第93話 対価

 パンデモランド。天獄郷に存在する巨大遊園地であり、天獄郷における最大の人気スポット、すなわち日本で最も有名で人気の遊園地である。近しい所では前世での鼠の国だろうか。人気アトラクションの待ち時間は数時間、はっきり言って頭がおかしい。にも関わらず天獄郷に来た人たちはこぞってパンデモランドに行きたがる。それは何故か。


 パンデモランドの目玉でもある疑似ダンジョン探索アトラクション・天獄郷解放があるからか。一日二日程度では、とてもじゃないが遊びきれない多種多様な乗り物やアトラクションがあるからか。実際天獄郷旅行中、ひたすらパンデモランドで遊ぶという人たちは多い。だが最大の理由は他にある。


 それはこのパンデモランドを管理しているのが、ひゃっこちゃんとせんこちゃんというマスコット狐とその配下だからである。そう、パンデモランドは世にも珍しい狐が支配しているレジャー施設なのだ!


 ちなみにこの狐にツッコミを入れるような奴はパンデモランドでは存在できない。夢の国に遊びに来て、夢を壊そうとする輩は敵だからである。狐と一緒にパンデモランド内を遊びながら回れるんだぞ。なんて最高なんだ!むしろこっちがメインなのではないだろうか。


 例えひゃっこちゃんが銀色でせんこちゃんが金色の淡く輝く毛並みをしていても、大きさが虎くらいあっても、それは狐の突然変異にすぎず、体中くまなくもふもふしてもチャックの一つも見つからないのは天獄郷の技術力が凄いだけであり、配下は普通の狐の筈なのに、機嫌の良い時は二本足で立ってタップダンスを踊ったり、人語を解しているとしか思えない行動も、道案内したりするのも、そもそも何で狐がスタッフしてるのとか、一体何匹いるんだよとか、そういった難しい事を考えずに、頭空っぽにして遊ぶのがパンデモランドの正しい楽しみ方なのである。


 そんなパンデモランドを貸し切りにしたいだと?天獄郷に来てる旅行者全員を敵に回すつもりか?正気の沙汰とは思えないが、正気なんだろうなぁ。


「ふむ。ぱんでもらんどを貸し切りたいとな?」


「はい。実は今日、天獄郷にみんなと遊びに行った時に小さな女の子と出会ったんです」


 ふむふむ。その心愛って子が病気か何かで人が多い所がダメと。今度一緒に遊ぶ約束したけど、せっかくだからパンデモランドで遊びたいと。


 なるほどね。手術が怖い子ども相手にホームランを打つ約束をする大リーガーみたいな行為だな。まあ大リーガーの場合は失敗しても成功しても影響あるのは当人同士のみだが、これは周りに迷惑及ぼしすぎてやばいな。


「ふむ。その子供が可哀そうなのは分かるが、それをやったら貸し切りのせいでぱんでもらんどで遊べない沢山の子供が出てくるわけじゃが、お主はそれをどう思うのじゃ?」 


「それはその通りです。ですから営業時間外に遊ばせてくれたりとか…ダメですか?」


 営業時間外か…それならありか。鼠の国も貸し切り出来るみたいだしな。


「ふむ。出来るかできないかで言えば出来るが、お主は何を対価にそれを望むのじゃ?儂が言えばおそらくやってくれるじゃろうが、ぱんでもらんどを動かしているのは万生教の者達じゃ。その者達を納得させられる対価をお主は払えるのか?」


 まあそうだよな。小雪ちゃんは基本的に万生教に口出ししないからな。小雪ちゃんがお願いしたら二つ返事で即貸し切りになるだろうけど。有象無象の一般大衆数万人の不満なんかより小雪ちゃんの方が大事だろうし。嫌なら来るなを大上段から言い放てるのが天獄郷であり万生教なのだ。


「身勝手なお願いだというのは分かっています。私に払える対価…」


 この流れ…体で払うとか言い出さないだろうな。そんな事になったら俺が言い値で買う羽目になるんだが…あーちゃんとしても小雪ちゃんに頼れと言われたから言ってみただけだろうし、本当に貸し切れるとは思ってないだろうが。


 なんで今日会ったばかりの餓鬼にそこまでのめり込んでるのか理解できんが、パンデモランドの貸し切りか…ふむ。あーちゃんの我儘なんて珍しいから何とかしてあげたい所だが、誕プレの出来るだけ言う事聞いてあげます券を使わない辺り、自分の問題として処理するつもりなんだろう。使ってくれたら厄介事が処理できるから非常に有難いんだが。


 かといって俺がサクッと解決して甘やかすのは…ところで豪華天獄郷旅行と銘打ったは良いが、ぶっちゃけ俺は宿を用意しただけなんだよね。後は全部万生教の人たちに丸投げしたし。果たしてそれで豪華天獄郷旅行と言えるだろうか。豪華というからには豪華に相応しいイベントもあって然るべきなんじゃないだろうか?そう、例えばパンデモランドの貸し切りとかな!!営業時間外、沢山の観光客が血涙を流しながらパンデモランド外で稼働している乗り物を臍を噛んで眺めている中、心起きなく遊び倒す。まさに鬼畜の所業!富豪の遊び方!!一生の思い出になること間違いなし!! 

 よし、理論武装完了だ!これはあくまでサプライズイベント!あーちゃんの願いを叶えるためならパンデモランドくらい貸し切ってやるぜ!!


「成程ね。パンデモランドを貸し切りは出来るけど、納得させられるだけの理由が必要って事でいいのかな?」


「そうじゃの。営業時間外なら旅行客に影響はないから大丈夫じゃが、働いてくれておるもの達には無理を強いる事になるからの」


「確かに。時間外労働なんて鬼畜の所業だからね。相応の対価がなければするべきじゃない」


 あーちゃんの出す対価、万魔が動く対価、パンデモランドで働く人たちへの対価か。


「ちなみにパンデモランドで働いてる人たちって万生教の人なの?」


「天獄郷に住んでおるもの達じゃな」


 なるほど。ならば問題ない。天獄郷に住んでる奴なんて万生教信者しかいないだろうし。なぜなら俺は万魔の後継者だからだ!コネと権力は使ってなんぼよ!!


「ならこうしよう。パンデモランドを営業時間後、俺が貸し切りにする」


「れーくん!?でもこれはれーくんに関係ない事だから」


「まあまあ、あーちゃんの珍しい我儘なんだから。ちょっと遅い誕生日プレゼントと思って受け取ってよ」


「でも誕生日プレゼントはもう貰ってるし。こんな事で、れーくんが何でもしてくれる券は使えないよ…」


 くそ、なし崩しで使わせる作戦は失敗か。自分で言い出した手前使えとも言えないぞ。


「ありす、何それ」


「毎年誕生日にれーくんから1枚貰えるんだよ。使ったら何でも言う事聞いてくれるんだよ」


 何でもじゃないよ。出来るだけだけだよ。


「なっちゃん達にはあげられないよ。あーちゃん専用だからね」


 なっちゃんにあげたら何に使ってくるのか分からないしな。そんな露骨にしょぼんとしてもあげないぞ、絶対あげないからな!


「対価としてはそうだな…まずあーちゃん達には、天獄杯で優勝してもらおう。そうすれば優勝お祝いという事で、時間外貸し切りしてくれるように俺が万魔に頼むよ」


「優勝、ですか」


「そう。あーちゃん達じゃパンデモランドを貸し切るなんてまず無理でしょ。相応の無理を通すなら、多少の無茶はしてもらうよ」


「優勝…うん。頑張るよ!」


 八車さんいるし十分可能性はあるんじゃないかな。あの子も大概やべぇからな。まあ勝敗に関わらず貸し出しはお願いするけども。


「後は、もし貸し切った場合、関東探学から来てる人たちも対象にしてもらう。豪華天獄郷旅行らしく、豪華な所をアピールしないとだし、余計なヘイト買うのも馬鹿らしいからね。あーちゃんの言ってた子がどういった状態なのかは知らないけど、数万人が200人程度になるんだ、それくらいは許容してもらうよ」


「うん。れーくんありがとう!きっと心愛ちゃんも喜ぶよ!」


「万魔に対する対価は…何かある?」


「ふむ…そうじゃの。お主は自分の立場を理解しておるよな?」


「まあ、天獄郷だとそれなりに尊重されてるんじゃないかなとは思うよ」


「天獄郷の者達にとって、お主の存在は希望なのだそうじゃ。先ほどの夕餉の件といい、えらく張り切っておったじゃろ?」


「そうだね、やりすぎなくらいだったね」


「儂が要求する対価は、黒巫女達との会食と、天獄郷の者達との触れ合いじゃ」


「?どういうこと?」


「黒巫女達の現状はお主が来た時に伝えたな?」


「…あれか。まあ一応」


 出会いが少ないとかいうあれだよな…え、つまりあれか、集団合コンしろって事?俺と黒巫女さん達で?比率おかしくない?


「一緒に食事をするだけじゃ。問題なかろう」


「…まあ、食事だけなら」


 食事だけで済まなかったら俺はガチで逃げるからな。言質取ったからな。


「天獄郷の者達も、お主の存在は知っておるが、そうそう会えるものでもなかろう」


 まあ、こっちから会う気ないしな。会ってどうするんだって話だし。


「じゃから、ぱんでもらんどを貸し切りにして、お主と天獄郷の者達との交流会に充てる」


「…は?」


「黒巫女との会食と交流会は、ありす達が優勝できなくてもやってもらうぞ」


「まじで?」


「大まじじゃ。儂と天獄郷の者達への対価はそれでよい。どうじゃ?」


「…それでいいならいいけど。でも交流会って何するの。握手会とか嫌だぞ」


「皆の前で挨拶と…そうじゃな、少し話すくらいはして貰おうかの。後はぱんでもらんどで遊んでいればよい。お主を直に見る事が出来れば皆も落ち着くじゃろうし」


「挨拶はともかく、少し話すってなに話せばいいのさ。天獄郷の人たちと合いそうな話題なんて知らないんだけど」


「別に何でもよいぞ。重要なのはお主と天獄郷の者達が直に触れ合う事じゃからの。なんならずっと無言でもよい」


 いやいや…無言でずっと向き合うとか、気まずいなんてもんじゃないでしょ。


「それならまあ…黒巫女さん達と食事会と、パンデモランドで挨拶とトークショー、それでいいんだね?」


 この程度の労力でパンデモランドが貸し切れるなら、安い買い物か…安いよな?


「うむ。日時は追って伝えるでの。天獄杯が終わってからになるが良いな?」


「夏休み終わったら帰るから、それまでで調整してよ」

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