第130話 戦う前に既に勝敗は決している

 その瞬間を目撃した者達は後にこう語る。何が何だか分からなかったけど、とにかく何か凄かったと。バトルロイヤル開始から30分。環境映像と化していた放送に飽きてチャンネルを変えた者も多かったが、惰性で垂れ流しにしていた人たちは唐突に始まった戦闘に度肝を抜かれた。


 これはやばいぞ!見れる奴は今すぐ見た方が良い!!笹食ってる場合じゃねえ!!おりしも今は夏休み。社会人はともかく学生は休みである。その情報は瞬く間に若者のコミュニケーションツールを介してネットを席巻した。とはいえその戦闘は僅か10分も経たず終了し、またもや映像は退屈な環境映像へと戻る。それ以降、ランダムで参加者視点の映像を映す様になったのがせめてもの救いか。バトルロイヤルはまだ始まったばかり、誰もが慎重に行動する中、戦闘がそうそう起こるはずもない。そもそも広大なフィールドで参加者同士が会う事が稀なのだ。


 先ほどの戦闘を行った参加者の視点を見せろとTV局に抗議する者、とりあえず見たい番組もないからと垂れ流している者、つまらないと早々にチャンネルを変える者、何かあったらまた知らせがあるでしょと無関心になる者がいる中で、先ほどの一連の戦闘を視聴した者達はTVから目を逸らす事が出来なかった。何が起こるか分からない。離席した瞬間、戦闘が始まるかもしれない。なによりあの凄い映像をもう一度見たい。


 どのタイミングなら席を外せるんだ?環境映像の内にトイレに行っとかないと。食べ物と飲み物の用意をしとかないと。流石にすぐにあの子は戦闘しないだろうし、今がチャンスか?休憩時間終わったじゃねえか!ふざけんな!他の参加者の戦闘ならいざ知らず、あの子の戦闘だけは見逃したくない!環境を整えるのが先か、戦闘が始まるのが先か。何時、どのタイミングが最適なのか。環境映像が流れる中、時間の経過と共に動かなかった者は己の判断力を悔い、早々に行動に移した者は安堵と共にその時を心待ちにする。


 生死に関わらない、見逃した所で後でネットなり再放送なりで見れるだろう。だがリアルタイムで戦闘が見たいというささやかな願いを叶える為の。ここにも確かに勝者と敗者が存在する、静かな戦いが行われていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 東北探学三年、天獄杯個人戦選考会優勝者である篠山美咲は、初期位置のすぐそばに掘っ立て小屋を発見するや否や、即座にその中に入った。中には個室が一つ、これは…トイレだ。良かった!トイレあったんだ。もしなかったら携帯トイレを使う事になってたよ…でもなるべく我慢はした方がいいか。流石にトイレの時はカメラを外しても文句は言われないだろうけど、というか言う奴がいたら殴るわ。


 建物の重要性が増したわね。もしかしたら設置型トイレみたいにバトルフィールド上にも用意されてるかもしれないけど、そんなあからさまな場所のトイレなんて利用したくないし。何が設置されてるか分かったもんじゃないわ。どこで見られてるかも分からないし、ましてや襲撃なんてされたら…


 とりあえず掘っ立て小屋はトイレがあるだけの、ただ身を隠せるだけの、遠くから発見されない為だけの簡素な作りだ。だけど今はそれこそが一番重要。こんな所にポツンとある建物、見かけたら間違いなく中を確認するだろう。悠長にはしていられない。まずは現状の確認をするべきと、マジックバッグからスマホを取り出す。天獄殿内では使用は出来なかった。パンデモランドに移動中は監視の目があり使用が出来なかった。ならばここなら?


 篠山美咲は東北探学の天獄杯出場者、当然黒巫女候補である。だからという訳ではないが、バトルロイヤル開始直前の無常鏡花の台詞をしっかりと覚えていた。バトルロイヤルに参加する者への最後の確認、あるいは忠告。何かしらヒントとなるものがあるかもしれない。そうでなくとも万魔十傑衆筆頭の玉言。一言一句たりとも聞き逃すなどありえない。そしてそれは正解だった。


『天獄杯の放送枠で特別に全国放送される事になっている』


 鏡花様のおっしゃったこの言葉が本当なら、いえ本当なのですが、スマホが使える可能性はある。故に最初に取り出したのがスマホであり、確認するのはスマホが使えるかであり、結果として篠山美咲は開始5分にして圧倒的アドバンテージを得る事になる。外部への通話は不可、しかし私を心配してメールが家族から送られてきていたが、現状バトルロイヤルと関係ないメールを読んでいる時間的余裕はない。読みたい気持ちを抑えてωおめが(ツ〇ッターみたいなもん)を確認する。…読める、呟ける!外部への通話は無理だがネットは可能!!震える手でLINNNEリンネ(LI〇Eみたいなもん)を開く。ログインしてる…!天獄杯出場者用のグルチャには…私以外に参加している人が二人!!


 …これはもう、勝ったも同然では?…ニヤつきそうになる顔を、しかし油断は禁物と引き締める。バトルロイヤル開始早々、スマホを確認するだけの発想を持ちえた者が私含めて三…いや、また入って来た。これで5人。時間が経つにつれて、現在時刻を確認する為にスマホを取り出す者も出てくるだろうし、スマホが使えるか試す者も出てくるだろう。増える事はあっても減る事はない。だけどこれは他の参加者にも言える事。つまりこのバトルロイヤルは個人戦ではなく団体戦と考えた方が良い。


 これはもう、勝ったも同然では?…いやいや、でもそう思うのも仕方ないよね?だってこの状況、私たちの為にお膳立てされてるようなものじゃない。思い出されるのは東北探学生で行った、バトルロイヤル対策会議。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「こうして皆に集まって貰ったのは、今回急遽決まったバトルロイヤルについての方針と対策について話し合うためよ。敢えてすぐに集まらずに1日置いたのは、皆にも考える時間が必要だと思ったから。その上で私は提案します。今回のバトルロイヤル、私たち東北探学は全員での優勝を目指すべきだと」


「篠山先輩、バトルロイヤルって個人戦ですよね?なのに全員で優勝を目指すってどういうことですか?」


「誰か一人をサポートして、その人を優勝させるために皆が動くって事?でもバトルロイヤルでそんな事が可能かしら?」


「色々言いたい事があるでしょうけど、まずは私の話を聞いて欲しいの。その上で私の考えに賛同してくれる人は協力して欲しいわ。当然今回のバトルロイヤルは個人戦だから、自分一人でどこまで出来るかやってみたい、万魔様に個人的な願いを叶えて貰いたい、そういった人は個人で戦ってもらって構わない。むしろそれが普通でしょうから」


「美咲が今回のリーダーなんだし、とりあえず話だけは聞くよ。どうするかは内容次第だけどね」


「ありがとう。では私の考えを話すわね。今回のバトルロイヤルだけど、私の考えでは、個人で優勝を狙うのは不可能ではないけど難しいと思ってるわ。理由は二点、私たちは、個人的な戦闘技術は一定水準を満たしているけど突出はしていない事、そして参加者には突出した戦闘力を持つ者が複数いる事よ」


「織田遥の事?確かにあの子はヤバいよね。もう禁忌領域で戦ってるんでしょ?」


「毛利恒之君もヤバいでしょ。あと伊達梓」


「一番やばいのはどう考えても風音様じゃ?なんで天獄杯に、しかもPT戦、個人戦両方で出場してるの!?」


「ありす様も要注意なのでは?レナさんも鏡花様のお弟子さんですし油断は出来ませんよ」


「皆がパッと思いつく限りでもそれだけ名前が挙がるくらいには、強敵が複数いるって事ね。お互い潰し合ってくれればそれが最高だけど、そんな都合よくはいかないでしょうし、それ以外にも強敵はいるでしょう」


「だから共闘しようってのか?万魔様も何でもありっておっしゃってたから問題はないんだろうけど」


「正確には、私たち東北探学の誰か一人を優勝させるために、皆が全員で戦う。これが私の出した結論よ」


「誰か一人を優勝?それってつまり篠山先輩を勝たせるために他のみんなが犠牲になるとかそういう事じゃないんですか?」


「そうよ。優勝するのは誰でも良い。最後の一人が東北探学生であればそれで良いの。だから優勝するのは私じゃなくて貴女でも良い。そもそも悔しいけど私は自分が優勝できるとは思っていないわ。個で駄目なら群で、質で劣るなら量で圧倒する。今まで苦労されてきた片倉校長に報いる為にも、私たちが黒巫女として十分な実力を備えていると示す為にも、必ず三連覇を成し遂げる!その為には皆の協力が必要よ」


「仮にみんなで協力するとして、万魔様へのお願いはどうするの?」


「それについてもちゃんと考えてるわ。まず当然だけど個人のお願いは諦めて貰います。皆が優勝の為に一致団結する必要がある以上、これは当然の事ね」


「そりゃそうだけど、優勝したって事は一人しか残ってないって事だよ?その場で万魔様にお願いされちゃったらどうしようもないじゃん」


「したければすれば良いわ。その後どうなるかを覚悟した上でね」


「どうなるかって…あっ」


「そんな身勝手なお願いをして、この先の人生、楽しく生きていけると思える位強いなら、好きにすればいいわ。少なくとも私は見逃すつもりはないけどね。万魔様が叶えて下さるお願いは一つよ?私達から殺されないように守ってくださいとでもお願いするつもり?それこそ本末転倒ね」


「でもそうなると、どんなお願いをするの?みんなで万魔様と一緒に食事会とか?」


「それも魅力的だけど。東北探学の天獄杯の代表に選ばれた者は、探学卒業後、黒巫女として仕える事を許して欲しい。私が万魔様にお願いするのはこれよ」


「成程…たしかにそれなら、今回のバトルロイヤルも天獄杯には違いないから私たちも黒巫女になれるし、校長にも報いることが出来るよね」


「天獄杯代表に選ばれたら卒業後、黒巫女になれるのが確約されるなら、日頃の鍛錬にも身が入るね」


「問題は1年や2年の時に天獄杯代表に選ばれた場合かな。その後は気を抜いて適当に過ごしても黒巫女になれちゃうわけでしょ?」


「卒業したら、でしょ?中退は卒業じゃないから大丈夫だよ!」


「天獄杯代表に一度選ばれたからって、他の者に代表を譲る子がいたらどうするの?」


「万魔様の前で宣誓すればいいのでは?黒巫女として仕える事を宣誓する場を設けて頂ければ大丈夫でしょう。その際に十傑衆の方々も参加していただければ邪な者は自ずと排除されるかと」


「黒巫女への登龍門としての機能を東北探学に持たせることが出来る上に、実質万生教の傘下に組みこんじまうって事か。箔付けにもなる。中々腹黒い事考えるじゃん、美咲」


「どうかしら?ここにいる全員にとっても悪い話じゃないでしょう?仮に黒巫女候補以外が天獄杯代表になったとしても、黒巫女になれる選択肢はあって悪い話じゃないもの。男の人は…今年はいないから問題ないわね」


「私は良いと思います。篠山先輩に協力します」


「私も異論はないわ。むしろこれよりベストな方法なんてないんじゃないかしら」


「ちょっと卑怯な気もするけど、ま、これも作戦の内って事かな。なにより万魔様に他の奴らがお願いするってのは許せないしね」


「織田遥…万魔様の挨拶に割り込んできた無作法者。万魔央様もコケにした。絶対に許さない」


「それではこの案に賛成の人たちで詳細を詰めましょうか。反対でも全く問題ないからその辺は気楽に考えてね。個人の力でどこまでやれるか試してみたい、それも立派な考えだもの。その場合、もし出会ってしまったら敵同士だけどね。後…賛成した後の裏切りは絶対に許しません。それだけは肝に銘じておいて」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 結局、全員が賛成した。まあ当然よね。東北探学の代表者は組んで戦う。この情報を知った上で個人でやろうなんて思える子はいないでしょうから。少しずるいとは思ったけど、優勝する可能性は少しでも上げないと。その点では失敗したわね…バトルロイヤルだから連絡や位置確認なんかは出来ないだろうと思い込んでいた。事前にバトルロイヤル開始と同時にスマホ確認と伝えていれば…


 いえ、悔やむよりもスマホを使える事にこの段階で気づけたことを喜ぶべきね。とりあえず、速やかに現在連絡が取れる5人と情報の共有と合流を最優先に。他の参加者には悪い気はするけど、勝負の世界は非情なもの。私達が本領発揮するのは集団でこそ。三人寄るだけでも文殊の知恵、ましてや私たちは全員が一致団結して優勝を目指しているんだから。優勝するのは私達よ。

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