第91話 拷問

「あーちゃん達を揶揄うのはご飯食べてからにしてよ」


「むぅ、もっと吃驚すると思ったのにつまらん奴だの」


 そりゃこの手の奇行はなっちゃんで慣れてるからな。子どもの遊びと思えば可愛いものよ。


「はいどいてどいて。邪魔だから」


 小雪ちゃんの脇を抱えて持ち上げて、隣に下ろす。尻尾が顔に当たってくすぐったい。フリフリするのは止めて下さい。 


「ほら、あーちゃん達もさっさと席について。一応万魔がいるんだからみっともない真似しないの」


 家族サービスしてるお父さんの気分だぜ。なぜ俺が世話を焼く側に回っているんだ。


「儂は気にせんぞ。こうやって皆で集まって食事などあまりせんからのぉ」


 さり気なく重めの発言しないでくれるか。まあ小雪ちゃんが万生教の人たちと一緒に食事取ったら、一緒に食べた食べてないでマウント合戦始まって抗争に発展しそうだしな。


「はーい。勝負は次の機会だよ奈っちゃん」


「望む所。仕方ないから今日はありすに譲る」


 最初からそうすれば良いのに…聞き分けが良いのがせめてもの救いか。問題はその場限りという点だが、これは言っても聞き分けないので最早本能なんだろう。


「はい、それじゃ皆席に着いたら…って、なっちゃんはコタツ潜るの禁止ね」


 さっそく仕掛けてくるとは油断も隙もありゃしねえな。なんか皆今日おかしくない?旅行でテンション上がってるのかな。旅の恥はかき捨てと言っても限度はあると思うんだが…これは天国の間で泊まる事にして正解だったな。下手したら逆夜這いとか仕掛けてきかねんぞ。


「それじゃ食べようか。頂きます」


「「「頂きます」」」

 出された物は残さず食べる。これは人としての常識である。食材を生産する農家の人たちの努力、食用に加工された生物たちの命、素材を美味しく調理してくれた料理人の技量。それらもろもろひっくるめて、最終消費者である我々は、せめて残さず感謝して料理を食べるというのが、最低限の礼儀だと俺は思うのだ。普段はこんな事を考えて食事をする程お高くとまったりはしていないのだが。


 最初は料理の多さに面食らったものの、全部食べ慣れている上に好きなものばかりであり、料理を取り皿に取ってパクパクもぐもぐと食べていたが、食べれば当然お腹は膨れる。人は食べられる量には限界があるのだ。


「もう食べられない」


 最初になっちゃんがダウンした。はむすたあの見た目よろしく、なっちゃんは小食である。自分の料理を俺に取り分けてからは、はむはむと少量ずつ食べていたが限界はすぐに訪れてしまった。


 次は紗夜ちゃんだ。紗夜ちゃんはみんなより年下だからこれも当然かもしれない。ちなみに自分の作ったオムライスは、みんなに少量ずつ食べて貰って感想を聞いた後、残りは自分で食べていた。こちらも自分のオムライスとみんなの料理を食べてお腹いっぱいだ。


 あーちゃんとレナちゃんはほぼ同時にダウン。この二人は結構奮闘したように思える。二人前くらいは食べたんじゃないかな?あれも美味しい、これも美味しいと、バイキングよろしくちょこちょこ取り分けて色んな種類の料理を摘まんでいたが、今はもうお腹いっぱいだよとゴロンと横になっている。なんてだらしないんだ。そんなあーちゃんを紗夜ちゃんが膝枕して介抱しており、お腹をなっちゃんがポンポン叩く嫌がらせをしているが、反応しない辺り限界なのだろう。


 レナちゃんはそんな光景をお茶を飲みながらまったりしている。普段なら注意の一つもする筈が、それをしない辺りお腹いっぱいでレナちゃんも余計な事をしたくないんだろう。


 一方小雪ちゃんは、それぞれの料理を2、3口ほど口に入れる質より量作戦を取っていた。確かにこれだけの料理があればそれが正解だろう。どの料理も食べた気にならないと思うが、小雪ちゃんの立場からしてどれか一つの料理を贔屓するというのも揉め事になるのかもしれない。人の上に立つ立場というのも面倒なものだな。俺は絶対ごめんだね。


 残るフードファイターは俺と小雪ちゃんであり、小雪ちゃんは各料理を少量食べるだけであり、料理はまだ大量に残っている。必然的に俺がたくさん食べる事になる訳だが、俺だって大食いな訳じゃない。吐けばまだいけるだろうが、そこまでして食べたくない。作ってくれた人に失礼だしな。くそ、俺も小雪ちゃんみたいに少量作戦を取っていればよかった。でも美味しかったらついつい食べちゃうよね。


 だが俺たちの為に作られた料理な訳だから、食べないわけにもいかないだろう。せめて全部の料理をちょっとずつでも食べなければ…ちょびちょびと小皿に取り分け食べる。普段ならがつがつ食べるだろう美味しい料理も、こうなってしまえばもはや拷問に等しい。一体どれだけ料理あるんだよ…食べても食べても減らないよぉ。


 …そういやどれが一番美味しいか選ぶんだったか?もう味なんて覚えてねえよ!!そもそも作った人が分かる料理でそんなの選ばせようとしないで欲しい。なんで自分がこれ作りましたアピールするんだ。もうどれも美味しいから最後に食べた料理を選ぼう。そう思った時、


「お食事中の所、申し訳ございません。万魔様、中に入ってもよろしいでしょうか」


 台所から誰かの声。それに小雪ちゃんが許可を出し、


「失礼いたします」


 入って来たのは無常先生だった。



「どうでしょうか万魔様、魔央様。料理の方は楽しんで頂けたでしょうか」


 楽しませるつもりなら、もっと品数絞ってくれても良かったんじゃないでしょうか。


「うむ。どれもみな美味しかったぞ。作ってくれた者には礼を言わねばな」


「勿体ないお言葉。作った者もその言葉を聞けば感涙にむせび泣くでしょう。魔央様は如何でしょうか」


「種類が一杯あって、どれも美味しかったですよ」


「有難うございます。皆も腕を振るって作った甲斐があったというものです。どれか特にお気に召された料理などはございましたでしょうか?」


「いえ、どれもみんな美味しくて、甲乙つけがたい出来ですね」


「それはようございました。それでは料理をお下げいたします」


 無常さんの言葉と同時に、黒巫女さんたちが音もなく現れ、コタツの上の料理を片付けて行く。残った料理には申し訳ないが、人には限界というものがあるんだ。


「それでは次の料理をお持ち致しますので」


 ……は?


「うむ。期待しておるぞ」


「はっ!どうかご存分にご賞味くださいませ」


 新たな料理が運ばれてくる。おいおいまじかよ…もう俺は限界に近いぞ。


「ありすがまだ料理があると言うておっただろうに」


 覚えてるけど、1、2品かなって思ってたんだよ…


「はい。みな魂を込めてお作りしております。まだまだございますので存分にご堪能ください」


「頑張るのじゃぞ」


「はっ!お任せください万魔様!!」


 その台詞は俺に言った台詞だろうな…くそ、これじゃほんとに満漢全席だぞ。もう遅い気もするが、どうにかして止めなければ…どうすれば誤魔化せる?考えろ、後腐れなく問題を先送りにする方法を。窮地でこそ輝くのが俺の頭脳の筈だろう!……閃いた!!


「無常さん。参考までに聞くけど料理はあとどれくらいあるのかな?」


「はい。現在料理勝負をしている者は100名を超えておりますが、順次増えていますので正確な数字はお答えできません」


 なん…だと…どんな勝負をしてるか知らないが、タイマンの場合50名が勝ち、さらにそこから半分不合格が出ても25品。しかも随時参加者募集中。対戦格ゲーじゃねえんだぞ!そんなの無理に決まってんだろうが!!


「料理を作ってくれるのは有難いんだけどね。流石にみんな食べるのは厳しいっていうか」


「ご安心を。残った料理は参加者全員で食べますので」


 そういう問題じゃないんだよなぁ。作ってくれたならちゃんと全部食べたいよね。そこは引き籠りとして譲れない部分なんだよなぁ。俺はこどおじじゃないから、生活を支えてくれてる人にはしっかり感謝できるんだぜ!


「でもせっかく俺の為に作ってくれた料理なんだよね?それをちょこっと食べてはい終わりじゃ流石に味気ないって言うか、申し訳なく思うんだよ」


「我々が好きでやっている事ですので、そのような気遣いは無用にございます」


 そう言われても気になるものは気になるからなぁ。現在料理勝負参加者は100名、増えたとしても、多く見積もって最終的には150人くらいか?それくらいならいける!


「だからこうしよう。俺は夏休みが終わるまで天獄郷に滞在する予定だからさ。この料理勝負に参加してくれた人達に、食事を作ってもらうってのはどうかな?」


「食事を…我々がですか!?」


「そう。俺と万魔の食事を朝昼晩と三食。細かいルールとかは任せるからさ。大体後一カ月かな。一人一回ずつ、好きな料理を作って出してもらうって事で。これならみんなの料理が食べられるし、皆にチャンスがあるでしょ?」


「なんと!…ですがよろしいのですか?」


「構わんぞ。儂も楽しみにしていると皆に伝えておいてくれるかの」


「というわけで、料理勝負は一旦終了ね。食べちゃった料理は仕方ないけど、なるべく公正を期す為にも、今日の食事はここまでにしよう。作ってくれた人には申し訳ないから謝っといてくれる?」


「それには及びません。むしろ個別に腕を振るう機会があるとなれば、その方が皆喜ぶでしょう。お前達、料理をお下げしろ」


「あ、一応参加人数分かったら教えてくれます?」


「畏まりました。それではこれで失礼いたします」


 よしよし、とりあえず窮地は脱したな。我ながら冴えてるぜ。

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