第92話 格の差

 

 ふぅ…ピンチになると冴えわたる俺の頭脳に掛かればこんなもんよ。これで天獄郷にいる間、毎日美味しい料理が食べられるぞ。万生教の人も小雪ちゃんの為なら下手な料理は出せまい。気兼ねなく豪華料理を食い散らかしてやるぜ!!


「丁度いいね。奈っちゃん、勝負は料理でつけようか」


「腕が鳴る。ここなら食材も選び放題。わたしの本気を見せる時が来た」


 俺達は旅行に来てるんだぞ。料理勝負しに来たわけじゃないんだぞ。


「沢山料理があっては目移りしてしまうからの。ほれ、これでも飲んで落ち着くといい」


 小雪ちゃんが俺にすっとお茶碗を差し出す。これは…豚汁か?ガツガツしたものばかりだったからか、お腹に染みわたるぜ…もうちょっとこう、献立考えて作って欲しいよね。作ってもらう奴が何言ってんだって話なんだけど。メインディッシュばかりは流石に辛いわ。


「ほぅ…」


「どうじゃ?美味しいか?」


「満腹のお腹に染みわたるね。もうお腹一杯だよ」


 ああもう食べるだけで疲れた。美味しい料理ばかりだったけど限度があるよ限度が。


「そうか。ならこれが一番じゃな」


「そうだね。もうそれで良いよ」


「というわけじゃ。儂の勝ちでよいな?」


 ん?どういうこと?


「えー、万魔様、それはずるくないですか?」


「何を言うておる。一人一品、食べさせるタイミングは自由じゃろ?儂はこのタイミングを選んだだけじゃ」


「ありす。今回はわたしたちの完敗。わたしたちはいかに早く、れーくんにお腹一杯食べさせるかだけを考えていた。しかし万魔様はその上を行った」


「どういうこと?」


「料理の種類があれだけあれば、早く食べさせた方が印象に残ると普通は考える。現にわたしたちは全員最初に、れーくんに自分の作った料理を食べて貰った」


「それはそうだよ。せっかく作ったんだから味わって食べて欲しいもん」


「そう。だけどあれだけ料理があれば、どれだけわたしの料理が美味しくても、他の料理を食べている内に印象はぼやけ、他の料理に上書きされていき、最後にはとりあえず美味しかった程度の印象しか残らない」


「確かに全部美味しかったよね」


「最後の方はれーくんも機械的に料理を摘まんでいた。あれではどれだけ美味しい料理でも悪印象になりかねない」


 なっちゃん…そこまで分かるなら、なぜ皆が料理を作るのを止めてくれなかったんだ…今更訳知り顔で語られても困るんだが。


「万魔様はこうなる事を予想して、自分の作った狐汁を最後に出す事で印象を残す事に成功した」


 狐汁!?小雪ちゃん、まさか同胞に手を掛けたのか!!


「豚汁じゃぞ、奈月」


「失礼しました。溢れ出る嫉妬心が抑えきれなかった。あとお腹が膨れると気が抜けてどうでもよくなる、その隙をついた」


「なるほど。万魔様の作戦勝ちって訳だね」


「年の功と言うやつじゃ。まだまだ若い者には負けんぞ」


 その見た目でそんな事言われても説得力がないけどね。


「それなら仕方ないね。レナちゃんと紗夜ちゃんも良いよね?」


「私は元々反対していたので問題ありません」


「ありす御義姉様が決めた事でしたらそれに従います」


「ん?なに?何か賭け事でもしてたの?」


「うん。れーくんが天国の間に泊まるって聞いてね。なら私たちと一緒の部屋でもいいよねって思ったから、万魔様に勝負を挑んだんだよ!」


 なんて恐ろしい事を…ここが何処か分かっているのか?一歩間違えれば万生教信者が襲ってくる、ある意味死地に等しい場所だぞ。


「私は止めましたよ。あくまで私たちは好意で招かれたお客様なわけですし。ですが…」


 成程。ポンコツ状態のあーちゃんとなっちゃんが暴走したら、敗北するまで止められる者など存在しないからな。


「レナ、こんな時まで良い子でいる必要がある?」


 あるよ。何時にも増してなっちゃんが酷い。旅行による開放感で、野生の本能が目覚めてしまったのかもしれない。認識を改める必要があるな。今やなっちゃんは、飼い慣らされたマスコットのはむすたあではなくハムスターなのだと。


「ここに泊めるのは、あくまでこやつの安全に配慮した結果じゃからの。お主らの部屋では万一があった場合、止められないじゃろ?」


「確かに…私たちじゃ、風音ちゃんや無常先生が襲ってきたら返り討ちに遭っちゃうもんね」


 なぜその面子が襲撃犯に含まれるんだ。どちらかというと護衛側…だろう。少なくとも無常さんはそうだろう。


「残念だけど万魔様の判断は正しい。わたしたちは…弱い」


 こんな形で弱さを嘆くのはどうかと思うよ。そういう台詞は天獄杯で負けた時に言うものじゃない?


「そう残念がらずとも、お主らが天獄郷におる間は、いつでもここに来てよい。それなら問題ないじゃろ」


「本当ですか!?良いんですか万魔様!だってここ万魔様のお部屋なんでしょう?」


「構わん。一人は暇だからの」


 ところどころ重たい話ぶっこんで来るね。


「流石は万魔様。身体は小さいけど度量が大きい。わたしもそうありたい」


 …さっきからなっちゃんはため口聞いてるけど大丈夫?小雪ちゃんも気にしてないし、同じ小さい者同士、何か通じるものでもあるんだろうか。


「伊達に何年も生きておらんからの。何か困った事があったら遠慮なく頼るがいい。儂はここではちょっとしたもんなんじゃぞ」


「それじゃ一つ相談したい事があるんですけど、良いですか?」


 凄いな、まじで頼る気かよ。リップサービスを額面通りに受け取るなんて、流石あーちゃんだぜ!


「よいぞ。どうしたんじゃ?」


「パンデモランドって貸し切り出来たりしますか?」


 …それは流石に相談でどうこう出来るレベルじゃないと思うんだが。

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