第102話 糸目

 しかしあれだな。この二人を護衛にチョイスした奴はまじでクソだな。大人よりは同年代の方がマシだと思って配慮したのかもしれんが完全に裏目ってしまっている。二人に悪気はないんだろうが、お前ら一応護衛なんだからいい加減黙れ。正直兄関連の話題は引っ張って欲しくない。話題を振った俺が迂闊だったな…ブラコンとメンヘラの悪魔融合を甘く見ていた。この二人とは今後関わりたくねえな。


 別に兄弟が好きとか憧れがあるのは問題ないんだが、そういった話をするには状況が悪い。なんせ紗夜ちゃんがいるわけでな…君たちは知らないだろうけど、紗夜ちゃんにもお兄さんがいたんだよ。そう、いたんだ。残念ながら今はお星さまになってしまったけどね。紗夜ちゃんは気にしてない感じだし、最初に会った時以外話題に上った事はないけど、俺が気にしちゃうんだよね。全部相手の自業自得ではあるんだけどさ。自爆特攻するなんて普通思わないじゃん。チワワの様に震えていれば命を拾えたものを…そういや生き残ったやつらどうなったんだろう。興味ないから忘れてたぜ。

今更どうこうしようとは思わないが、折角拾った命だ。精々社会の片隅で慎ましく生きて欲しいもんだな。流石に次はないからな。


 まああんな奴らの事はどうでもいいんだ。問題は紗夜ちゃんだ。ちょっと怖くて紗夜ちゃんの様子を確認出来ないぜ。とっとと目的地につかねえかな…おや、誰かいるな。護衛の二人もお喋り止めたしグッジョブ不審者!居てくれてありがとう。ついでに暴れてこの二人に牢屋にでも連行されてくれたら嬉しいんだが。不審者も俺たちが気付いた事に気付いたのだろう。こちらに向かって深くお辞儀をする。なんという自然かつ優雅なお辞儀…しかも90度だと!?こいつ…只者じゃないな。


「おはようございます万魔様。天獄杯の為にわざわざお越しいただき、誠に有難うございます」


「毎回ご苦労な事じゃな。わざわざ挨拶などしなくても問題ないと言うておるのに」


「そういうわけには参りません。天獄杯の場所の提供のみならず、直接こうして出向いて頂けるのは偏に万魔様の御厚情あっての事。未熟非才な私に出来るのは、こうして感謝と尊崇を伝える事のみです」


「よい、顔をあげい。儂以外もおるんじゃから普通に話せ普通に」


「はい。万魔様の思し召し通りに」


 小雪ちゃんに促され顔を上げる女性だが、こちらの人員構成を把握したのだろう。目を細めている。いや違うんだ!これは俺が望んだわけじゃないんだよ。勝手にこうなったんだ。俺が選んだわけじゃないから!不可抗力ってやつだよ。決して年下の女の子に囲まれたい願望とか持ってないから!


「初めてお会いする方もおられますので、自己紹介させて頂きます。私、東北探索者養成高等学校の校長を務めております、片倉香苗と申します」


 探学の校長さんだったのか。成程、それならばロリコン相手に警戒するのも頷ける。だが安心して欲しい。俺はロリコンじゃないし生徒に手を出すような不埒な性職者でもないからな!だからその目で見るのは止めてくれないか。


「どうも、万魔央です」


「北条沙耶と申します」


 天獄郷組が挨拶しそうにないので、初対面は俺と紗夜ちゃんだけのようだな。


「おお!万魔様と一緒におられるのでもしやと思っておりましたが、やはり万魔央様でございましたか!遅まきながら、北条との決闘での勝利、誠におめでとうございます。北条相手に誰もが分かる圧倒的なまでの完勝。いえ、あれを勝利というのは万王様には失礼極まりないでしょうか。少なくとも双方に負ける可能性があるからこそ勝負は成立するのです。にも関わらず万王様にあの様な木っ端相手の始末を付けさせました事、慙愧の念に堪えません。探索者協会を代表してお詫び申し上げます」


 貴女自己紹介聞いてました?ここに北条さんちの御息女さんがいらっしゃるんですが?一体なんなんだ今日は。俺の精神拷問デーかな?


「あの決闘に関してはもう終わった事なので、少なくとも俺は北条に対して遺恨はないですよ。むしろやりすぎたかなと申し訳なく思っているくらいです」


「やりすぎなどと。むしろ北条、いえ禁忌領域守護職にとって良い薬だったと思っております。彼らが手を抜いている等と私は思っておりませんが、成果を上げられていないのも事実。我々は長年に渡りただ静観しているだけでしたが、万王様の手ずから下された激によって彼らも目が覚めたのではないでしょうか。感激し感涙し、より一掃奮闘努力、それこそ生死を厭わず禁忌領域解放の為に邁進する事でしょう。当然我らも身が引き締まる思いでした」


 そんな意図は欠片もなかったんだが?しかし俺に対してこの過剰なまでの慇懃な対応、間違いない、こいつは万生狂信者だ!仮にも教育機関のトップが万生狂信者とか問題大ありでは?それともこれが普通なのか?関東の校長は普通だったんだが…東北は天獄郷が近くにあるからそのせいか?あり得るな…東北探学は万生教信者の巣窟と化している可能性がある。なにせトップがこれだからな。あーちゃん達が優勝するだろうと高を括っていたが、認識を改める必要があるかもしれない。だって矢車さんレベルがゴロゴロしてるって事だろ。


「奈々さんとひまわりちゃんも久しぶりね。万魔様の護衛を任されるなんて羨ましいわ」


「お久しぶりです片倉さん」


「香苗さんおはよ~。今いるのは香苗さんだけなのかな?」


「そうよ。後で他の校長も挨拶に来るでしょうけど。全く…誰のお陰でこの天獄杯が成り立っているのか。感謝が足りない老害ばかりで困っちゃうわ」


 入り待ちしてる奴もどうかと思うが…


「北条紗夜さんだったかしら、お兄さんの件は残念だったわね。今年の天獄杯は本来なら泰正君達のいる関東探学が最有力候補だったのだけれど」


「お気遣いなく。兄も覚悟の上だったでしょうから」


「紗夜ちゃんってお兄さんいたの?」


「はい。母親違いですが。私にはいつも優しい御兄様でした」


「へ~、そうなんだ。良いなぁ。でもわたしにも今はお兄ちゃんがいるから羨ましくないもんね」


 こっち見ても知らん。俺はお前のお兄ちゃんじゃない。


「あれ?でしたって事は今はいないの?」


 こいつ怖いものなしか?察しろよ。空気読んでくれ。


「北条泰正君。紗夜さんのお兄さんだった方よ」


「どこかで聞いた事あるような?」


「あっ!ほらひまわり、あれよ。北条との決闘で万王様に極光使った人じゃない?」


「あー、あの人か。そうなんだ…あの人が紗夜ちゃんのお兄さんだったんだね」


 なんだその同情とも憐憫ともつかない目は。向ける相手が違うだろうよ。はぁ…こいつらマスゴミの同類かなにかか?当事者の前で他人があれこれ詮索してんじゃねえよ。しかも餓鬼二人はともかく大人のお前が話広げてんじゃねえよ。これだから糸目はよぉ。俺が悪いことした気になってくるじゃねえか。ああウザい。まじで厄日だな。俺が一体なにしたってんだ。混浴か?混浴しなかったからこうなったのか?

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