第112話 お互い様

 迷子になって出口を聞くという醜態を晒すことなく無事に天獄ドームの観客席へと辿り着き、観客の余りの多さに辟易し、これもう帰って良いんじゃないかなと思った所で紗夜ちゃんが空いてる席を発見し、最上段の席に腰を落ち着けてから暫し、盛大なファンファーレと共に祝砲が鳴り響いて、選手の入場が始まった。


 最上段で目立たないのは良い事なんだが、目立たないという事はそれだけ遠いという事であり、探学生の顔がまともに識別出来ない。そういった事に配慮してバカでかいモニターが東西南北4つも設置されてるんだろうが、わざわざ現地まで来てモニター見て盛り上がるとか本末転倒じゃない?これならTVで見た方がなんぼかマシだと俺は思うんだが。

 

 そういや好きな歌手のライブ観に行くって浮かれてる奴に、歌聞きたいならCDで良いじゃんと言ったら馬鹿にした目で言い返された事があったな。ライブの生の臨場感や一体感はCDなんかでは味わえない陶酔感やカタルシスが云々。うーむ、周りが盛り上がってる中ボケっとしてると滅茶苦茶場違い感があるな。かといって天獄杯に欠片も興味ない俺からしたら盛り上がる以前の問題だし、周りに合わせるのもだるい。俺がこんなだからか、当然紗夜ちゃんも平常運転。まさかこんな場所で疎外感を味わう羽目になるとは…


 これなら小雪ちゃんと一緒にいた方がマシだったか?いやいや…あのブラコンモンスター達と一緒は流石に俺の胃がもたんだろ。放っておいたら兄関係の話題を際限なくされて俺が気まずいし、指摘したら向こうが委縮して空気最悪だろうし…なんでお兄ちゃんて呼ぶか聞いた俺が悪かったのか?いやでも気になるだろ。初対面の可愛い女の子が、ハニトラか美人局か兄活以外でお兄ちゃん呼びなんてなにか事情があると思っちゃうじゃん。そんな事情なかったけど。


 そもそもの話、万生教信者の俺への好感度が意味不なレベルで高すぎるんだよな。なんであんな事になってんだ?万魔の後継者って肩書が悪さしてるんだろうけど、それであそこまで好感度上がるものなのか?チョロインなんてレベルじゃないんだが。

小雪ちゃんに頼ったのがそもそもの間違いだったか…でもあの時点で頼れるの小雪ちゃんしかいなかったし…それに後継者ってだけでここまでワンマン社長と周囲の取り巻きイエスマンみたいな関係になるなんて思わないじゃん。しかもぽっと出のなんちゃって後継者だぞ?普通排斥したり警戒したりするもんじゃないのか?


 色々と都合が良いから今まで放置していたが、そろそろ現実と向き合う時が来たのかもしれないな。仮にこのまま万生教信者の所業を放置していた場合、下手したら全国に大量の自称妹が誕生しかねない。それどころか自称お姉ちゃんなんて出てきた日には、あーちゃんが一体どうなってしまうのか…考えるだけで恐ろしいぜ。


 なんでこんな事で悩まなければならないのか…そもそも黒巫女さん達と食事会ってなんだよ。天獄郷住民との触れ合いでパンデモランド貸し切りとかどう考えてもおかしいだろ。小雪ちゃんの存在と影響力を碌に考えもせずに安易に頼った結果なら甘んじて受け入れるしかないが…そもそも小雪ちゃんって現存してる現人神みたいなもんだもんな。似非宗教家が捏造した集金装置でもなければ、死後の世界で美処女ハーレム約束して好き勝手やらせる下種テロ神でもない。自分の欲望を満たそうとするわけでもなく、ただそこに居て日々暮らしているだけの、会って話せる身近なけもっ娘神様。そりゃ信仰心も天元突破するわな。


 とりあえず、今後どう付き合っていくかが課題だろう。どうにか万生教の美味しい所だけお金払って利用するとか出来ないもんだろうか…難しそうだな。天獄郷旅行の対価が金じゃなくて俺と食事会なんて一銭の価値すらないもので済まそうとする辺り、連中の行動理念は万魔が中心なのは明白であり、万魔の後継者が頼んだから実現しただけであって、その辺の権力者が100億万円払っても頷かないだろう。そもそも金に困ってない奴らを金で動かせるわけがない。俺だって金じゃ動かないし。


 なるべく頼らない方向で行くしか解決策が思いつかんな…俺から泣きついて助けて貰ったにも関わらず、用が済んだらポイみたいな腐れ外道な真似は流石に出来ないぞ。そんな事が出来る図太い神経持ってたら引き籠りになんてなってないし。とりあえずこれ以上借りを作るのは止めた方が良いんだが、問題は作りたくて作ってるわけじゃないという事だ。


 結論としては今までと変わらず、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処し、最初は強く当たって後は流れでいくしかないか。とりあえずブラコン二人に次会った場合、なんでもなかった風に接して今日の件は有耶無耶にしよう。あの糸目は…どうでもいいか。東北探学なんて関わる事ないし、糸目は空気読める奴が多いからな。向こうから避けてくれるだろ。


「あ…」


 入場行進そっちのけで今後の対策を考えていたら、不意に紗夜ちゃんがぽつりと零した。


「ん?どうしたの紗夜ちゃん。何かあった?」


「はい。今行進している中国探学に見知った人がいましたので」


「中国探学に知り合いなんていたの?」


「はい。知っているだけですが。丁度画面に映っているあの赤い髪の男の人です」


 ほう…あの目つきの悪い赤髪ツンツン頭か。なんかBL物とかに出てきそうな見た目してるな。雨の日に拾った子犬に傘差してる系というか。粋がってるチンピラ系なのか俺様最強系なのかは分からんが、あの自信満々な風体、おそらく前者だろうな。俺強いぜアピールしてる奴が本当に強い事なんてまずないし。でも無駄にイケメンだし、あんな小物はあーちゃんに近づけないようにせねば。


「毛利恒之さんと言うそうです。一昨日の夕食の時にありす御義姉様が心愛さんという方についてお話しされましたのを覚えてらっしゃいますか?」


 ココア?…ああ、パンデモランド貸し切りの原因になった餓鬼か。という事はあいつか!!?俺をロリコン呼ばわりしやがった奴は!!巫山戯やがって…よくもまあ糞雑魚チンピラの分際で俺に難癖付けたばかりか、のこのこと顔を出せたもんだな。ブラコンモンスターと遭ったのもあいつがフラグ建てたせいじゃないのか?そうだろう。そうに決まっている!許せん…とてもじゃないが許せそうにない!今すぐぶっ殺して…そういやあーちゃんが俺に会いにわざわざ来たとかなんとか言ってたような…おいまじかよやばすぎじゃね?俺に会うためにわざわざ天獄杯に出場したとか洒落になってねえぞ…


 LGBTなんて気色悪すぎる。キャッキャうふふな百合以外俺は認めねえから!君子危うきに近寄らず、命拾いしたな毛利のクソ野郎。誰が好き好んで台所の敵に近づくかよ。俺に近づいてみろ、まじぶっ殺すからな。

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