幕間 持つ者と持たざる者 

「そこの貴女達、ちょっといいかしら?」


 そんな台詞と共に会話に割り込んできた人を見たわたしは、一瞬フリーズしてしまった。なにこの人…色んな意味で凄い。


「?私たちですか?」


 金髪縦ロール、初めて見た。こんな頭の悪いヘアースタイルをする人がまさか実在するなんて。高校デビューならぬ天獄杯デビューというやつだろうか?全国放送される天獄杯で目立つためにこんな髪型を選んだのだとしたら、呆れを通り越して最早尊敬に値する。そしてこんな奇抜な人に話しかけられても物怖じしないあたり、流石はありすとも思う。


 中学で知り合って以来、誰に対しても分け隔てなく接するのを見て最初は揉め事を避ける為に外面だけ取り繕っていると考えていたけど、一向に化けの皮が剥がれる様子がないのでこれが素だろうと思い直し素直に感心していたのだ。しかしその考えは探学に入って大きく修正する事になった。なんの事はない。ありすはれーくんとそれ以外で明確に一線を引いていただけであり、れーくん以外は男だろうが女だろうが、ありすにとってはわざわざ区別して対応する必要のない存在だったという事だ。


 わたしの知る中で唯一の例外は大道寺満だろうか。経緯はどうあれ、ありす個人が明確に認識した異性となれた事で、彼もきっと草葉の陰で喜んでいるに違いない。二度と会う事はないだろうけど。そして今わたしたちに声をかけてきた女、わたしならこんな見た目の人と関わりたいとは思わない。それにこの女…とてもじゃないが許せるものじゃない。


「そう、貴女達に用があって声をかけさせてもらいましたの。ちょっといいかしら?」


「構いませんけど、大丈夫なんですか?私たちは一番最後なので余裕がありますけど」


「問題ありませんわ。私は貴女達の一つ前ですから。名前を名乗るのを忘れていましたわね。私は織田遥と言いますの。覚えておいて損はありませんわ!!」


「織田遥さんですか。私は天月ありすと言います。それで私たちになんの用ですか?もしかして話し声が五月蠅かったですか?それなら謝ります。ごめんなさい」


「天月ありす…貴女がそうなんですの」


「私の事知ってるんですか?あ、もしかしてアレナちゃんねるのリスナーの方ですか?ごめんなさい。今はオフじゃないのでサインはお断りしてるんです」


「違いますわ!…貴女、サインなんて書けるんですの?」


「私は必要ないと思うんですけど、れーくんが書けるようにしとかないと握手する事になるからって。えへへへ、私に他の人と握手して欲しくなかったみたいで。心配しなくても頼まれたって男の人と握手なんてしないのに」


「くっ…まあいいですわ。私が聞きたい事はそんな事じゃありませんの。貴女達が先ほど聞き捨てならない事を仰ってましたので、事の真偽を確認しに来たのですわ」


「聞き捨てならない事ですか?奈っちゃん、私変な事言ったかな?」


「言ってない。この女の被害妄想。そもそも盗み聞きするような輩の相手なんてする必要はない」


「な!?不可抗力とはいえ盗み聞きしてしまった事は確かですから、そこは謝罪いたしますわ。でもこの天獄杯の待機場で呑気にお喋りする貴女達にも問題はありますわ!」


「なにを話そうが私たちの勝手。他人の話に首を突っ込んでくるなんて、卑しいにも程がある。それとも関西ではそれが普通?だとしたら程度が知れる。れーくんが扱き下ろすのも仕方ない」


「そこまで言われるのは心外ですわ!?天獄杯と関係ない事を声も潜めずに話してたら目立って当然ではありませんこと?とにかく!私が貴女達に聞きたい事は一つだけ!パンデモランドを貸し切りするなどと、聞き捨てならない事が耳に飛び込んできた以上、黙って見過ごすわけにはいきませんわ!!」


「それがあなたとどう関係がある?それこそあなたには関係ない」


「関係大ありですわ!パンデモランドを貸し切りなどと…!しかも世間は夏休みの真っ最中!!そんな時期に貸し切りするなどと鬼畜の所業ですわ!!全国のパンデモランドを楽しみに天獄郷に来た子どもたちに申し訳ないと思わないんですの!!」


「全く思わない。そもそもパンデモランドの貸し切りなんて一介の学生如きが出来る事じゃない。当然万魔様から許可は得ている。これのどこに問題が?」


「ちょっと奈っちゃんどうしたの?やけにこの人に好戦的だけど。やっぱり冷静に見えて天獄杯で昂っちゃってるのかな?」


「ふん。難癖付けてきた女狐相手にこれでも穏便に対応している。いや、女狐では万魔様に失礼。この雌豚」


「め、雌豚!?わ、私をこんな非常識な頭の人と一緒にしないでくれますか!?」


「なんで風音ちゃんが反応してるの?」


「非常識とはなんですの!?これは織田に伝わる由緒正しい髪型ですわ!!さっきからこちらに非があるからと黙って聞いてれば好き勝手…!さすがの私も堪忍袋の緒が切れますわよ!!」


「奈月、ここは引きなさい。これ以上揉め事を起こせば貸し切りの件、なかった事になりかねませんよ?織田遥さんでしたか、貴女の質問にお答えします。万魔様の御厚情により、私たち関東探学の生徒は天獄杯が終わった後、夜間から早朝にかけてパンデモランドで遊ばせて頂くことになっています。ですので旅行に来たあなたのお子さんが遊べないという事もないですから、安心してください」


「マジで!?」


「パンデモランドを貸し切りって天月さんたちだけじゃなかったの!?」


「うぉぉおおお!流石は万の兄貴だぜ!!俺は一生ついていくぞ!!」


「流石は万魔の後継者。俺達に出来ない事をアッサリとやってのける。そこに痺れる憧れるゥ!!!」


「天獄杯なんて出場してる場合じゃねえ!今すぐパンデモランドのパンフレット持ってこい!今から計画を練るぞ!!」


「学生なのにあの難癖付けてきた人子持ちなの?子ども思いなのは良いけどちょっとドン引きしちゃうわね」


「あわよくば自分だけ一緒に遊ばせてくれって頼もうとしてたとか?子どもの為とはいえ流石にそれはちょっと…」


「織田ってもしかしなくても関西守護の織田か?随分お盛んなんだな。それとも関西じゃ普通なのか?」


「こうなるから詳細は黙ってたのに」


「仕方ありません。おそらくこの方は自分が納得するまで引きそうにないですから。そういうわけですので納得できたのならお引き取りを」


「納得できませんわ!?そもそも私は子持ちじゃありません!処女ですわ!!」


「こんな大勢の前でそんな宣言するなんて、やはりこいつは雌豚」


「ッ!!」


「なんで風音ちゃんは雌豚に反応してるの?風音ちゃんは雌豚じゃないよ!確かにメイド喫茶で豚耳付けてたけどね」


「織田さんでしたね…この件は万魔様が承諾されています。それを理解された上でまだ文句を付けるようなら、天獄郷から追放されることも考慮された上で発言する事をお勧めします」


「追放なんて大袈裟な…そもそも私は別に貸し切りについて文句を言ったわけではないですわ」


「鬼畜の所業って言ってた。つまりあなたの中で万魔様は鬼畜という事」


「言葉の綾ですわ!?私に万魔様を貶める意図などありませんわ!」


「とにかく。関東探学生でない貴女に貸し切りパンデモランドに参加する権利はありません。当然他の探学生もです。これ以上騒ぐなら黒巫女を呼びますよ」


「ぐぬぬぬ…納得できませんがここは一旦引き下がりますわ。ですが諦めたわけではありませんわよ!!」

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