第132話 天網恢恢

「バトルロイヤル開始からそろそろ1時間が経過します。現在脱落者は5名。無常様はどう思われますか?」


「少ない様に感じるかもしれないが、今後バトルフィールドも縮小していくからな。現状は敵に遭遇しても一当てするだけの様子見が多いが、徐々に脱落者は増えていくだろう」


「今の所、脱落者は全員不意打ちで倒されています。物影や建物内に隠れているからといって気は抜けません。360度全てに警戒が必要です。当然移動する際も注意は必要ですし。これ、精神的に結構疲れるんじゃないですか?」


「周囲を気にせず呑気に散歩という訳にはいかないからな。時間の経過と共に蓄積される疲労が与える影響は、心身ともに参加者が考えている以上に重いだろう」


「そう考えると協力者をいかに早く作れるかどうか、これが重要になってくるかもしれませんね」


「他校の生徒と協力関係を築くのは難しいだろう。可能なら自校の、欲を言えば知り合いと合流したいと誰もが考えるだろうが、交友関係で仲の良い者達は初期配置で可能な限り遠距離に配置している。序盤で合流するのはまず不可能だろう」


「中々えげつない事をされてますね」


「当然の措置だ。会えれば合流できるのだから問題ない。そろそろ最初のエリア縮小の時間だな」


「現在縮小範囲付近にいる参加者が10人くらいですね」


「若干名、縮小範囲の方に向かっている者もいるが、位置も方角も分からなければ仕方ない事だろう。ただ、縮小範囲内にいたからといって、即時脱落という訳ではない。探学生なら、なりふり構わず走れば巻き込まれる前に縮小エリアから脱出できるだろう」


「それは助かりますね。でもなりふり構わず走るとなるともの凄く目立ちますね」


「他の者にとっては良い的になるだろうな。そこをいかにして潜り抜けるかも見所の一つかもしれんな」


「エリア縮小の時は、脱落エリアにいる人に焦点を当てると面白そうですね」


「その時は儂が番号を選んでもよいかの?」


「勿論です万魔様!誰の視点を見るかは万魔様に全てお任せしたいと思います!」


「うむ、任せよ」


「何とも頼もしいお言葉です!まもなく最初のエリア縮小の予定との事ですが…!?な、なんでしょうかアレは!!定点カメラ、ドローンカメラ全てが突如現れた謎の現象を捉えています!!参加者の皆さんも、気付いた人は全員そっちに気を取られてます!もしやあれがエリア縮小の前兆なのでしょうか?バトルロイヤルそっちのけで思わず見上げてしまう気持ちは凄く良く分かります。あれなら確かに誰でも見て分かりますし、全力で走って逃げたしたくなりますね。素晴らしい演出です!」


「…いや、エリア縮小の際、あのような現象は起こらない」


「え、そうなんですか?ならあれは一体何なんでしょうか。誰かがサプライズで設定したんでしょうか」


「分からん。少なくとも私は聞いていない」


「何じゃろうなあれは。何かの図形のようにも見えるし、目玉のようにも見えるの。皆目見当がつかん」


「確かに、言われてみれば目玉のようにも見えますね。万魔様にも分からない怪現象…なんとも不気味です。あの現象が起こった原因は不明ですが、状況からしてバトルロイヤルの参加者が引き起こしたと考えるのが妥当なのでしょうが…この怪現象を起こした人のセンスを疑いたくなる気色悪さです!もう少しなんとかならなかったのでしょうか。いずれにせよ、突如出現した、上空からバトルフィールドを睥睨するように見下ろす大きな目玉に俄然注目が集まります!!あの不気味な目玉はバトルロイヤルにどんな影響を齎すのでしょうか!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 突如空に現れた不気味な模様。はからずも万魔が指摘した通り、それは巨大な漆黒の瞳だった。バトルフィールド上空に出現した漆黒の太陽を思わせるそれは、ゆっくりと瞼を開ける。時間にして1分足らず。バトルフィールド全てを上空から睥睨したその瞳は、出現した時と同様、何の前触れもなく空へと融けて消えていく。その間、全国の視聴者のみならず、上空を確認できたバトルロイヤルに参加している者全てが、漆黒の瞳に吸い寄せられるように釘付けになっていた。


 一体あれは何だったのか。誰もがその事を考えてしまうくらいには異常な現象。しかしバトルロイヤル参加者に限っては、あの模様を見た瞬間、不思議と全員があれは【目】であると認識した。見られた。目が合った。そう感じた者は背筋に冷たいものが走る。そもそも目は人体において何を司る部位なのか。視覚である。ならば上空から自分を、いや、全てを見下ろす様に睥睨したあの目は一体何を視たのか。


 そんなのは考えるまでもない。ここがバトルロイヤルの会場である以上、目的は一つ。一体誰があんな気色悪い目玉を空に浮かばせたのかは分からない。しかしあれは間違いなく、参加者の位置を上空から確認したのだと。そしてそれが出来るだけの魔道具なり魔法なりを使う参加者に位置を捕捉されたのだと。


 動くべきか留まるべきか。発見された以上、この場に留まるのは不味い。不用意に動くのは危険を伴うが、件の人物がどこにいるか分からない。近くにいた場合まず間違いなく戦闘になる。遠くにいたなら時間的猶予はあるが、あんな不気味な目に見られた位置に留まっているのは気味が悪い。


 おそらくあの不気味な目でバトルフィールド全域と、参加者の現在位置を確認したのだろう。つまりあれの使用者は、バトルフィールドの全体マップと発見した参加者の現在位置を把握した事になる。魔法か魔道具かは知らないが、あそこまで目立つものを態々使ったという事は、おそらく敵が見つからなくて痺れを切らした可能性が高い。開始してまだ1時間だ。バトルフィールドも広い。先は長いにも関わらず、序盤であんなものを使うとは短絡的にも程がある。おいそれと使っていい規模のものではないだろう。


 にも関わらず使ったという事は…使用者の目的は消耗度外視の短期決戦か?途中で何人倒そうが、このバトルロイヤルのルールでは最後まで残らなければ意味がない。にも関わらず大々的に自身の実力をひけらかし、参加者の位置を把握しようとするこの行動…優勝は二の次で、自身の力を誇示するかのような振る舞い…こんな事を平気でしでかす参加者には、一人だけ心当たりがある。


 織田遥だ。確かに彼女ならばあるいは。天獄杯の開会式で、万魔様の眼前で大見えを切るだけの実力があるのだから、先ほどのような芸当が出来ても不思議ではない。もしかしたら…彼女はやろうとしているのかもしれない。自分が宣言した通り、織田遥vsその他全員を、このバトルロイヤルで。


 先ほどの大規模な魔法もしくは魔道具、センスの致命的な悪さ、短気な性格、後先考えない短絡的な行動、それでも負けないという絶対の自信。間違いない、先ほどの目の使用者は織田遥だ。つまり織田遥にこの場所がバレたという事。あの目は特に何もしていなかったように見えたが、もしかしたらこの場所はマーキングされているかもしれない。性格と見た目に難はあれど、単独で天獄杯PT戦三年代表になる程の実力者。流石に今の段階でアレと1vs1は分が悪すぎる。となれば結論は一つ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 探索者養成高等学校に入学する生徒は優秀である。天獄杯出場者に選ばれる者ともなれば尚更に。故にこの結論に至った者は少なくない。そうでなくとも不気味な目に見られた居心地の悪さを払拭したかった者も。結果、過半数が現在位置からの速やかな移動を選択するに至る。


 謎の黒い目は一体誰が、何の目的で。明確な答えは出せずとも、状況が動いた以上選択は迫られる。バトルフィールド縮小と共に、バトルロイヤルは新たな展開を迎える。

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