第89話 乱心

 小雪ちゃんの狐耳と尻尾を思う存分もふもふしていたら何時の間にか夜に…という事もなく、やる事ないのでゴロ寝してたらいつの間にか夜になっていた。やっぱコタツは最高だな。コタツで寝た後起きると、暑くてけだるくなって疲れてるから再度寝たくなるのもポイント高いんだよね。今は夏だからつけてないけども、コタツで寝ると季節問わず似た感じになるんだよな。これがプラシーボ効果ってやつか。


 むくりと起き上がり、コタツに突っ伏してぐでっとする。だるい。そういや小雪ちゃんいないな。寝る前はいたと思うんだが。まあ寝てる奴の側にずっといても面白くないしな。そんな事を喜んでするのはそれこそ紗夜ちゃんくらいだろう。起きたら膝枕されてるから探恊行った時にソファでごろ寝が出来なくなっちまったよ…嫌な事件だったね。父親に目撃されたんだぜ…忘れようにも忘れられねぇよ。


 とりあえずやる事ないし寝るか。何かあったら起こしてくれるだろ。大の字で寝転がり再度惰眠をむさぼろうとした正にその時、


「お、やっと起きたか。随分気持ちよさそうに寝ておったの」


 小雪ちゃんが両手にお皿を持って現れた。


「…何そのお皿、これから晩御飯かなにか?」


「そうじゃ。お主も二度寝せずに顔でも洗ってこい」


 コタツの上にお皿を並べながらお母さんの様な事を言う小雪ちゃん。


「了解」


 御飯を用意してくれる人の機嫌を損ねてはいけない。俺は素直に指示に従い、顔を洗いに洗面所へ。しかしなんであんなに皿持ってきてたんだ?満漢全席でもするつもりか?あり得るな…今日は俺も居るからな。万一残っても、料理は万生教信者が美味しく頂きますってか。あいつら小雪ちゃんの食べ残しなら聖餐とか言って喜んで食べそうだし。


 顔を洗って戻ってくるとコタツが連結されて、皿が天板を埋め尽くす様にに置かれていた。おいおいマジか…マジで満漢全席かよ。というか皿だけ置いてるの意味が分からんのだが。料理盛ってから持ってきた方が良くない?アレか。万魔様には常に出来立てほやほやの料理を食べて欲しいからですっていう基地外…じゃなかった、気遣いか?


「もう暫し待つがよい。今料理を作っておるのでな。お主は大人しくコタツに入って待っておれ」  


 戻って来た俺にそういうと、台所へと戻る小雪ちゃん。まじか、小雪ちゃんが料理作ってるのかよ。割烹着と三角巾を身につけてたのはそれが理由か。そもそも小雪ちゃんって料理作れるのか?いや、それ以前にまともな材料使ってるのか?やばい、怖くなってきた。念の為何を作っているのか確認した方が良いな。立ち上がり台所へと向かおうとした瞬間、ヒョコっと小雪ちゃんが顔だけ出してきた。


「大人しく待っておれと言うたろうに。よいな、もうすぐ出来るから大人しくしておるのじゃぞ」


 …これは間違いなく人が食べてはいけない材料使って料理作ってるな。ふざけやがって…闇満漢全席でもやろうってのか?元は水銀飲むような奴らが食べる料理だからあながち間違ってないかもしれないが…いいだろう。昆虫食でも出してこようものなら、ましてや食べさせようとするなら、それが天獄殿最後の日だ。俺は狐じゃねえんだ。同じ雑食でも、食べる物は選り好みしてんだよ。

 戦場に赴く兵士のような心持ちで闇料理を待つ。なんでこんな罰ゲームを俺が…一体何をしたってんだ。小雪ちゃんとろくすっぽ話さずにコタツでごろ寝したのが悪かったのだろうか。でも疲れてたんだから仕方ないじゃん。朝早かったしさ。どうするべきか悩んでいると、また小雪ちゃんがやってくる。


「今から料理を持ってくるのでな。お主は動くでないぞ」


 ついに出来てしまったのか、闇狐料理が。ごくりと喉を鳴らす俺を余所に、小雪ちゃんは後ろに回って俺に目隠しをした。


「は?何やってんの!?」


「慌てるでない。今から料理を並べるから大人しく待っておれ」


 おいふざけんな!目隠しして並べる料理なんて絶対やばいだろ!!というか出来上がってるんだから隠す意味ねえだろ!!


「ちょっとこれは冗談じゃ済まされんぞ?俺に何を食わす気だよ!」


 流石にこれは怒っていいよな。俺にSM趣味はねえんだよ!目隠しを強引に外そうとした瞬間、顔にもふっと柔らかい何かが当たったかと思うと、ぽふぽふと俺の顔を優しく叩き始める。何だこれは…なんだこのもふもふは!?俺はこんなの知らないぞ!!


「どうじゃ?これはサービスじゃ。料理が並ぶまでの間、これで大人しくしておれ。もふもふの尻尾はさぞ気持ちよかろう?毎日丹念に手入れをしておるからの」


 なん…だと?つまり今俺の顔に当たっているのは、小雪ちゃんの狐尻尾!?


「今だけじゃ。もふもふしてもよいぞ。だが一度もふもふしてしまったが最後、お主の今後がどうなるかは責任持てんがの」


 ぐぬぬぬ…確かに人の欲望に際限はない。手に入ればまた次を欲し、より多くを欲してしまい、際限などありはしない。ならばその欲望を律する為にはどうすべきか。それは無知である事。幸福を知らねば不幸とは思わず、快楽を知らねば溺れはしない。つまり最初がとても大事なのだ。


 ここでもし小雪ちゃんの尻尾をもふもふしてしまえば、俺は小雪ちゃんを見るたびにもふもふもしたいと考えてしまうだろう。だがここで我慢すれば、俺はもふもふに耐えたという結果を残せる。その結果は自信へと繋がるだろう。ここで誘惑に耐え、もふもふなんかに絶対に負けないという黄金の精神を俺は手に入れて見せる!


 異世界転生者を無礼なめるなよ!!でもちょっとくらいもふっても罰は当たらないと思うんだよな。むしろもふもふしても良いと言われてるにも拘らず、もふもふしないのは逆に失礼なのでは?それに無知である事は防衛手段としては優秀だが、無知ゆえに一度誘惑に屈してしまえば反動は何倍にもなって自身に帰ってくる。男が女で身を持ち崩すのは、女性に慣れておらず、歳を取ってから女に現を抜かすパターンが多いからと聞いた事がある。もふもふも同じことが言えるのでは?


 いずれ誘惑に屈する以上、適度にもふり、耐性を得ながら末永くお付き合いをするのが最も賢い選択なのではなかろうか。ここで避けるべきは将来もふもふ中毒になる事であって、今もふもふを我慢する事ではない!!よし、ちょっとだけ、ちょっとだけもふろう。大丈夫、ちょっとだけだから。3もふ、そう3もふだけしよう。もふもふもふで今回は止めよう。


「よし、もう目隠しを外してもよいぞ」


 ぽふぽふ叩いていた尻尾が遠ざかる。なんてこった…悩んでる間にボーナスタイムが終わっちまった…こんな事なら本能の赴くままにもふもふしておけばよかった…!

まさか…こうなる事を見越していたのか!?お…俺のもふもふに対する思いを利用しやがったな!?なんて奴だ!悪魔かこいつは!!そういや万魔だったわ。


 …ふう、こんな時こそKOOLだ、KOOLになるんだ。心を乱しては相手の思うつぼ。よくよく考えれば小雪ちゃんはけもっ娘であって獣じゃない。獣はもふっても犯罪にならないけど、けもっ娘はもふもふしたら普通に犯罪だろう。だって女の子の頭やお尻を撫でまわすようなもんだろアレ。冷静に考えたら難易度高すぎるわ。


 くそ…前世に騙された。危うく犯罪者になる所だったじゃねえか。そもそも、もふもふしたいと思う事自体が、人ではなくまずペットとして見てるって事だから失礼極まりないよね。この世界で小雪ちゃん以外のけもっ娘は見た事ないし、であるならば普通の人と同じ対応を心掛けるべきだろう。


 仕方ない。良識を持った一人の人間として、小雪ちゃんをもふもふするのは今回は諦めよう…そうだ、今日は久々にシマちゃんベッドで寝よう。こんな日くらいは許されるはずだ。思いっきりもふもふに包まれて、小雪ちゃんの事を忘れるんだ…


 落ち着いた俺は大人しく目隠しを外す。その視界に飛び込んで来たのは―――――

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