第103話 逆鱗の隣にある鱗は逆鱗であるか否か30文字以内で答えよ
「はぁ…」
盛大な溜息が零れる。別に俺は悪い事をしたとは思っていないし、何なら全部あいつらの自業自得だとも思っている。だがそれはそれとして紗夜ちゃんの兄が結果的に死んだのは事実だし、その責任から逃げる気はない。まあ責任なんて感じてないけど。実力差も考慮せずに突っかかって来た奴が悪い。先に手を出してきたのも向こうだし。というような事を考えて自己正当化するくらいには紗夜ちゃんの兄に関しては気にしているのだ。
とはいえ死人に口なし。煽る目的以外で死んだ奴の事を持ち出す気はないし、悪く言う気もない。相手に非がある状態で、好き勝手文句をつけてぴょんぴょん周りを飛び跳ねるから楽しいのだ。それに経緯はどうあれ、文字通り命を賭して挑んで来た奴を悪く言うのは気が引ける。元凶三人の内、一番関係ないのに唯一挑んできて死んだという点も同情と称賛の余地がある。
死人に対して優しくしても罰は当たるまい。それに加えて、お前らと違って紗夜ちゃんはこれからも俺の近くにいるんだから、気まずくなりそうな事をやらないでくれるか。
「はいはい、この話はもう終わりね。あんたも挨拶終わったならもう用はないでしょ」
とりあえず色々北条兄について語られたらダルいからさっさと帰ってどうぞ。
「っはい、それでは万魔様。失礼いたします」
「うむ。それではまたの」
「ほら、そこの二人も。もう護衛も必要ないでしょ。とっとと持ち場に戻りなよ」
「お言葉ですが、今日は私たち二人で万魔様の護衛をするよう言われています」
「必要ないって言ってるの。俺が一緒にいるからさ。君たちは会場警備なり天獄殿に戻るなり好きにしていいよ。何か言われたら俺なり万魔の名前出していいからさ」
「どうしたのお兄ちゃん、なんでいきなりそんな冷たい事言うの?なにか気に障る事でも言ったかな?」
我ながら大人げないな…だがこいつらが一緒にいたら俺の精神がブレイクしかねん。俺のメンタルは豆腐並みなんだ。引き籠りに将来の不安や未来への展望とか、それ一番与えたら駄目なやつだから。護衛を続けたいなら俺は一抜けさせてもらう。
「万魔の護衛がしたいってんなら好きにすればいい。別に一緒にいる必要もないからね。それじゃ俺は他に行くから」
返事を待たずに歩きだす。なんかもう面倒くさいな…でもあーちゃんに観戦すると言った手前、ばっくれるわけにもいかない。一般観客席に行くか。席がなきゃ帰る理由になるだろう。それはそれとして、ここは何処なんだろう。出口はこっちで合ってるんだろうか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「お兄ちゃん…奈々ちゃん、わたしたち、お兄ちゃんに変な事しちゃったのかな?」
「してないよ。普通に話してただけじゃん」
「そうだよね?ならなんで急に別行動なんて…」
「相変わらず面倒くさい奴じゃの。まあよい。あやつは放っておいても問題あるまい」
「万魔様は理由がお分かりになるんですか?」
「おおよそじゃがの。お主らが悪いわけではないので気にするだけ無駄じゃぞ」
「うぅ…万魔さま、教えてくれませんか?お兄ちゃんに嫌われちゃったら、わたし…」
「私からもお願いします万魔様。なにが駄目なのか知ってみんなで共有しとかないと」
「…仕方ないのぉ。原因はおそらく北条の娘、紗夜じゃろうな」
「紗夜ちゃんが?でも紗夜ちゃんなにもしてなかったよ万魔さま」
「お主ら、紗夜の兄について勘ぐっておったじゃろ。おそらくそれが気に障ったんじゃろうな」
「確かに紗夜ちゃんにお兄さんがいた事はビックリしましたけど、でもそんな事で?」
「理由はどうあれ、紗夜の兄がいなくなったのはあやつと関わったからじゃ。大方紗夜の前で兄について触れられるのを気にしたんじゃろ」
「そうなんですか。なんか意外ですね。魔央様のイメージ的にそういった事は気にしないと思ってました」
「他人には概ねその通りじゃぞ。あやつが甘いのは身内のみじゃ。香苗もとばっちりを受けて可哀そうじゃったのぉ」
「そういえば片倉さんには当たりが強かったですね」
「紗夜の兄について言及したからじゃろうの。大方余計な事を言って話を繋げるなと思っておったんじゃろ。なんにせよ、あやつの前でこの話はしない方がいいじゃろうな。紗夜がいる前では特にの」
「確かに…私もお兄ちゃんの事を良く知らない人にお兄ちゃんの事悪く言われたら我慢ならないもん。ちょっと軽率だったかも。あれ扱いしちゃったし…」
「わたしも、お兄ちゃんに歯向うような人がお兄さんなんて可哀そうって思ってたから、態度に出ちゃってたのかな。気を付けないと」
「当分はあやつの前で兄の話題は止めておくことじゃな」
「それって、お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼んだらダメって事?折角お兄ちゃんに会えたのにお兄ちゃんて呼べないなんてあんまりだよ!」
「元々ひまわりのお兄さんじゃないんだから良いじゃない」
「お兄さんがいる奈々ちゃんは黙ってて!これは深刻なお兄ちゃんロスだよ!ひまわりのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけなんだから、どうにかしてお兄ちゃんに認めてもらわないと!!」
「あまりしつこいと嫌われるからほどほどにの」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あの…主様」
「ん?どうしたの紗夜ちゃん」
「先ほどは有難うございました」
「何が?感謝されるような事はしてないけど」
「そうですか…ですが、有難うございます」
「…まあいいけど。感謝するのは俺の方だよ。毎日家事してもらってるしね」
そもそもの話、万生教の連中は北条をどうこう言える立場じゃないんだよな。万魔に王手掛けられてる時点でやらかし具合は北条とどっこいなのだ。俺と敵対していたら既に万魔は死んでるし、十傑衆に至っては手も足も出ずに敗北した上で生き恥を晒していると言えなくもない。万生教と北条の違いは、俺と敵対したかどうかにすぎないのだ。
…こうして振り返ってみると俺の行動ろくでもないな。平地に乱を起こし、我欲で裁定者を気取るか。魔王と呼ばれるのもあながち間違いではないかもしれない。…駄目だな。どうも思考が後ろ向きになっている。こういう時に限ってやらかし案件が発生するんだよな、気を付けよう。
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