第87話 天獄殿
天獄殿。天獄郷の象徴とも言えるそれは、天獄郷の中心である。万生教の総本山、万魔の住処として天獄郷の住人の精神的な拠り所という意味でも、天獄殿から広がる様に整備されてきた、文字通り天獄郷の中心に位置しているという意味でもだ。天獄郷とは、万魔の住まう天獄殿ありきの存在なのである。
そんな天獄殿は当然、関係者以外立ち入り禁止であり、観光客が離れた距離で写真を撮ったりする分には問題ないが、許可なく近寄った場合もれなく警備員に職質されて、引き下がらなければしょっ引かれる。天獄殿の周辺は、身を隠せる遮蔽物がないので隠れて近寄ったりもできない。そんな天獄殿に無断で近づく、ましてや侵入しようとする奴は相当頭がイカレているだろう。
「れーくんどうしたの?天獄殿に行かないの?」
立ち止まり天獄殿を遠目に眺めている俺を訝しんだのか、あーちゃんが怪訝そうに尋ねてくる。
「いや、行くよ。ここから始まったと思うとなんか感慨深くてね」
「…そっか。今のれーくんになったのは確かにここに来たのが切っ掛けかもね」
原点と言ってもいいだろう。ここから俺の引き籠り生活が始まったんだよな。そう考えると中々どうして胸に来るものが…ないわ。よくよく考えたら最初来た時は自暴自棄になったし、次来た時は夜陰に乗じて襲撃したし。いつの間にか万魔の後継者になってるしな。俺は一体どこに向かってるんだろうか。好きに食っちゃ寝出来ればそれでいいんだけなぁ。
「よし、行こうか。きっと万魔も待ってるだろうしね」
考えても仕方ないか。最悪全部放り投げて逃げれば良いだけだからな。引き籠りに期待されても困るんだよなぁ。
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『こちらフォックスイレブン。対象が無事天獄殿に到着されました』
『了解した。フォックスリーダーより司令部へ。対象が天獄殿に到着、至急お迎えの用意を。我々は対象が天獄殿に入るまで引き続き監視と警戒を継続する』
『こちら司令部です。現在無常様が出迎えに向かわれています。そのまま引き続き警戒をお願いします』
『了解した』
『ふぅ…隊長、これで一安心ですね』
『そうだな。ここまで来れば問題ないだろうが、警戒は怠らない様に』
『それにしても、よく何事もなく到着出来ましたよね。私は途中でバレて黒巫女の緊急動員が掛かると予想していたのですが』
『強制じゃないけど動員自体は掛かってるじゃない。非番の黒巫女はほとんど治安維持に回ってるんじゃない?』
『キングが天獄殿に到着するまでに拘束した者の数は500人を超えているそうだぞ』
『500!?いくらなんでも多すぎませんか?』
『どうやらキングに気付いた者達が家族や友人に連絡したらしくてな。真偽を確かめようと近くにいた者達がこぞって押しかけた結果だそうだ』
『天獄殿に真っ直ぐ向かってくれて助かりましたね。観光優先で他のエリアに移動されていたら収拾がつかなくなっていたんじゃないですか』
『ちなみに500人の中に本当の不審者は何人いたんですか?』
『…全員万生教徒だそうだ』
『えぇ…それ大丈夫なんですか?もしキングにバレたらドン引きされるんじゃ?』
『危害を加えた者がいた場合報告する必要があったが、幸いな事にこの件での被害者は0だ。全員接触する前に拘束したからな。何も起きていないのだから報告する必要はない』
『そうですね。万生教徒の印象を悪くしても良い事なんてないですからね』
『拘束された万生教徒の皆さんも悪気があったわけじゃないでしょうし。お説教はされるでしょうけど今日か明日には解放されるでしょう』
『よし、無常様が来られたな。我々の任務はこれで終了だ。皆ご苦労だった』
『お疲れさまでした』
『隊長。キングが来郷された事ってまだ秘密なんですよね?』
『そうだ。おそらく近日中に公表する事になるとは思うが、それまでは誰にも言うなよ』
『はーい。ふふ、これってつまりは私とキングの二人だけの秘密って事だよね?』
『何バカな事言ってるのよ。貴女だけの秘密じゃないわよ。そもそも黒巫女は全員知ってるでしょ』
『もう、そんな興覚めする事言わなくても良いじゃない』
『ほらお前達。無駄口叩いてないでとっとと上がれ』
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「ようこそお越しくださいました、魔央様。我ら一同心から歓迎させて頂きます」
「どうも。しばらくお世話になります」
「まだ来られて間もないですが、ここまでの道のりはどうでしたか?」
「騒ぎになると思って最初は警戒してたんですけど、誰にも声を掛けられませんでしたね。この分だと普通に街中で歩いてもバレないんじゃないですか?」
「それはようございました。ただ魔央様が本日来郷された事は一部の者にしか知らされておりません。夜に天獄郷の皆に通達しますので、魔央様は本日の外出は控えて頂けると助かります」
「分かりました。俺は全然構いませんよ。というわけであーちゃん、まだ時間あるし泊まる部屋確認したら皆で遊びに行ってきなよ。俺は万魔に挨拶ついでに話してくるからさ。構いませんよね?」
「はい。ありす様であれば、ばれてもそこまで騒ぎにはならないでしょう。レナ、もし何かあれば私まで連絡を」
「分かりました師匠」
「それでは皆様、お部屋までご案内致します」
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