幕間 一つの出会い

 天獄杯オープニングセレモニーは各校代表選手が入場するところから始まる。ここで初めて各校顔合わせをすることもあり、待機場は警戒、興味、怖れ、憧れ、緊張諸々、様々な思惑が乱れる独特の雰囲気となっていた。いかに探索者としての才能があろうとも、まだ少年少女といっていい年齢である。他者に対して無関心を装う事は難しく、また自分と同年代の他の地域の探索者に興味を抱くのも当然であった。


 そんな中、一際注目を集めるのはやはりというか関東探学である。出場者リストに載っていなかったとはいえ、万魔央なら強引に出場してもおかしくなく、また天獄杯運営側もそれを止める術は持たないだろう。故に選手としているかどうかを確認するのはある意味当然の事であり、関東探学が待機場に現れた時にほぼ全員が一斉に注視した事からも、関心の高さが伺えた。関東探学の生徒達からしたらいい迷惑である。


 万魔央がいない事が分かり、安堵と共に溜息が零れ場の空気が弛緩するも、多くの者がそのまま関東探学にそれとなく意識を飛ばしていた。もっともそれは、天獄杯で戦う事になるであろう手ごわいライバルを警戒してのものではなく、気になる異性が図書館で隣の席に座り、気が気でないけど話しかけられないといった浮ついた気持ちであったり、何かしら万魔央に関しての情報が手に入らないかといった出歯亀根性からでもあるが。


 そんな好機の視線に晒されて、なんとなく居心地の悪さを感じる関東探学生の中にあって、普段となんら変わりない様子を見せている者も少数だが存在していた。


「もうすぐ出番だって思うと緊張してきちゃった」

 

 天月ありすはそんな少数の内の一人である。望むと望まざるとに関わらず、幼少の頃から他者の注目、特に異性からだが、を集めてきた彼女にとっては他人から関心を持たれる事は最早日常の一部と化している為、必要以上に気にしない術を自衛の一環として身に着けていた。常日頃から弟にかまけていることもあり、他者に興味を抱かないというのもあるが。その辺りは似た者姉弟と言えるだろう。とはいえ流石に9万人規模の観衆の注目を集める場ともなれば、流石に思う所があるようだが。


「不甲斐ない。こんな事で緊張するなんて先が思いやられる」


 日向奈月も当然その一人である。見た目に似合わず図太いまでの神経とマイペースさをもつ小柄な少女は、天獄杯という場であっても平常運転であった。


「奈っちゃんこそなんでそんなに余裕なの?こんな大勢の人の前に出た事なんてないし、緊張しない方がおかしくない?」


「別に取って食われるわけじゃない。観客なんてジャガイモや大根だと思えば良い」


「そんな簡単に割り切れたら苦労しないよ。レナちゃんも緊張してるよね?」


「確かに緊張はしてますが、ありすとは違いますよ。私の緊張はれーくんの期待に答えられるかどうかの不安からです」


「あー、れーくんから貰った刀?」


「はい。分不相応なものを頂いたと思っています。今の私には過ぎたものだと師匠にも言われました」


「そうなんだ。でもれーくんが誰かに物をあげるのって珍しいし、それだけ期待されてるって事だよ」


「わたしは何も貰ってない」


「そりゃ奈っちゃんはマスコットだもん。戦えるようになったら何か貰えるんじゃない?」


「むぅ…少しでも早く大人にならなければ」


「風音ちゃんも平気そうだよね。奈っちゃんは神経図太いから平気なんだろうけど」


「私はこういう事に慣れてますから。それに地元ですし」


「そうなんだ。こんな大勢の前に出るのに慣れてるって、風音ちゃんってもしかして凄い子だったの?」


「ふふ、そうですよ。私は凄いんです。だから大船に乗ったつもりでドーンと任せて下さい。皆で協力してパンデモランドの貸し切り権ゲットです!」


「委員長がやる気、これは勝ったも同然。ありすもこのくらい自信を持つべき。わたしたちの切り込み隊長なんだから」


「そうだね、れーくんも見てくれてるだろうし、みっともない所は見せられないよ!」


「その意気。それに優勝すればきっと褒めてくれる。あわよくばご褒美に混浴も可能かもしれない」


「奈月…あなたまだそんな事を言ってるんですか。いい加減にしないと拒絶されかねませんよ。それにご褒美というならパンデモランドの貸し切りがそうでしょう」


「わたしが言ってるご褒美は頑張ったで賞のご褒美。わたしはありすやレナと違って世間の荒波に揉まれる可能性が高い。荒んだ心には癒しが必要。れーくんもきっと分かってくれる」


「世間の荒波って…確かに、ないとは言い切れませんが」


「わたしのような可愛いマスコットを指さして、ただ突っ立ってるだけとか足手まといと非難する人によって傷ついた心を癒してくれるのはれーくんしかいない」


「奈っちゃんが足手まといなんて、そんな事ない…ないよ?」


「フォローする必要はない。それすら考慮した上でわたしはこの場にいる事を選択した。ジャガイモたちの中傷すら利用して、わたしはれーくんとの仲を縮めてみせる」


「これが本気の奈っちゃん…これが恋愛マスターの真骨頂…!!」


「ふっ…天獄杯なんて所詮は踏み台にすぎない。ありすもわたしを見習うといい。恋と戦争に選ぶ手段は存在しない。全てを糧にしてわたしは進む。勝利を掴むその日まで」


「恰好良い…恰好良いよ奈っちゃん!!」


 緊張しているのか舐めているのか良く分からないツッコミどころ満載の会話を繰り広げる彼女たちの会話はしかし、


「そこの貴女たち、ちょっといいかしら?」


 その会話を見咎めたであろう闖入者によって打ち切られる事になった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 天獄杯。これを機に私の名前が日本中に轟き渡る事を考えると今から気分が高揚してきますわね…迂闊でした。サインの練習をしておけばよかったですわ!仕方ありませんわね、とりあえず天獄杯期間中はサインを求められたら握手で誤魔化しましょう。将来日本を代表する探索者になる私と握手出来る機会なんて今回くらいしかありませんし、滂沱の如く涙して感涙に咽ぶ方たちが容易に想像できますわ!!


 それにしても、随分と呑気な方達がいますわね。仮にも数万人が見守る中での入場というのに緊張感のかけらもない会話をしてますし。関東探学、あなた方の事ですわよ?私を差し置いてトリで入場するにも関わらず呑気に世間話など。私ですら多少の緊張はしているというのに。…っと、いけませんわね。人の会話を盗み聞きなどと、はしたないですわ。聞きたくて聞いたわけではありませんが。今は私の初お披露目となるであろう入場に集中しませんと


 …ん?今あの方達なんと言いました?パンデモランドの貸し切り?そう、確かにそう聞こえましたわ。パンデモランド…あのひゃっこちゃんとせんこちゃんがマスコットをしているパンデモランドを貸し切りですって!?貸し切りという事はひゃっこちゃんとせんこちゃんを一日中思う存分堪能できるって事ですの!?私は昴に止められて行きたくても行けませんのに!!それをよりによって貸し切り!?パンデモランドを貸し切りなんて聞いた事ありませんわ!?


 なんて羨まし…許せませんわ!!きっと何か良からぬ事をしたに違いありません。なにせ関東探学と言えば自己中最低糞野郎の万魔央が在籍している探学です。万魔を脅すなりして強引に貸し切りにした可能性がありますわ。よりによって夏休み期間中のパンデモランドを貸し切りなどと、全国から旅行に来た子どもたちに悪いと思わないんですの!!


 聞いてしまった以上、見過ごす事などありえませんわね。仮に万魔が許したとしても私が許せませんわ!!ですがまあ、とりあえず事情を聞いてみない事には始まりませんわよね。万が一、いえ億が一の可能性で誤解という事もありますし。なんなら私が潔白を証明する為に一緒に同行して見張るという線も無きにしも非ずですわ。そう、別に私がパンデモランドに行きたいわけでは決してなく、貸し切りなら人も少なくて遊び放題なんて全く思っていませんわ。


 ま、まあ?同じ天獄杯に参加する者同士、交流するというのも悪くありませんわよね?皆さん志を一緒にする仲間みたいなものですし。その流れで仲良くなって一緒にパンデモランドに遊びに行こうとなってもおかしな話ではありませんし。ひゃっこちゃんとせんこちゃん、待っていてくださいまし。私が今すぐ駆けつけますわ!!

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