第105話 九州探学

「さあ、東北探学に続きまして入場するのは九州探学です。九州と聞いて皆さんなにを思い浮かべるでしょうか。九州地方、我々の住む東北地方とは真逆と言える地域です。日本の北と南に位置するというだけではなく、東北が天国地方と呼ばれ観光や旅行先として人気になる一方、九州は地獄地方とも呼ばれ忌避されがちです。なぜ九州がそう呼ばれるのか。それは九州に存在する禁忌領域の存在に他なりません。本土と海を隔てた九州、決して広いとは言えないその土地に存在する禁忌領域は二つ。海に囲まれ逃げ場のない絶望的とも言えるその場所で、しかし禁忌領域の脅威に屈さず、見事に人類の生存圏を維持している九州の人々に、私は称賛と尊敬の念を持たざるをえません。そんな九州から今年も天獄杯の為にやってきました。九州探学の皆さんです」


「九州には何度か行ったことあるけど、是非とも一度は足を運んでもらいたいかな。領域守護に対して不信感を持っている人は特にね。あそこを見れば禁忌領域守護職の大変さと有難さが身に染みて分かると思うよ。九州は修羅の国と言われるのも頷ける」


「私は行った事がないからわかりませんが、そんなに凄いんですか?」


「九州自体は凄く良い所だよ。天獄郷や他の地域と比べても遜色ないくらいにね。忌避されがちなのは偏に二つの禁忌領域の存在、これに尽きる。九州は海に囲まれてるから逃げ場がないのも大きい。まあこれは悪い事ばかりじゃないけどね。幸いと言うか九州の禁忌領域はどちらも海に面した場所にあるからね。だからこそ封じ込みが成功してると言えなくもない。それに九州の3割近くは禁忌領域で、守護領を含めれば5割以上。九州の人たちにとって守護領関係なく禁忌領域は身近な脅威であり、他人事ではいられないんだよ。そういう土壌があるから九州の探索者は本土と比べて毛色が違うね」


「そうなんですか。こう言ってはなんですが、見た感じ普通の探索者の様に見えますけど」


「ははは、そりゃそうだよ。君が最初に言った九州は東北と真逆って台詞。それはそのまま探学にも当てはまるんだ。東北探学が集団戦を得意とする一方、九州探学が得意とするのは個人戦、とりわけ近接戦闘に関しては頭一つ抜けてるんじゃないかな」


「それには何か理由があるんでしょうか?」


「勿論。これはなにも九州に限った話じゃないけど、禁忌領域守護職というのはどうしても自分たちが管理する禁忌領域について特化する形になるのは分かるよね?」


「はい。普通の探索者であれば多種多様なダンジョンに対応する為、言い方は悪いですが一芸特化であるよりも器用貧乏である方が好まれる傾向にありますよね」


「その通り。だけど禁忌領域守護職が対応するのは禁忌領域のみ。だからあれこれもと手を出すよりも禁忌領域に特化した方が効率も良いし、なにより他に手を出す余裕もない。そして九州という地域はさっき言った通り禁忌領域が身近な脅威として存在する。だからこそ九州の探索者達はその脅威に備える為に禁忌領域に寄った戦い方に自然となるんだ。この辺は僕らと似てるかな」


「なるほど確かに。身近な存在が脅威であるか尊崇であるかの違いはありますが、そういった意味では私たち万生教徒と近しいものを感じます」


「そんなわけで九州探学の生徒達が近接戦を得意とする理由は、それがそのまま禁忌領域に対する備えでもあるからってのが大きな理由かな」


「そうなりますと、九州探学相手に近接戦を挑むのはかなりリスクがあるということですか」


「そうだね。とはいえ九州探学は天獄杯という舞台では片手落ちである事は否めない。天獄杯は探学同士の交流の場であり、万魔様のお陰で死の危険というのはまずないと言って良い。だからこそ、遠距離でチクチクといったせこい真似はして欲しくないね」


「片手落ち、ですか?九州探学の生徒さんはなにかしらハンデを背負っているという事でしょうか」


「こればっかりは天獄杯の仕様上、仕方ない事なんだけどね。九州の探索者の基本戦闘スタイルは、魔道具を併用する事による近接戦闘なんだよ」


「魔道具、ですか?確かに九州は魔道具関係で有名ですが」


「そうだね。禁忌領域、大罪府天満宮・逝霊殿。禁忌領域はもう一つあるけど、九州が今の形になったのはここの存在が非常に大きい」


「大罪府天満宮・逝霊殿ですか。あそこは探索者の間でも非常に忌避されていると聞いた事があります」


「当然だね。うちであそこに喜んでいきそうなのは茜くらいじゃないかなぁ。ボクも一人で行くのは流石に遠慮したいね」


「十傑衆一席、一条茜さんですか。茜さんといえばその卓越した刀術により、万魔様の懐刀とも呼ばれている方ですが」


「あの子は近接戦闘においては僕たちの中でも頭二つくらい抜けてるからね。とりあえず茜の事は置いておこうか。それで大罪府天満宮・逝霊殿なんだけど、なぜ探索者が忌避しているのか、理由は単純で、あそこって魔法が意味ないからなんだよ」


「魔法が意味ない、ですか?」


「そう、別に使えないわけじゃないよ?あそこのモンスターはね、単純に魔法が効かないのさ」


「魔法が効かない!?確かに、それなら探索者の方が嫌うのも分かります」


「でしょ?魔法による攻撃が通用しないという事は、単純に戦力が半減、魔法に比重を置いている探索者にいたっては木偶の坊だ」


「現代の探索者は、程度の差はあれ魔法を主軸に戦う方が多いですよね」


「だからこそ大罪府天満宮・逝霊殿は多くの探索者にとって鬼門なのさ。だけど九州の探索者にとっては他人事じゃない。近づかなければ済む僕らと違ってね」


「なるほど。つまり魔法が通用しない禁忌領域に対抗する為に、魔道具の開発・製造が盛んになったという事ですか?」


「正解。魔法は効かないけど魔道具の攻撃は効くんだよね。だから九州の探索者の人たちは近接戦闘に比重を置く人が多いし、遠距離攻撃手段は魔道具で代用する人が多いんだよ」


「そうなんですね。たしかにそういった戦闘方法が主流なら天獄杯とは相性が悪いのも頷けます」


「天獄杯は武器防具に制限はないけど、魔道具なんかの補助アイテムの使用は禁止されてるからね。極端な例になるけど、魔道具には北条との決闘で使われた極光みたいな魔法兵器も含まれるから。九州探学の人たちはハンデを背負っている中でそれでも出来る範囲で結果を出すべく出場してるんだ。僕個人としては是非とも頑張ってもらいたいよ」

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