第136話 大鎌

 身の丈程もある大鎌でどうやって戦うか。天月ありすが最も悩んだことは当然ながらそこだった。そもそも鎌は農具であって武器ではない。戦闘行為に向いていない。三日月の様な大鎌は自身の体を囲むように半円を描き、あろうことか刃は斬るべき相手ではなく自身に向けてその鋭どさを主張している。斬る際には内側に招き入れる必要がある上、刃が湾曲している為、引く速度以上で飛び込まれ密着されたら打つ手がない。刃と柄のバランスも最悪であり、これだけ大きな刃であれば、振るう際に角度も気を付けねば容易くバランスが崩れる為、取り扱いには苦労するだろう。攻撃面は劣悪極まりなかった。


 当然取り扱う際に両手が塞がる為、相手の攻撃を防ぐ為に大鎌を使う必要がある。

大鎌を相手に向けた先、鎌の部分が半円を描き自身を囲っている為、正面から踏み込むのは難しいだろう。リーチも相まって、正対している場合は間合いの管理はしやすいと思われる。刃が弧を描いている為、相手の斬撃を流しやすくもある。半面、やはり懐に入られたら打つ手がない。槍と違い即座に柄の部分で防御出来るわけではないからだ。防御面は攻撃面ほど悪くはないが、防御重視なら盾を持ち、剣を持てば良いだけの話。結論として、大鎌を使って戦うメリットは全く存在せず、こんなもので戦う人は頭がおかしい。大人しく草でも刈っていろというのが、天月ありすの出した正直な結論だった。


 当たり前だが、天月ありすは大鎌に対するこだわりを元々持ってはいなかった。ならばなぜ、現在進行形で大鎌を振るっているのか。当然ながら元凶は天月隷人である。幼少期での彼の熱烈な大鎌プレゼンテーションと、なによりも彼の気を引く為に、構ってもらう為に、ちやほやされる為に、天月ありすは自身の得物を大鎌にすると決めたのである。



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「ああもう、蠅の様にブンブンと!ほんとに鬱陶しいですわ~!!」


 天月ありすから仕掛けてきた遭遇戦、初手の不意打ちは心胆寒からしめたが、体勢を立て直した以上、織田遥にとっては問題なく対処できる相手であった。織田遥は無茶はするが無謀ではなく、正気を疑うが馬鹿ではない。自身vs探学生全員などと言い出したのも、当然勝算があっての事である。多勢を相手にして屠る火力と防ぐ防御力、それを支える圧倒的な魔力。関西禁忌領域・四神争哭黄龍門での数多の死闘から生還する事で得た経験。そして織田遥の根幹をなすモノ。それら全てが、天月ありすをそこまでてこずる相手ではないと見なしていたのだが。


 天月ありすの攻撃力自体はさほどでもない。初撃は異常極まりなかったが、おそらくあれが彼女の切り札なのだろう。流石にアレを連続で繰り出されたなら、こちらも切り札ジョーカーを切らざるを得なかったが、その兆候は見られない。あれだけの威力、相応のタメなり準備が必要なのも頷ける。だからこそ初手の不意打ちで切りエースを切ったのだろう。その判断は間違っていない。ただ回避された以上

即座に離脱すべきだった筈、片腹だがそれだけの余裕もあった。なのに彼女は留まった。その程度の判断も出来ないのか、単に調子に乗ったのか、であるならば相応の報いを受けてもらうまで、そう思っていたのだが。


「ほんっとにもう!ちっとも当たりませんわ!!ちょこまかちょこまかと!貴女は鼠かGですの!?」


 偏差撃ちをしても、緩急を付けても、広範囲で埋め尽くそうと、直前で、あるいは距離を取られて回避される。足を止めてくれたら簡単なのだが、単純に相手の方が速い上に一撃離脱を徹底している為、拘束する事すらままならない。


「流石にそれは奈っちゃんに失礼だよ。織田さんこそ下手な鉄砲を数打っても当たらないよ。眼鏡掛けた方が良いんじゃないかな?少しは頭が良く見えるかもね」


「私はこれでも勉強出来ますわー!!」


 障害物のない平地。魔法使いにとって、相手との距離が開いていれば正にボーナスステージ、確殺フィールドである。魔法による飽和攻撃、相手は逃げも隠れもする事は出来ない。一つ二つ防がれた所で、一度後手に回ってしまえば、足を止めてしまえば、相手はその場で動くことも出来ずに魔法の的。自分が消耗戦で負ける事などありえない。だが切っ掛けがまず作れない。当たらない。天月ありすの足を止めることが出来ない。疾い。単純に速いだけなら既に捉えているだろう。予め決めたルートを高速移動しているような単調な動きではない。こちらの攻撃を視認した上で回避している。


 この手の輩とは散々殺り合っているので問題ありませんが…そう感じるという事は、つまり天月ありすはスピードだけなら匹敵しているという事ですの?四神争哭黄龍門、四神の一角である白虎に。あれは半端な魔法は無視して突っ込んできますけど。囮に混ぜた本命も回避しますし、やりにくいったらありませんわ。魔法の行使自体が隙になるとか洒落になってませんもの。魔法使いの天敵ですわね。


 その点、天月ありすは私の魔法を全て回避している以上、当たればダメージを受けるはずですわ。当たらなければどうということもない、つまり当たれば終わりという事ですし、対処自体は簡単ですわ。相手がこちらの防御を崩せない以上、このまま消耗戦で相手のミスを待てば良いだけの簡単なお仕事なんですけど…それでは芸がありませんわね。この戦闘をTVで見ている方達もいるでしょうから、同じ光景が続くだけなら飽きて来るでしょうし。なによりこの状態を彼女が狙って演出していた場合、最初の一撃を受ける可能性もなくはないですわね。私を崩せる一手を彼女が持っている以上、戦いを引き延ばすのも愚策ですわね。長引くと他の参加者が無粋に介入してくるかもしれませんし。


 良いですわ!この私が魔法だけが取り柄のつまらない女ではない事を、教えて差しあげますわ!!



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 天月ありすの出した結論は、高速機動での一撃離脱戦法であった。相対しての戦闘に向かないのならば相対しなければいい。防御に向いてないのならば防御しなければいい。強みだけを相手に押し付ける。大鎌に強みなどないがそれは問題ない。敵の攻撃は当たらなければ問題なく、自分の攻撃が当たりさえすればいいのだ。大鎌はリーチもそこそこあり、元々が農耕用の刈り取る道具であった為、一定範囲を広範囲に薙ぎ払うという動作に関しては申し分ない。その範囲が自身の体から柄の長さ分離れているのも一撃離脱する分には都合が良い。


 相手と比較的距離を置けた状態で、相手の刃が自身に届かない位置ですれ違いざまに攻撃を当て、そのまま離脱する。大鎌は最悪持っているだけで良い。威力は速度がカバーしてくれる。考えれば考える程に、これこそが大鎌運用の最適解だと、天月ありすは確信するに至った。


 問題なのは、この戦法が使えるのは開けた広い場所のみであり、縦横無尽に動き回る事になるので障害物や人がいれば使えない。つまり本領を発揮できる場所などまず存在しない。訓練できる場所もない。結果として、大鎌を普段でも使えるようにする為に、指南書や参考書、前任者など居ない状態で自分自身が手探りで戦い方を模索しなければならない。この件ではれーくんは当てにならない。ますます大鎌を使う理由がない。最早これを使えというのは嫌がらせ、遠回しに死んでくれと言ってるようなものだろう。


 だけど私が大鎌を持った時のれーくんのキラキラした瞳が、ワクワクした声が、普段とは明らかに違うテンションの高さがそれを完全に否定する。大鎌が、それを持った私だけが、れーくんの瞳を、意識を独占する。なら使わない理由は存在しない。それ以上に使う理由は存在しない。私はいつだってれーくんを独り占めしたい!見てもらいたいんだから!!


 その為にも…大鎌で戦う為に、どうやって速く動けば良いのか一緒に考えて欲しい。私が大鎌を本気で使うつもりだと知った時のれーくんのあの喜びようは、今もはっきりと覚えている。

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