果は、張り直せる防御魔法を一度切り裂いただけ。そしてその代償として自身の大切な武器を失うというハイリスクノーリターン。それが分からないほど間抜けな娘でもないでしょうに。とはいえ油断は禁物。一度とはいえ防御魔法を突破されたのだ。天月ありすの一挙手一投足に注視する。


 天月ありすがゆっくりと髪留めに手を伸ばす。一体何を?髪でも解いて首を差し出すつもりでして?油断はしないが余裕を持ってその行動を見守る織田遥。何をしてこようとも、最早相手は死に体。せめて足掻くくらいはさせてあげますわと。結果として、その余裕が完全に裏目に出た。


―――――――背筋に走る悪寒。死神に首筋を撫でられたような錯覚。天月ありすの右手が髪留めからゆっくりと離れていくにつれ、悪寒が、不穏な気配が増していく。徐々に離れていく右手。そこには真っ黒な棒が握られていた。違う、あれは柄だ。それを見た瞬間、織田遥は直感的にあれが何かを理解する。天月ありすが手に持っているもの。取り出そうとしているもの。今まで散々目にして来たものを。頭が警鐘を鳴らすが体が動かない。魅入られたように天月ありすを、取り出そうとする物から目が離れない。天月ありすが勢いよく手を振り下ろす。悪寒は今や濃厚な死の気配へと変貌していた。


 天月ありすの右手に握られていたのは、身の丈を超える大鎌だった。先ほど使っていた物よりも一回り大きく、柄の先から地面につくほどの漆黒の刃が弧を描き、凍てついた気配を漂わせる。心なしか周りの温度が下がったような気がする。明るいにも関わらず、漆黒の闇に放り込まれた錯覚を覚える。天月ありすの背後にフードを被った骸骨の姿を幻視する。


 吞まれている。天月ありすの取り出した大鎌の放つ気配に。なにより天月ありすとその大鎌の歪極まるシンメトリーに。形状からして明らかに武器としての体を成していない。にも拘らず先ほどまでの大鎌とは比較するのも烏滸がましい圧倒的存在感。これが、これこそが、この大鎌こそが天月ありすにとっての切り札ジョーカー。その激しすぎるまでの自己主張。死ねと。滅べと。敵対するものすべからく、万死をもってあがなえと。


 パンドラの箱に最後に残ったものは希望ではない。希望によってもたらされる絶望である。

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