第86話 天獄郷

「ついに来たね。小さい時に一度来ただけだから滅茶苦茶楽しみだよ!」


「私は一昨年の冬に家族と一緒に旅行で来ました。冬の天獄郷はとても素敵でしたよ」


「わたしは初めて来た。旅行なんて修学旅行以外で行ったことない」


「私は北条領から外に出た事がありませんので、旅行自体が初めてです」


「紗夜ちゃん…大丈夫、今年の夏休みは今までの分を取り戻すくらい思いっきり楽しもうね!」


「ありす御義姉様。はい、御義姉様方と一緒に来られてとても嬉しいです」


 和気藹々と天獄郷に来てはしゃいでいる4人娘を放置して、俺は周囲をきょろきょろと見回し警戒していた。天獄郷、そう、ここは天獄郷なのだ。万生教信者の巣窟、天獄郷。俺にとってはもはや敵地と言っても過言ではない。小雪ちゃんには何時頃行くかは連絡入れたし、その際直接天獄殿に行くから出迎えとか歓迎は絶対しない様にお願いしておいた。幸い家を出発してから誰かに絡まれるような事もなく、何事もなく無事到着したわけだが。


 問題は此処からだ。小雪ちゃんは俺のお願いを聞いてくれたらしく、新幹線から降りた所で歓迎の出迎えもなければ、駅構内に垂れ幕もない。歓迎!万魔央御一行様のプラカードを掲げた人もいない。ヨシヨシ、とりあえず構内はオールクリアだな。


「れーくん、どうしたの?何か探し物?」


「いや、人が一杯だなと思って」


「そうだね。みんな天獄杯を見に来たのかな?」 


「天獄郷は年中観光客で賑わってますからね。天獄杯を見に来た人も多いと思いますが」


「とりあえずさっさと天獄殿に行こう。ここでじっとしてると他の人の邪魔になるし、到着の報告しないと」


 あーちゃん達は目立つからな。ちらちらこっち見てる奴らもいるし。面倒くさい輩に絡まれる前にさっさと移動しよう。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『こちらフォックスワン。対象を確認。定刻通り無事到着されました。人数は事前に報告のあった通り5名。全員該当人物で間違いありません』


『よし、フォックスワンはそのまま監視を継続。キングは騒がれることを嫌っておられる。絶対に気取られるな』


『フォックスツーよりフォックスリーダーへ。クイーンをだらしない顔つきで見ている不届き者がいますが、どう対処すべきか指示願います』


『フォックスナインよりフォックスリーダーへ。プリンセスたちにも良からぬ視線を向けている輩を複数確認。速やかに排除すべきと具申します』


『フォックスリーダーより各員へ。キングに気付かれない事を最優先に行動せよ。たとえクイーンに危害が及ぼうとも、だ。我々の任務はキングが周囲を気にすることなく、思うままに行動されるのをサポートする事だ。キングの視界内での排除行動は絶対に許可しない』


『フォックスツー了解。それではキングの視界から外れた後は各自の判断に委ねるという事で問題ないでしょうか?』


『キングは直接手出しされるまでは荒事を好まれない。不穏分子がそのまま引き下がるか遠巻きに眺めているだけなら放置。何かしら行動に移す様なら、キングの目につかない場所での排除を許可する』


『こちらフォックスワン。キング御一行様はどうやらこのまま天獄殿に向かわれる模様。念の為、構外に出た時点で引継ぎをお願いします』


『フォックスイレブン了解。対象が構外に出られた時点で監視を引き継ぐ』


『司令部より黒巫女全員に通達です。これよりキングが天獄殿に向かわれます。現在手隙の黒巫女は、私服で該当エリアに赴き、治安維持及び不穏分子と思われる者を接触前に排除する様に』


『フォックスリーダーより各員、司令部からの指令は聞いたな?我々の任務はキング及びお連れの方々の警護及び不穏分子の排除である。この天獄郷に万魔央様及びそのお連れの方々はまだ来郷されていない。繰り返す。この天獄郷に万魔央様及びお連れの方々はまだ来郷されていない。我々が対処すべき不穏分子は、天獄郷に観光に来ただけの一般人を、万魔央様御一行と勘違いして接触しようとする者達である。万魔様は天獄殿にてキングの到着を心待ちにしておられる。故に遠慮は一切無用だ。誰であろうと不穏分子は排除しろ』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あー!れーくん見て見て、これ可愛くない?万魔様ぬいぐるみだって」


 あーちゃんが手に取って見せてきたのは小雪ちゃんをデフォルメ化したぬいぐるみである。UFOキャッチャーのぬいぐるみサイズだが、正直量産お土産のクオリティではない。生地もしっかりしてるし、中身詰まってるし、裁縫もしっかりしている。その上で可愛らしいけもっ娘としてデフォルメされている。これ良いな。もっと大きいのないかな。思う存分もふもふしたい。なにせ本物はもふもふできないからね。


「お、木刀あるじゃん。やっぱお土産と言えばこれだよな」


 観光地のお土産と言えばやっぱ木刀よな。買って後悔するまでがお約束だぜ。


「この木刀、師匠のモデルですね。他の十傑衆の方々の木刀もあるみたいですよ」


 なんで野球のバットよろしく木刀にそんなモデルがあるんだよ。木刀なんてどれも似たようなもんだろ…


「れーくん、見て見て」


「どうしたのなっちゃ…ブホォッ!!」


 呼ばれたのでそっちを見たら、なっちゃんが狐っ娘になっていた。


「どう?狐耳。万魔様と一緒」


 思わず狐耳を触ってみるが、なんだこれすげえ…触感本物っぽくない?天獄郷のお土産クオリティ高すぎるんだが。


「これ大丈夫なの?付けてるの見つかったら万生教の人怒るんじゃない?」


「お話中のところすいません、お客様。この『万魔様に憧れて!これで今日から獣っ子』シリーズは、万生教監修で最近商品化されたので問題ありませんよ」


 まじか…自分達が付けなきゃOKなのか?小雪ちゃんに親しみ覚えてもらう分にはありなのかもしれんが…というかこんなお土産渡されても貰った人は困るのでは?


「どうです?狐耳以外にも猫耳や犬耳といった各種シリーズが豊富に揃っていますので、是非お土産に。お連れの彼女さん達にプレゼントなんていかがですか?」


「え?そう?彼女に見えちゃう?えへへ、照れるねれーくん。猫耳買っちゃう?現地で買うならノーカンだよね?」

 

「主様、このお土産屋さん凄いです!ミニチュアシュナウザー耳があります!!」


 紗夜ちゃんテンション高いね。初めての旅行なら当然か。ついでにこんな場所で主様呼びを止めてくれると助かるんだが。それにしても…このけも耳ラインナップにデジャブを感じるのは気のせいかな?気のせいだよな、動物の耳なんて誰が選んでも似たようなチョイスになるだろうし。俺は関係ない、俺は関係ない…


「ほら、何か買うにしても後にしようよ。先に泊まる所行こう。すいません、また来ると思いますので」


「いえいえ!見て頂けただけでも十分ですので!!なにせまお…迷って選ぶのにも時間が掛かっちゃいますからね!」


「そうですね。これだけ種類があると迷っちゃいますね。それじゃ失礼します。ほらあーちゃん行くよ」 


「絶対後で来ようね、絶対だよ?」


「良いけど、天獄郷にいる間はけも耳付けるの禁止だからね。現地入手ならOKとかそんなルールないから」


 しかし流石は天獄郷。観光客慣れてしてるからだろうけど、冷やかしだったのに親切な店員さんだったな。

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