第137話 その結果

 う~ん、やっぱり無理だね。織田遥の降り注ぐ魔法の雨を交わしながら天月ありすは冷静に現状を分析する。万全の準備をした上で、相手の隙を伺って、そして放った全力の初撃をかわされたのが痛すぎた。


――――織田遥を発見したのは偶然。呑気に平原を歩いているのを見つけた時は目を疑った。自信があるのか慢心なのか、少なくとも常人の神経ではない。どことなくダブるその在り方に胸中複雑な物を感じつつ、とりあえず様子見かなと、織田遥を森の中から観察する事を決める。


 転機が訪れるのにそれほど時間は掛からなかった。織田遥が空に向かって叫ぶと同時に現れた黒い目玉。気味が悪かったが不思議と嫌悪感は感じなかったそれが消えた後、森の中から叫び声をあげて人影が飛び出した。数は三。織田遥に向けて真っ直ぐに向かうその姿を見て、天月ありすは瞬時に彼らを囮にする決断を下す。叫ぶ彼らを見て一瞬ギョッとしたように見えた織田遥だが、すぐさま彼らを迎え撃つ。


 あの人達に負けるならそれでいいけど、おそらくそうはならないだろうし。ちょっと気が引けるけど、あの人達が負けて気が緩んだところを狙おう。れーくんも言ってたからね、得物を前に舌なめずりするのは三流だって。チャンスは二度訪れない、やられる前にやる、やる時は徹底的にやる。やったか!?は言っちゃ駄目。そして警戒してない相手には、様子見せずに初撃で大技喰らわせるのが礼儀だって!!



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 天月ありすの不幸は、本人は断固否定するだろうが天月隷人がいた事だろう。彼が身近にいた事で、彼と常にいた事で、彼女の常識は戦闘面においてこの世界の探索者と否が応でもズレる事になった。天月隷人の前世の娯楽作品から得た偏った知識、魔法がなかったからこそ想像し生み出された多種多様な魔法と運用法。魔法がある世界なんだから出来て当然だろと楽観視し、そして実際に出来てしまった事による、魔法って意外と簡単なんだなという誤解。それらはすべて天月ありすに影響を齎す。


 あーちゃん凄い、あーちゃんならやれば出来る。あーちゃん可愛い!あーちゃん最高!!天月隷人のある種身勝手で無責任な激励と称賛は、天月隷人をある種妄信する天月ありすのやる気を最大限引き出した。それが双子であるがゆえの共感性なのか全く違う物なのかは分からないが、天月ありすに二度目の不幸があったとしたら、それは天月隷人のトンデモ話を真に受け、それを部分的にとはいえ実践に至らせた才能だろう。天月隷人の天月ありすへの称賛と猫可愛がりは過熱し、それを受けた天月ありすの満足感とやる気は際限なく上昇する。誰もが気付くことなく、世界の常識を壊しかねないループ構造が人知れず生まれてしまった瞬間であった。


 天月ありすの使える魔法は現状一種類のみ、身体強化魔法である。身体強化魔法は無属性魔法に分類され、その効果は魔力循環による自身の運動能力の一時的な上限突破である為、反射神経や動体視力、思考速度などは変化しない。が、天月ありすの使う身体強化魔法は雷属性である。雷に打たれ続けた人が、火に焼かれ続けた人が、凍り閉ざされた人がどうなるか。ましてやそれを体内で循環させるなど…


 属性を纏う身体強化を人の身で使うのは荒唐無稽に等しい絵空事であり、今に至るまで使う者など存在していない現状が、使用者の末路を雄弁に物語っていると言えよう。が…天月ありすだけは幸か不幸か例外であった。理由は当然、天月隷人である。


 原因は幼少の頃より可能な限り毎日行っていた王級美容魔法・お姫様ごっこプリンセスメーカーであった。磁気って健康や美容に良いよなという思い込みにより現在進行形で可能な時は天月ありすに施されているこの雷属性魔法によって、天月ありすの体は雷属性に関して異様なまでの親和性を持つに至る。天月隷人の魔法が異常であり、天月ありすが雷属性であった事も理由なのかもしれないが、その結果、天月隷人の雷属性は身体強化に最適という、常人であれば即死に繋がりかねない発想が、身体強化魔法についての知識がなかった事が、れーくんのいう事は正しいという無二の信頼が、なにより天月隷人が目の前で実践して見せた事が、天月ありすの雷属性による身体強化魔法という外法を実現させたのである。



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 一人、織田遥の魔法により燃え尽き消える。


雷光刹華らいこうせっか


 二人、風に切り裂かれて消える。


今よりこの身は一迅の雷。地を這う雷撃を―――


 三人、氷に貫かれて消え、そして織田遥の気が緩む。今―――!!


雷鳴かんなぎ


 大鎌を両手で、体を目いっぱい捻じり、織田遥目掛け全力で突貫する。後を考えない渾身の一撃。仮定の話だが、槍や刀であったなら、殺る事を前提の雷速の刺突ならば織田遥の回避は間に合わず、防御を貫いていただろう。大鎌の、必殺技故に見た目を重視した、相手の体を巻き込み、自身の体が独楽のように回転するほどのド派手なモーションでの横凪ぎ。威力だけはあるが、現状動く的にはまともに当てられず、相手との距離を慎重に推し量った上での決め打ちとなる欠陥技。結果だけ見れば織田遥に回避されてしまったが、これを初めて見た時のれーくんのテンションが滅茶苦茶上がってたので、それを思い起こせばなんら問題はない。


 自身の通った跡が一直線に焼け焦げて、バチバチと帯電している。全力の身体強化をした余波だ。仕留める気満々だったのでこの結果は残念だけど仕方ない。初手大技は決まればデカいけど、往々にして回避されるから気にしない事とれーくんも言ってたし。本来ならさっさと逃げるべきなんだろうけど…


 この人には、天獄ドームでれーくんを馬鹿にした事を謝罪してもらわなければ気が済まない。れーくんがバトルロイヤルに参加してれば私が出しゃばる必要もないのだけれど、れーくんがいない以上、それをやるのは未来のつ、つ、つ、妻である私の役目!これだけはレナちゃんにも奈っちゃんにも譲るわけにはいかない!れーくんの一番はいつだってこの私、誰にもその座を譲りはしないんだから!!

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