第133話 大山鳴動
こいつら、なんでボケッと空見上げてんの?バトルロイヤルの最中だって理解してんのか?どいつもこいつも呑気に阿呆面晒しやがって…プレーリードッグかよ。危機意識なさすぎだぜ。勢いあまって攻撃したくなってくるが、流石にそれやったらなっちゃんの実力から逸脱しちゃうからな。なっちゃんはあくまで銃で戦う孤高のガンマンであるべき。広範囲選別式自動追尾殲滅魔法なんて無粋な物は使わない。それに今回はあくまでトイレがありそうな建物を探すだけだからな。
それにしてもバトルフィールド広すぎだろ。まじで天獄郷と同じくらいの広さがあるんだが…というか建物が密集してる場所が中心部付近にしかない、しかもボロい。天獄郷開拓初期とかで設定してるのか?ベースが天獄郷解放だからあり得るな。
…つまりトイレはあったとしてもぼっとん便所ってやつか?まじか…これはアウトでは?いや、まだ決めつけるのは早い。全てはこの目で確認してからだ。ぽつぽつ開けた場所に小屋とかあるし、とりあえずそこ確認しながら中心部目指すか。
サクッと状況を把握したので天網恢恢を解除する。多少目立ったが、誰が使ったか分からないだろうし問題ないだろ。しかし移動がだるいな…俺のいる位置、マップの端っこだったし。これフィールド縮小に巻き込まれるんじゃ?なんてこった…まあいいや、巻き込まれた奴はどうせ死ぬから問題ないだろ。とりあえず近くの開けた場所目指…
なんだ!?この揺れ…地震か!?…違う!なんだあれ…まさかあれがフィールド縮小か!?え?なんなのこれ、フィールドが崩壊してるんだけど?こんなの俺聞いてないんだが?そこは人体に有害な毒とか生物兵器じゃないの?駄目じゃん。流石にあれは巻き込まれたらアウトだろ。毒ならまだ言い訳できたのに…こんなの走って逃げるしかないじゃん…ふざけんなよクソ運営!運動してトイレが近くなったらどう責任取るつもりだ!!誰だよこんなふざけたギミック考えついた奴はよぉおおお!!!
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「どうやらこのタイミングでフィールド縮小が始まったようですね」
「それとは別に、先ほどの黒い目玉を警戒してか、かなりの参加者が一斉に動き出したな」
「まさかバトルフィールド自体が崩壊していくとは思いませんでした!!」
「毒なども考えたのだがな。それだと風で拡散したり押し返したり出来るだろう。なにより防御魔法で防毒が成功した場合、禁止フィールドに滞在し続ける事が可能となる為、その時点で優勝が決まってしまう。そんな事が出来る奴がいるとは思えんが、念には念を入れた結果、フィールド自体を崩壊させ滞在自体を不可能にすることにした」
「どうじゃ?万が一を考えて儂が考えたんじゃ。引き籠りを引きずり出すのは難儀じゃからの」
「万に一つの可能性に備えられた訳ですね!流石は万魔様です!!」
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これがフィールド縮小…崩壊に巻き込まれないように森の中を駆ける。最初は一体何が始まったのかと思ったが、まさかフィールド自体が崩壊するとは思わなかった。これに巻き込まれたらどう考えてもリカバリーは効かない。走りながらこの情報を伝えるべく、先輩たちにLINNNEで情報を伝える。
《先輩、私のいた所でフィールド縮小が始まりました》
《本当?退避を最優先で。縮小範囲外に出てから情報を頂戴》
《いえ、大丈夫です。フィールド縮小はフィールド自体が崩壊しています。ただ崩壊速度はそこまで早くありません。余裕を持って逃げ切れます》
《そう。とはいえ油断は禁物よ。フィールド縮小に巻き込まれたのが裕子だけとは限らないわ。離脱中に襲撃を受けた場合、足止めされて巻き込まれる可能性もある。周囲には十分警戒するのを忘れないで》
《分かってます。危険は冒さず、交戦は最小限で。合流最優先ですよね》
《そうよ。おそらく同じ探学生、そして同学年はなるべく離れた位置になるよう初期配置が決められているわ。まだ誰も合流出来ていない。そして私達のうち、スマホが使える事に気付いているのは7人。1年では貴女だけよ。つまり私達の誰かと一番合流しやすいのも貴女のはず。生き延びる事を最優先に、慎重にね》
《はい。私もこんな所でリタイアする気はありませんので。それでは離脱した後また連絡します》
このフィールド縮小。地形ごと崩壊しているところから考えると、一定エリアが丸ごと崩壊するか、外周から徐々に狭まっていくかのどちらかだろう。バトルロイヤル開始後1時間で始まった事から考えると、おそらく後者のはず。一定エリア毎を崩壊させていくとなると、場所による有利不利が大きすぎる上に、時間が経つにつれて移動にも歪な制限が掛かってくるだろうし。なにより徐々に崩壊させていく意味があまりないように思う。おそらく次のフィールド縮小で確定できる。
その為にもまずはここを乗り切らないと。この分だと余裕で逃げ切れると思うし。逃げ切った後は次のフィールド縮小まで隠れて待機ね。このバトルフィールドがどれくらいの広さかもまだ分からないんだから、偶然にせよフィールド縮小に遭遇した私が少しでも情報を集めないと。少しでも美咲先輩の役に立って褒めて貰うんだから!そして優勝して黒巫女になる権利を手に入れれば、将来は万魔様、そして魔央様のお側に…
周囲を最低限警戒しつつ走り続ける私の視界の端に、チラリと森にそぐわない異物が紛れ込んだ。今はフィールド縮小からの離脱が最優先。その異物が参加者の誰かだとしても関わっている暇は今の私にはない。向こうもきっと同じ考えのはず。ここで一戦交えるような間抜けな事はしないだろう。とりあえず何が視界に引っかかったのか、確認するべく走りながらそちらを見やる。
視界に映ったのは一瞬なのに妙に印象に残ったのは。それが参加者だと頭の中で断定したのは。離脱が最優先なのにわざわざ確認しようとしたのは。きっとそれが、黒巫女のみに着用が許される黒衣玄袴だったから。あれは…あの装束で参加しているあの娘は…!日向…奈月!!
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天獄杯の開会式で見かけた時は、なんの冗談かと思った。なぜ、それを着ているのか。黒巫女でも黒巫女候補でもない貴女達が、なんでそれを着ているのか。なぜ誰も咎めないのか。なぜ誰も何も言わないのか。それはきっと彼女たちが特別だから。万魔様の王配、万魔央様と近しい間柄だから。だからこんな無法も罷り通る。私が、私達が、どれだけそれを着る為に不断の努力を続けているのか、それでもなお届かない子は沢山いるのに。
ありす様とレナさんならまだ許せる。魔央様の姉のありす様も特別な御方。レナさんは鏡花様が弟子にされるだけの才能を持った人。でもなんで、なんで貴女がそれを着ているの?日向奈月さん。戦う力を持たない、ただ守られるだけの存在に、私達と一切関わりがない貴女に、その衣装は相応しくない!!
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《今ここにいるメンバーで、現状の確認をしておくわ。今後、何があるか分からないしね》
《昨日言った通り、私達が目指すのはバトルロイヤルの優勝よ。そして優勝するのは私たちの中の誰でも良いの。だからこそ、一人でも多く合流する必要があるわ》
《その点、この段階でスマホで連絡が取れると確認を取れたのは大きなアドバンテージよ。現時点で誰がどこにいるかは残念ながら分からないけれど、連携して情報を集めて合流する事も十分可能になると思うわ》
《その上で注意すべき事は、合流する事を最優先に考えて。不要な戦闘はなるべく避ける事。その上で合流する上での目印になるような物を探してちょうだい。現時点で私達がいる場所は平原、山、森と見事にばらけてるわ。むやみに動いた所で合流するのは難しいわ。方位磁石も役立たずだから、お互い小まめに連絡を取り合って状況を確認しあいましょう》
《そして、これはバトルロイヤルが開始してすぐ、スマホが使えるか確認した人しか把握してないと思うけど》
《日向奈月さんには、絶対に接触しないように。万一見かけた場合、全力でその場を離脱する事、良いわね?》
《日向奈月?それってアレナちゃんねるの、あの日向奈月ですか?》
《そうよ。あの日向奈月さんよ》
《どうしてですか?こう言ってはなんですが、あの娘、なんで参加したのか分からないくらい場違いですよね?だって戦えないんですから》
《そうね。あの娘は戦えない。もし出会ったとしても片手間に倒して即終了。見逃した所でバトルロイヤルになんら影響がないただの案山子。…のはずだったわ。さっきまではね》
《どういう事ですか?》
《ネットは繋がるって分かったからね。案の定、確認したらバトルロイヤルの生放送も見れたのよ。流石にバトルフィールドや位置情報なんかは分からなかったけど、丁度見れたのよね。日向さんを不意打ちした参加者視点の映像が》
《それがどうしたんですか?…まさか、酷い事をされたとか!?その代わり見逃してもらって、可哀想だからそっとしてあげましょうって事ですか?》
《そうね。とても酷い事をされていたわ。襲撃した男子学生が》
《どういうことですか?》
《あれは一体何だったのかしらね…男子学生が中級風魔法で日向さんを攻撃して、でもそれが効かなかったのに焦って初級魔法をむやみやたらに使って、それすら無視した日向さんが男子学生に手を向けて、おそらく魔道具じゃないかしら。攻撃された男子学生がやみくもに逃げるんだけどね、炎の壁や岩が落ちて来て逃げ道を塞がれて、水流で押し戻されたり風で吹き飛ばされたり、散々弄ばれてたわ》
《言ってる意味が良く分からないんですけど、だってあの娘》
《そう。日向さんは攻撃魔法は一切使えないって配信でも公言してるわよね。嘘の可能性もあるけど、そんな嘘をつくメリットなんて一つもないわ。それよりは何かしらの魔道具を使ったと考えた方が良いと思うわ。攻撃手段がある。だから参加したんでしょうね》
《ならなんで、普段のダンジョン配信で一切使わないんですか?》
《裕子も映像を見たらわかると思うけど、あれはE級ダンジョンなんかで使っていいレベルじゃないわ。それこそC、B級ダンジョンでも通用するような魔道具でしょうね》
《そんなものをなんで持ってるんですか?あの子まだE級に成り立てのはずですよね?名家の出という訳でもないし、何処にそんな凄い魔道具を手に入れる伝手が…あ》
《おそらく貴女が思ったことが正解よ。きっと護身用で渡されていたんじゃないのかしら?とにかくそういう事だから。今現在参加者で一番やばいのは日向さんよ。戦い方にも躊躇や戸惑いは見受けられなかった。情け容赦なく、むしろ嬉々として攻撃していたわ。出会ったら有無を言わさず戦闘になる可能性が高い。攻撃手段も防御手段も不明、現時点では織田遥よりも危険度は髙いわ。もし見かけたら絶対に逃げなさい。良いわね?》
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なんで…!たまたま、ありす様の友だちだったというだけで、なんで貴女がそこまで特別扱いを…!!…駄目だ。冷静になれ、私。美咲先輩だって日向さんの事を危険だって…美咲先輩にまで…!!
―――危険といった所で、日向さん本人に戦闘力はない。魔道具頼みの素人戦法だろう。美咲先輩にあそこまで言わせるような効果のある魔道具なんて、一体どれだけの価値があるのか。おそらく一回限りの使い捨てなんじゃないだろうか?それでも目が眩むような値段がするだろうけど。おそらく男子学生に襲われて、パニックになりありったけ使ったんじゃないだろうか?きっといきなりド派手な戦闘を目の当たりにして、美咲先輩は日向奈月を過大評価しちゃってるんだ。私が目を覚まさせてあげないと…!
日向奈月の使っている魔道具が何かを確認して、離脱する。一当て。そう、一当てするだけ。襲撃した男子学生は魔法を防がれたと言ってたし、魔法は防御されると考えた方が良い。なら接近して一当てしてそのまま離脱。魔道具がまだ使えるなら追撃してくるだろうし、使えないならそのまま逃げるだろうから、その時は魔法で追撃して防御能力を確認しよう。見た感じ周囲に気も配らずに脇目も振らずに走ってるし、フィールド縮小から逃げる事しか頭にないのかもしれない。今がチャンス!大した努力もせずに周囲の恩恵で強くなったと勘違いしてるなら、その増長、私が叩き潰してあげるわ!!
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決断は一瞬。無防備に走っている隙だらけの日向奈月目掛けて、一足飛びに背後から強襲する!日向奈月は全く反応していないどころか、私に気付いてすらいない。
――――殺った!!キンッと澄み渡る音が響く。振り抜けた斬撃は、間違いなく日向奈月の左腰から右肩までを切断した事を伝えてくれた。間違いなく致命傷!!このまま速やかに離脱すれば問題ない!この娘はここで脱落――――
「邪魔」
そのまま追い越すべくすれ違った際、小さく、でもはっきりと聞き取れた声の方を見る。見てしまった。五体満足の日向奈月。そんな、確かに逆袈裟で…視界の端にクルクルと回る刀身。刀が…折れてる?目が合った。無機質で、でもどこか怒りの感情を内包したその瞳。先ほどの声と一緒に私に向けられていたのは、瞳と同じ怒りを内包した無機質な銃口。
嗚呼、やっぱり美咲先輩は正しかった。日向奈月は――――
直後、私は光の濁流に飲まれた。
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