第113話 宿痾

「あれがあーちゃんが言ってた奴か…紗夜ちゃん、あんな危ない野郎に近づいたら駄目だよ。もし万が一絡んで来たら、あーちゃんでもレナちゃんでもいいからすぐに呼ぶ事、いいね?」


 あんな劇毒を北条から預かってる紗夜ちゃんに近づけるわけにはいかない。万が一、そう万が一だが紗夜ちゃんが腐ったりした場合、俺は北条の当主に返しきれない借りを作る事になってしまう。それだけは避けねば。俺は責任なんて取りたくない。あーちゃん達を接触させるのも危険が伴うが、今から天獄杯に出場するなとは流石に言えない。まあ、あの三人なら誰か一人が転びかけても阻止するはずだ。おそらく問題ないだろう。


「主様…!当然です。私は主様のものですので!あのような男など、端から眼中にありません!!」


 一方、キラキラふんすと目を輝かせ途端ハイテンションになる紗夜ちゃん。一瞬既に腐っていたかと慄いたが、どうやら紗夜ちゃんはあの男の危険性が分かっていたようだ。どうやら杞憂に終わりそうだな。全く…戦国時代じゃないんだからそっち方面の需要はねえんだよ。これだから頭中世の禁忌領域は困るんだよね。

 関東探学が登場しないまま残り2校との事なので、折角なので入場行進を見る事にしたが、7校目が入場すると同時、異変が起きた。


「「うぉぉおおおお!!姐御ぉぉおお!!」」


「「姐御ぉおおおお!!待ってましたぁぁぁああああ!!」」


「A!NE!GO!A!NE!GO!!」


 響きわたる男共の叫び。どこからかトチ狂ったかの様に姐御姐御とシュプレヒコールが巻き起こり、それに釣られた周りの観客連中も姐御姐御と叫び始める。一体何が起こっているんだ…俺のいる周囲が姐御コールで埋め尽くされて非常にウザい。狂った野郎どもが近くの席を占拠していたのだろうが迷惑極まりない。そもそも誰だよ姉御って。有名人か?そしてそんな俺に追い打ちを掛けるように巨大モニターに入場行進している探学の様子が映し出され…あまりの光景に俺は絶句した。



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 お~ほっほっほっほ!凄いですわ!滅茶苦茶注目されてますわ!!笑いが止まりませんわ~!!私率いる関西探学が入場すると同時に大いに盛り上がる天獄杯会場。主役の入場ともなれば当然ですわね!天獄ドームの視線を独り占めですわ!!しかも盛り上がる会場から私の事を姐御と呼んで慕う声がここまで聞こえてきますわ!!まさか私の応援のためにわざわざ織田領から天獄郷に来たんですの?全く…困った奴らですわね!後で思い切り褒めて差し上げますわ!!織田遥の全国デビューにして伝説の幕開けとなるこの天獄杯を生で見たいと思うのは当然ですし!俄然やる気が出てきましたわ!良いでしょう!この織田遥の姿を目に焼き付けると良いですわ!サービスですわ~!!禁忌領域の未来の為、織田領の皆の誇りの為、なにより私の矜持の為に!今年の夏は織田遥旋風が日本中を席巻しますこと、万魔も万魔央も覚悟するといいですわ!!



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 とんでもないモンスターが現れやがった…正気か?いや、正気じゃないからあんな頭してるんだろうが、いたら駄目だろあんな奴。流石の俺でも分かる。間違いなく禁忌領域の関係者だろアレは。頭の中身どころか外見まで中世とかヤバすぎるぞ。あそこまで立派なツインドリルなんて空想の産物じゃねえのかよ。おそらくあいつが織田から来た奴で間違いない。うつけで西洋かぶれは織田っぽいけど流石にアレは振り切れすぎだろうよ。


 あらゆる意味であの女は危険すぎる。そもそもツインドリルってなんだよ。サンバ衣装でも着て踊ってろってくらい両手振りながら堂々と行進してる姿にはもはや威厳すら感じられる。恥という概念を産まれる時に親の体に置き忘れてきたに違いない。しかも制服越しでもなんかすっごい揺れてるし…エロゲかな?なっちゃんがこいつを見たら血の雨が降るんじゃないだろうか。


 とんでもない奴送り込んで来たな…こんな歩く猥褻物陳列罪を全国デビューさせるとか織田は正気か?一体なにを考えてやがる…仮にこれが俺への攻撃だとしたら、悔しいが効果的だと認めざるを得ない。毛利といい織田といい、実力で俺に勝てないからと即座に精神攻撃に切り替えてくるとはな…流石は謀略の毛利、革新の織田という事か。一つの事に固執せず多方面から二の矢三の矢を放つ柔軟性、相手の弱点を的確に見抜く分析力、躊躇いなく鬼札を切る決断力。どれも凡夫に出来る所業じゃない。北条もそうだったが、なんでそれを禁忌領域解放に活かさないで個人に向けてんだよ。


 強さどうこう以前にホモと痴女とか絶対相手にしたくないんだが。あいつらと接触するのは全力で回避だ。本当なら今すぐにでもここから逃げ出したいが…仕方ない。明日から夏休みの間中、天獄殿に引き籠るしかねえ!!


 盛り上がる周囲を余所に、冷静に今後の方針を決めた俺はなんとはなしに隣の紗夜ちゃんを見てしまった。紗夜ちゃんは先ほどまでのハイテンションから一転、自分の胸に手を当てて俯きしょんぼりしている。いや違うから!そういうのじゃないから!別にあの痴女をガン見してたわけじゃないから!そもそも大きいのも小さいのもみんな違ってみんな良いし!それに大丈夫。なっちゃんと違って紗夜ちゃんにはまだ可能性あるから!!


 言い訳が光速で頭を過ぎるが当然口に出すわけにはいかない。言ってしまえば認めたことになるからだ。ぐぬぬぬ…おのれ織田。俺におっぱい星人などという風評被害をなすりつけやがって…万が一あーちゃんたちがこの事を知って勘違いしたらどうするつもりだ!許さん、絶対に許さんぞ!!

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