第129話 ファーストブラッド2

 木の枝を倒して倒れた方向に進むことにした。方角が分からないならどこに行っても同じだからな。流石にバトルフィールドの外周部が初期配置になってるだろうし、最悪逆方向に進んでもエリア縮小前に壁か何かあるだろうし。広さは有限だろうからな。…有限だよな?ま、こうして歩いてれば誰かに会うだろうし、そいつが友好的なら情報交換すればいいか。


 しかしこれ面倒くせえな。移動手段が徒歩しかないのは致命的だろ。自転車やバイク辺りは必須なんじゃなかろうか。飛ぶわけにもいかないし…思い付きでバトルロイヤルなんてするもんじゃないわ。マップ分かんねえし方角分かんねえし時間分かんねえし移動面倒くさいし。バトロワ形式ってゲームだから形になってたんだな。実際にやるとダルすぎる。前世でもサバゲ―と違ってリアルでやってる奴やバトロワ大会なんてのも聞いた事なかったし、無理があるって気付くべきだったか。いや、むしろ突発的な思い付きを実現出来てしまう万生教がやばいのか?あいつらがやばいのは今に始まった事じゃないが。


 まあこの反省は次回に活かせば良いだろう。次があるか知らないけど。何にせよ俺が始めたバトルロイヤルだ、今更茶々を入れるわけにもいかない。たまには自然の中を散歩するのも良いと割り切ろう。なにより誰もいないのが新鮮に感じられて解放感が凄いぜ!最近ずっと誰かが近くに居たからな…迷惑というわけじゃないが、解放感を感じるという事は心のどこかで負担になってたんだろうな。やっぱり独りだけの時間は大事だよ。このままだとトイレとお風呂と寝る時だけが独りの時間になりかねない。いや、お風呂が侵略されようとしている今、トイレと寝る時…たまにあーちゃんが来るな…このままだと独りの時間がトイレの時だけになってしまうのでは!?駄目だ駄目だ!やはりあーちゃん達に優勝させるのは危険極まりない。ここはどうにかして人畜無害な誰かを優勝者に仕立て上げ―――――


 ドンッと背後からの衝撃音と共に足元の落ち葉が周囲を舞う。うぉ!なんだ?いや、なんだじゃないな。どう考えても攻撃だろ!なんて奴だ…こんな無防備に歩いてる美少女に不意打ちかますとは良い根性してるじゃねえか!なっちゃん(本物)だったら死んでるぞ!!後ろを振り返ると立て続けに魔法が飛んでくる。最初の一撃で俺が倒れなかったのを見て慌てて追撃してきたって所か?なんでお前がビックリしてんだよ。お前の魔法が俺に効くわけないだろう。闇の衣(黒巫女さんver)を甘く見てもらっては困る。第一村人が敵対的だったのは残念だが…良いだろう。実験台には丁度いい。貴様がNSC(なっちゃん式銃撃戦闘術)の最初の犠牲者だ!!



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 俺は運が良い。まさかこんなに早く敵を見つける事が出来るとは。しかしあの女は一体何がしたいんだ?周囲を警戒するそぶりも見せずに無防備に歩いてやがる。ここにいる以上、参加者なのは間違いないが…あまりにも無警戒すぎるな。これがバトルロイヤルだって分かってるのか?そんな姿を晒していたら狙ってくださいと言ってるようなものだろう。いや、そういう事か?あいつは囮で、あいつを狙った奴を他の奴が狙うという二段構えの釣り餌戦法かもしれないな。じゃなきゃ馬鹿みたいに無警戒で歩くわけがない。少し様子を見るべきか。

 バトルロイヤルであんな真似が出来るのは、絶対的な強者か頭の足らない余程の馬鹿くらいだろう。そしてあの女はどう見ても前者じゃない。歩き方が素人すぎるし、武器も持ってない。なにより観光地に来たお上りさんよろしく周りを眺める無警戒さ。お前は森林浴しにバトルロイヤルに参加したのかと言いたくなるくらいに自然体すぎる。あれは囮なんかじゃないな…緊張感の欠片もない。大方誰もいないと高を括っている浅はかなド素人。


 それにあの顔…覚えがある。日向奈月だ。北条との決闘で一躍有名になったアレナちゃんねるの配信者の一人。確かあいつは戦闘が全くできないんじゃなかったか?配信を一度見た事があるが、その事で揶揄われていた覚えがある。大方他の面子におんぶに抱っこで天獄杯に出場したんだろうが…不愉快だな。へらへら笑って勝つ気のないあいつらを思い出させる。観光旅行にでも来たつもりか?なら思う存分観光させてやるよ。お前がこのバトルロイヤル最初の脱落者だ。一人寂しくパンデモランドで晒し者になりやがれ!!


 とはいえ油断は禁物だからな。念には念を入れてこの距離で倒すか。死にはしない。痛い思いはするだろうがな。


〘風よ、彼の敵を疾く吹き飛ばせ、風衝波〙


 樹に叩きつけられて痛い思いはするだろうが、それで済むだけ温情だと思うんだ…何!?な…何が起こった!?魔法は確かに発動した!実際あいつの足元の落ち葉が盛大に舞ってるじゃねえか!!く、くそ!意味がわからねえが!と、とにかく追撃だ!うぉぉぉああああああああ!!何だ…何なんだあいつはよぉぉお!!!なんで魔法が効かねえんだ!チッ!ここは一旦引くべき…なんだ?こっちに手を向けて何をするつも!?頬を一瞬何かが掠めて…これは…血?こ、攻撃されたのか?何も見えなかったぞ!?あの女、一体何しやがった!!攻撃出来ないんじゃなかったのかよ!!ここは一旦引くべきだ!少なくとも真正面から戦っていい相手じゃねえ!!



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 あ、あの野郎!尻尾巻いて逃げやがった!判断早すぎるだろ。ふざけんなよ。もう少し俺に付き合えよ。そしてついでに死ね。トコトコ歩きながら銃で撃ってる振りをしながら魔法を使う。おお…なんかいい感じじゃね?この圧倒的強者感。逃げ惑う敵を一歩一歩追い詰めていく感じ。リロードも様になってる気がする!今のなっちゃんは間違いなく滅茶苦茶かっこ可愛いはず!!


 おらおら踊れ踊れ!!このなっちゃんに迂闊に手を出した事を後悔しながら死んでいけや!!適度に逃げ道を潰し、逃がさないよう、距離が開きすぎないように調整する。すまんな、俺は走りたくないんだ。それに歩きながら撃つのって恰好良いじゃん。ほらそっちは駄目だろ!残念、そこは6マス戻るだ!!ほらほらどうすんだ?打つ手なしならジリ貧だぞ。あ…あの野郎、逃走防止の炎の壁に正面から突っ込みやがった。


 まじかよ。流石に死んだか?…即逃げを選んだ判断力といい、炎の壁に躊躇いなく突っ込む胆力といい、あの野郎相当デキるな。さぞかし名のある探学生に違いない。まあ死んだと思うがお前の機転に免じてここは追撃せずに見逃してやろう。もし仮に、そう仮にだが。ここを生き延びたのなら…貴様をなっちゃんのライバル1号に認定してるぜ。

 

 バトロワ終盤、序盤にまみえるも敗北して為す術なく敗走、そんな己が許せずにリベンジに燃える、敗北を糧に覚醒した復讐鬼と化したライバルとの再戦か…なんかこう、胸にクるものがあるな!楽しみにしてるぜ?名も知らぬ我が好敵手よ!!


 NSCも良い感じだったし、基本スタイルはこれで良いだろう。ふははははは!世界よ見たか!これが新生日向奈月だ!!もう戦えないマスコットは卒業だぜ!!



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 天国の間の、れーくんに用意された部屋で、れーくんのベッドでゴロゴロしながられーくん視点の映像を見る。天国の間で好きにしていいと万魔様もれーくんも言っていた。ここも天国の間だから全く問題ない。問題ないのだが…


 今しがた終わった初戦闘を見て、変な笑いとともに震えが止まらない。好きにして良いと確かに言ったけど…これは流石にやりすぎじゃないだろうか。一体何だこれは。何をどうやったらこんな風になるんだろう。こんなのどうやって説明すればいい?最後に銃は捨てるから問題ないとれーくんは言ってたけど、それで済むとは思えない。ついでにわたしの声で、わたしの口調で、わたしが物騒な事を呟いてるのも頭が痛くなってくる。


 これからのわたしを心配すれば良いのか、この状況でも演技を忘れないれーくんを褒めればいいのか…これがれーくんと付き合うという事なのか。認めるしかない。甘く見ていた。北条の一件はありすが絡んでいたからやりすぎた部分もあったと思っていたけど、あれがれーくんの普通なんだ。


 まあいい。れーくんがやらかすのは想定の範囲内。ここまで盛大にやらかしてくれた以上、もうわたしとれーくんは切っても切れない関係と言っていいだろう。ありすの友だちとしてだけじゃなく、わたし自身が一緒にいる大義名分を手に入れるのに成功はしたから問題ない。


 後は…とにかくれーくんからなるべく目を離さないようにしないと…何を言ったのか、何をやったのか、しっかり覚えておかないと間違いなくボロが出る。これから先これが日向奈月のスタンダードになるのだから……


 あ、そういえば、れーくんはトイレどうするんだろう。12時間の長丁場、ずっと我慢するつもりなんだろうか?朝食は食べてたから半日くらい飲まず食わずで我慢は出来るだろうけど、生理現象を我慢するのは辛いのでは。


 …まあいいか。わたしはれーくんに見られて困るものなど何一つない。いずれは全てを見せ合う仲になるわけだし。



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「……す、凄いものを見てしまいましたね…!!」


「あははははは!凄い、凄いのぉ奈月は!まさかあんなことが出来ようとは!!あはははははは!!」


「万魔様が喜ばれているのは大変嬉しいですが、しかしあれが日向ですか?あまりにも普段と違いすぎる」


「大方、魔央が奈月を心配しすぎて自衛用の魔道具を渡しておったんじゃろうな。ふぅ…笑いすぎてお腹が痛いわい。あやつは加減を知らんからな。こうなったのもある意味当然かもしれんの」


「殺さなければ何でもありとは確かに言いましたが…これは、とんでもないダークホースが現れましたね。日向は戦えないという前情報を前提にちょっかいをかける奴は酷い目に遭うでしょう。先ほどの29番の様に」


「さすがはナツキちゃんです!ここにきて一躍優勝候補に躍り出ました!!誰がこの展開を予想できたでしょうか!?嬉しすぎる大誤算です!!バトルロイヤルはまだ始まったばかり!一体何が飛び出してくるんでしょうか!!」



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 はぁ…はぁ…何とか、逃げ切ったか…一体何だったんだアレは…同じ探学生、いやそもそも人間だったのか?悪い夢でも見ているようだ。いや、きっとこれは夢に違いない…くそ、いてぇよぉ…何で俺がこんな目に…とにかく、今は身を隠して…あれ?なんだ?体が動かな…矢?胸から…矢が…


「駄目ですよぉ。あんな可愛い女の子を不意打ちで倒そうとするなんて。あまつさえ敵わないからって、売った喧嘩から逃げるなんて」


 だ、誰だ…?周囲には誰も居なかったはず…


「あんなに派手な音を出して戦ってたら、気づくに決まってるじゃないですか。あの子からは逃げ切れたようでしたが、運がなかったですね。私に貴方を見逃す理由はないですから、貴方はここでリタイアです」


「ま…待


「それではごきげんよう。パンデモランドを思う存分満喫してくださいね」


 これほんとに大丈夫?即死じゃなければ大丈夫と無常様が言ってたけど…ピクピク痙攣していた男子の体は、ほどなくしてキラキラと光の粒子となって消えていった。成程、こうなるんだ。ダンジョンでモンスターを倒した時みたい。


 それにしても、わざわざ危険を冒して戦闘を確認しに来て正解でした!あの小さな体に圧倒的な戦闘力。意外性の塊です!なによりあの愛くるしさ。一目見てビビッてきました!貴女です。貴女に決めました!貴女がドンチュウです!!

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