第106話 北陸探学 

「続いて入場するのは北陸探学の皆さんです。北陸地方は私達にとって非常に縁が深い場所になります。と言うのも北陸地方には伊達家、元東北禁忌領域守護職だった方達の子孫が多く住まわれている地域だからです。現在の天獄郷とは直接の関係はありませんが、それでも天獄郷の歴史を語る上で、切っても切れない関係であると言えるでしょう」


「万魔様がどういった経緯で東北に来たのかは分からないけれど、万魔様が禁忌領域を解放された後、権利を主張したりせず大人しく引き下がったのは英断と言えるだろうね。当時の政府とは大違いだ」


「禁忌領域守護の方々にとって、解放こそ至上命題である事が良く分かるエピソードですね」


「そうだね。領域守護の務めは果たしたとして、そのまま元守護領に残った人達と、新たな禁忌領域解放の為に各地に散った人達、大きくはこの2パターンに分かれるかな」


「後者の方達が北陸禁忌領域へと向かったわけですね」


「一番近くにあるのが北陸禁忌領域だったことも理由の一つだと思うけど、最大の理由は北陸禁忌領域がやばかったからだろうね」


「やばかった、ですか。北陸禁忌領域と言えば海の孤島と能登半島にありますよね。あれ?そういえば九州の禁忌領域は二つあるのに北陸禁忌領域は一つの扱いになってますね、おかしくないですか?」


「良い所に気付いたね。そこが正にやばかった理由さ。本来北陸禁忌領域は孤島の事を差してるんだ。北陸禁忌領域の名称は竜ノ島だからね」


「確かにその名前なら誰もが孤島の方を想像します。なら能登半島の禁忌領域は一体何なんでしょうか。実は禁忌領域ではないとか?」


「あそこも間違いなく禁忌領域で竜ノ島の一部だよ。そもそも禁忌領域なのに能登半島なんて名称が付けられてるのがおかしな話だと思わないかい?」


「言われてみれば…他の地域の禁忌領域は一括りで呼びますよね」


「つまり、元々能登半島には人が住んでいたって事。あの場所こそが、禁忌領域の拡大を食い止めなかったらどうなるかを日本人に明確に付きつけた場所なのさ」


「禁忌領域の拡大を食い止められなかったらどうなるか、ですか…海を挟んだ向こうでは、禁忌領域が半島の国一つを飲み込んだというのは有名な話ですね」


「そうだね。だけどそれはあくまで日本に逃れてきた人たちからの情報であって、僕らが直に見たわけじゃない。海を挟んだ外国の話で、今の所対岸の火事でもある。僕らにしてみれば、不甲斐ない奴らだと笑って済ませる程度の問題だ。だけど能登半島は違う。あそこは日本の領土であり、元は人が住んでいた場所で、守り切ることが出来ず禁忌領域に飲み込まれたいわく付きの場所なんだよ。僕はあの場所を見るたびに領域守護職の責任の重さと、万魔様の偉大さを痛感するね」


「私達にとっては今の状況が普通ですが、当時の人たちにとっては衝撃的だったでしょうね」


「誰の目にも分かる状態での禁忌領域の侵食だからね。とは言え当時からの北陸禁忌領域守護である上杉家に落ち度があったと僕は思わない。きっと誰が領域守護であっても能登半島は侵食されていただろう」


「誰であろうと、ですか。それはつまり万魔様でもということですか?」


「こればかりは相性の問題だよ。万魔様は二人いらっしゃらない。竜ノ島から本土の上杉領への侵攻と能登半島への侵攻、いかな万魔様と言えど同時に距離の離れた二カ所防衛はさすがに出来ないと思うよ」


「今ある平和もいつ崩れるかしれない薄氷の上に成り立っているという事ですね。今ある平穏は禁忌領域守護職の方たちの不断の努力の上に成り立っていることを忘れてはいけません」


「ま、心配しなくても今の日本には万魔様の後継者・万魔央様、そして最強仮面さんがいるからね。それに僕らもいざという時は動くから。仮に同時侵攻が起きたとしても大丈夫だよ」


「最強仮面さんですか。あの方も不思議な人ですね。最近は全く姿を見かけませんけど」


「あの人は万魔様の個人的な知り合いという事以外は、僕らも詳しく知らないんだよね。ただ強さに関しては太鼓判を押させてもらうよ。なにせ僕ら十傑衆が束になって掛かっても歯牙にも掛けない強さを持ってるからね」


「最強仮面さんの天獄郷襲撃訓練は私たちにとって寝耳に水の出来事であり、非常に衝撃的でした。もしあれが本当の襲撃だったらと思うと…ああ、これが能登半島を侵食されてしまった、当時の人たちの気持ちなのかもしれませんね」


「そうだね。悲劇というのは突然起こるもので、僕たちの都合を考えてはくれない。僕たちに出来るのは、常に最悪を想定して備える事だけだ。とはいえ気を張り詰めすぎてもいざという時に力を発揮できないし、緩んだ時に往々にして厄介な問題が起きるものだし、難しいところではあるね」


「今ある平穏を安穏と享受するだけでなく、日頃の心構えが重要という事ですね。さて、話が少し逸れてしまいましたが、六角さんに北陸探学についてお伺いしたいと思います」


「北陸探学と言えば、去年の個人戦で見事ベスト4に輝いた伊達梓さん。やはり彼女だろうね」


「去年の天獄杯を見た人なら、覚えている人も多いのではないでしょうか。伊達梓さん。苗字で分かる通り伊達家の、もう守護職としての伊達家は存在しませんが、北陸禁忌領域へと向かわれた伊達家の子孫の方ですね」


「彼女の凄い所は、純遠距離アタッカーにも関わらず、当時2年生でありながらべスト4に残った所だ。ダンジョンと違い限定された狭い空間で障害物もなく、開始距離も選べない天獄杯で、純遠距離アタッカーが個人戦で勝ち残るのは非常に難しい。そんな中でベスト4に残ったのは快挙としか言いようがない。しかも去年よりも更に成長しているはずだから期待したい所だね。それに彼女は弓使いだ。マッチング次第だけど面白いものが見られるかもしれないよ」


「面白いもの、ですか?」


「ま、それは後のお楽しみって事で」

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