第90話 夕ご飯

 目隠しを外した俺の目に飛び込んで来たのは、美味しそうな料理の数々だった。八宝菜、麻婆茄子、エビチリ、肉じゃが、豚の生姜焼き、ブリ大根、天ぷら、お刺身、ハンバーグ、パスタ、愛情たっぷり♡らぶらぶオムライス♡、炒飯、ドリア、グラタンetc…和洋中お構いなしに並ぶ料理は非常に食欲をそそられる。俺はてっきり豚の丸齧りや猿の脳みそ、生魚や昆虫の踊り食いが出てくると思ってたんだが。どうやら小雪ちゃんを誤解していたようだ。そりゃそうだよな。けもっ子であって獣じゃないもんね。反省反省。


 しかしこれを俺と小雪ちゃんの二人で食べるのか?流石に量が多すぎるんだが。古来より高貴な人たちは、栄華と権勢を見せびらかす為に少量の料理を大量に用意し、自分は一口か二口だけ食べて、残りは下げさせたとも聞くが…やはり残った料理はスタッフが後で美味しく頂くのだろうか。なんという非効率極まりない食事だろう。とてもじゃないが俺には真似できない。これが殿上人ってやつか!!


「どうじゃ、美味しそうじゃろ?」


「これ全部小雪ちゃんが作ったの?」


「そんなわけなかろう。儂も作ったが手伝ってもらっておる。ほれ、出て来て挨拶するがよい」


 小雪ちゃんが呼びかけると、台所から静々と女性たちがやって来る。いやまあうん、分かってたよ。あのオムライス見た時からね。


「えへへへ、どうでしょうかご主人様。私たちが作った料理、お気に召して頂けたでしょうか?」


 お気に召すも何もまだ食べてないよ。


「何やってるのあーちゃん…他のみんなも。それになにその恰好」


「どう?似合う?万魔様に用意して貰ったの。黒巫女さんの仕事服だよ」


 それを世間では巫女服って言うんだが。


「どういうこと?」


 避難がましい目で小雪ちゃんを見るが、全く堪えていない。むしろしてやったと言わんばかりに満足気な顔をしている。泣かせたい、その笑顔。


「ありす達が戻って来た時、お主は寝ておったからの。夕餉をどうするか聞いたら、お主と一緒に食べたいというからここに連れてきたのじゃ」 


「天国の間に入るなんて畏れ多いですって断ったんだけど、万魔様が良いなら問題ありませんって連れて来られちゃって」


 なるほど。それなら仕方ないな。寝ていた俺にはどうしようもない。別にあーちゃん達がここでご飯を食べるのは問題ないんだ。


「れーくん起きるまで時間もありそうだったからさ。折角ならみんなで料理作ろうってなってね、台所貸してもらったんだよ」


「食材は万生教の人が一杯持ってきてくれた」


 だからこんな節操のない料理が並んでいるのか。


「儂が料理を作るから食材を用意してくれと頼んだら、皆張り切ってしまってのう。沙織なんぞ山までイノシシか鹿を狩ってきますと止める間もなく行ってしまってな」


 誰だよその沙織って人。小雪ちゃんが名前知ってるなら神衛隊の人なんだろうけど。


「明日はジビエだよ!」


 そんな意気込まれても困るんだが。ここはモンスター狩ってきますじゃないのを喜ぶべきなんだろうか。 


「後でどれが一番美味しかったから聞くから、全部食べるんじゃぞ」


「全員が一品作ってますので、美味しかった料理は教えてくださいね」


 なるほどね。これだけ料理があるにもかかわらず一品しか作ってないメシマズ野郎がいるってことかな。間違いなく小雪ちゃんだろう。なんせ他は全員料理作れるのは実証済みだし。


「絶対負けられない戦いがここにある」


 料理くらいでそんな大袈裟な…


「まだ作ってる料理もあるから、期待しててね」


 まだあるのかよ…どれだけ料理作ってるんだ。というか君たち全員ここにいるじゃん。火元大丈夫? 


「万生教徒の方達が現在料理勝負の真っ最中ですので。万魔様とれーくんに食べてもらえるとあって、皆さん尋常じゃなく盛り上がってましたよ」


 料理の鉄人かな?いや万生教なら食戟か?野生のイノシシ捕りに行った人がいるくらいだしな。なんにせよ俺は普通で良いんだが。むしろ普通が良いんだが。


「お題はれーくんが好きな料理だから、変なものはないはず」


 どおりで俺の知ってるような料理ばかりな訳だ。その点は助かるが絶対余るだろ、それもかなりの量が。俺もあーちゃん達も大食いじゃないぞ。それとも小雪ちゃんのその小さなお腹に全部収まるのか?


「心配せずとも、余った分は後で皆が食べると言っていたから安心せい」


 まじか…そこだけ俺の予想が的中されても困るんだが。小雪ちゃんの手料理を巡って血みどろの争い…あると思います。


「まあいいや、お腹減ったし早く食べようよ」


 もういいや、色々突っ込みたかったけど面倒くさい。そもそも俺はお客さんに過ぎないからな。小雪ちゃんの認めた事には逆らえないのだ。


「うむ。それでは皆席に着くがよい」


「はーい」


 自然とあーちゃんが俺の横に座…ろうとしたまさにその瞬間、なっちゃんがそうはさせじとあーちゃんを突き飛ばした!なす術もなく吹きとばされたかに見えたあーちゃんだが、死なば諸共、なっちゃんを掴んで一緒に倒れ込む!


「ちょっと奈っちゃん、何するの!」


「旅行の時までありすに譲るつもりはない。わたしがれーくんの隣を貰う」


「れーくんの隣は二つあるんだから別にいいじゃない!」


「今日のホストは万魔様。だから空いてる席は一つしかない」


「それはそうだけど…だからといって奈っちゃんに譲るわけにはいかないよ!」


「家ならともかくここは天獄郷。お互いにとってアウェーである以上、譲る理由は欠片もない」


 負けられない戦いってこれの事?なんにせよすでに料理があるのに、こんな所でキャットファイトされたら埃が立つから駄目でしょ。


「そんな事で一々争わんでも、お主らが両隣りに座ればよい」


「え、いいんですか?万魔様」


「流石万魔様。わたしたちに出来ない事を平然とやってのける」


「よいよい、儂には特等席があるからの」


 そう言うや、もぞもぞとコタツに潜り込む小雪ちゃん。狐の習性かな?コタツは巣穴じゃないんだけど。でも潜りたくなる気持ちは分かるよ、楽しいよね。しかし尻尾だけふりふりしてるのを見ると掴んで引っこ抜きたくなるな。


 尻尾もコタツの中へと消え、一体何をするつもりなのかと皆が小雪ちゃんの動静を見守る。そして待つこと暫し。ひょこっと俺の股座から小雪ちゃんが顔を出した。


「儂の席は此処じゃから安心するといい」


「そんな!?まさかこんな方法でれーくんの前に座るなんて!!」


「小さいからこそできる荒業!なんでわたしは思いつかなかった!?」


 驚愕に震えるあーちゃんとなっちゃん。まあこんな事するのは子どもだけだしな。普通に行儀悪いし。一方レナちゃんと紗夜ちゃんは我関せずと既に料理を取り分けている。


「どうぞれーくん、これは私が作ったんですよ」


「主様。このオムライスは私が作りました。自信作です」


 損して得取れとはこの事か。こちらの二人は自分の作った料理を食べさせることを第一に考えていたと。これだけ種類があると美味しさどうこう以上に、始めに食べた料理の方が印象に残るだろうからな。だけど誰が何を作ったか言うのは反則なのでは?


 あと小雪ちゃん、普通に狐耳が邪魔で思わず齧ってしまいそうになるんだが。尻尾も凄く邪魔なんだが。こんな形でもふもふなんてしたくないよ。いい加減あーちゃん達で遊ぶのはそれくらいにして、さっさとどいてもらっていいですか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る