第134話 一方その頃
バトルロイヤルが始まって1時間が経過しようとしていた頃。織田遥は暇を持て余していた。織田遥の初期位置は森の浅瀬であり、目の前にはぽつぽつと人が隠れられる程度の岩や倒木がある平原エリアが広がっていた。バトルフィールドに入って初期位置を確認した時、やりましたわ!と思わず叫んでしまった程度には最高の位置だった。
平原エリアは障害物がない。人が隠れられそうな場所はチラホラあるが、それらは平原の中にポツンと存在する一時的に身を隠せるだけのもの。隠れ潜んで不意打ちは現実的ではなく、応戦する際に一時的に壁として使うくらいが関の山だろう。何より平原は遠くからも良く見える。つまり目立つ。目立つという事は狙われる。完璧だった。
織田遥は逃げも隠れもするつもりがない。天獄杯の開会式にて宣言した通り、織田遥vsその他探学生全員を本気でやるつもりだったように、このバトルロイヤルにおいても全員を相手にするつもりだった。ただ状況は広大な範囲でのバトルロイヤルであり、参加者は散っている為、全員を相手にする事はまず叶わないだろう。であれば、なるべく多くの敵を倒すべく、この身は常に人目のつく場所に置くべき。元より全員を相手にするつもりだった以上、このくらいしなくては自分の実力を認めさせることなど出来ないだろう。
織田遥は参加者の一人ではあるが、その心構えは王者である。王者足る者、挑戦者からは逃げも隠れもせず、そして万全な状態の相手を打ち倒してこそであり、こそこそと逃げ回り、隙を伺い、不意を突くのが許されるのは弱者だからこそ。あそこまで大見えを切った以上、自身はあくまで挑戦を受ける側、挑まれはしても挑みはしない。バトルロイヤルに参加する上で、そう決めた。何人だろうと、誰が相手だろうと、どんな状況だろうと受けて立つ。その位の事は造作もなくこなせなければ、禁忌領域守護家織田の名が廃る。織田の、いや禁忌領域守護職の未来を背負って私はこの場に立っている。私がいれば、私達領域守護があれば、日本は安泰なのだと。今後も永きに渡り平穏を守っていくのだと。その覚悟と矜持を示す為に、織田遥は天獄杯バトルロイヤルに参戦したのだ。
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覚悟と決意があったところで、それが正しく報われるとは限らない。挑戦者求むと言わんばかりに、織田遥は平原エリアと森エリアの境界付近を適当に歩いていた。自身は平原エリアに身を置き存在をアピールしつつ、攻撃されやすい様に森エリアから
一定距離を保ちながら行く当てもなく移動する。これなら自信の腕に覚えがあれば正面から挑んでくるだろうし、正面からでは敵わないと思う輩も、森の中から居場所を特定されずに攻撃出来ると思って仕掛けてくるかもしれない。何にせよこれが現状取れる最適解。バトルフィールドが縮小し続け、否が応にも相対しなければならなくなる時までは、地道に釣るしかないだろう。そう思ってかれこれ1時間。全く敵が釣れる気配はなかった。
自分を観察している視線は複数森の方から感じるのだが、感じるだけで仕掛けてこない。こんなにも自身は隙を晒しているというのに。余程臆病なのか、慎重なのか、
誰かが先に仕掛けるのを待っているのか。何にせよ早く攻撃して来て欲しい。ここまでお膳立てしたのに手を出してこないなんて、腑抜けているにも程がありますわ。貴方たちはキンタマついてますのと、思い切り蹴り上げたくなってくる。こちらから手出しをするつもりはない、つもりはないが、残念な事に織田遥は堪え性がなかった。
実際、織田遥が感じた通り、森の中には複数人が存在していた。彼らは自身以外の存在が近くにいる事を承知の上で、暗黙の了解の元、織田遥を観察していた。仮にそちらに手を出した場合、騒ぎに乗じて織田遥が参戦してきかねないからである。そもそもあんな堂々と身を晒すなど、罠があるとしか考えられない。隙ありと迂闊に攻撃すればこちらが脱落しかねない。そうでなくともアレは関西探学三年PT戦代表なのだ。実力的には圧倒的格上。このまま手をこまねいて観察し続けるべきなのか。幸い織田遥がこちらに何か仕掛けるようなそぶりはない。観察か離脱か。各々がそれぞれの決断を下そうとしたその時―――――
「隠れてないでさっさと出てきやがれですわー!!それでも金玉ついてやがるんですのー!!」
唐突に、空に向かって織田遥が叫んだ。思わぬ行動にあっけに取られる観察者達。あいつは一体何を言ってるんだ?気でも狂ったのか?そもそも出て来いと言われて出ていく様な馬鹿がいるわけないだろう。思わず失笑が零れ、そしてそのまま口元が引き攣ったまま固まった。なんだ、あれは…
織田遥の叫びが終わると同時、空に渦が巻き、空を吸い込んで真っ黒な球体の様なものが現れる。あれは何だ?黒い…太陽?織田遥は叫んだ格好のまま黒い太陽を見上げている。観察者達も異様な現象から目を逸らす事が出来ず、黒い球体を見上げ続ける。そして…ゆっくりと、黒い球体の中央が横に裂け始める。口を開くように、眠りから覚めるようにゆっくりと開かれるそれ。見るものに生理的嫌悪感を、根源的な恐怖を与えるかのようなそれを見て直感的に悟る。あれは【目】だと。見られた、目が合った。一体何に?何を見られた?分からない。何も分からない。だが誰が見たかは決まっている。あの目を使った奴だ!あの叫び、あれできっとあの黒い目を喚び出したんだ!!いつまでも隠れて、何もしてこないのに痺れを切らして!!今目の前にいる、織田遥が…!?何時の間にか黒い目は消え、代わりに織田遥がこちらを見ていた。あの目と同じ、自分達を取るに足らぬものだと睥睨するように、ゆっくりとこちらを見渡していた。
「あ…ア…ウワアアァァァァアアアアァァァアアアア!!!」
果たして誰が叫んだのか。一斉に森を飛び出した影は3つ。奇しくも同じタイミングで、その全てが織田遥へと向かった。
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な、なんですのあれは!滅茶苦茶気色悪いですわ!なんで空に真っ黒な目玉が浮かんでるんですの!?一体誰ですの!あんな趣味の悪い物を空に浮かべたのは!!もう少しTPOを弁えて欲しいですわね。はぁ…全く、なんて悪趣味な…夢に出てきそうですわね…大丈夫ですわよね?森の中から目玉のお化けがひょっこり出てきたりしませんわよね?うぅ…お化けは苦手ですわ…なんだか森が不気味に思えてきましたわ…ちょっと森から離れまって、ウギャー!!!なんか飛び出してきましたわー!?お化け、お化けですわー!?イヤー!!?消えてなくなれ!あっちいけ!ですわー!!
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うぅ…酷い目に遭いましたわ…なんて酷い奴らですの…いくら不意打ちとは言っても限度がありますわ…せめて黒い目玉の前に仕掛けて来てほしかったですわ。当分森は懲り懲りですわ。とりあえず場所を変え―――!?
禁忌領域で嫌というほど味わった濃厚な死の気配。反射的に、直感に従ってなりふり構わず全力で地面に身を投げ出す。ほぼ同時に上半身のあった場所を死神の一撃が通過する。…こ、殺す気ですの!?流石に今のは冗談じゃ済まされませんわよ!!
「確実に
軽い口調を飛ばしながらも追撃はしてこず、こちらを静かに見下ろしていたのは、黒衣玄袴を着た大鎌を持った金髪の少女。
「…天月ありす」
絶好のチャンスに追撃をしてこなかったのは余裕の表れか、それとも他に理由があるのか。汚れを払い立ち上がる。何にせよ生き延びたのは事実。先ほどの絶死の一撃を振ったとは思えないのほほんとした顔をしている。流石は万魔央の姉といった所でしょうか。この娘、それなりに場数を踏んでますわね。まあ私の方が強いですけど!!
「織田さんにはバトルロイヤルで会いたいと思ってたんだよ。れーくんに対する暴言を、ボコボコにした後に謝ってもらう為にね!」
「ふん、こちらこそ願ったりかなったりですわ。ここで貴女を脱落させて、万魔央へ熨斗つけて送り返して差し上げますわ!」
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