第85話 夏休み

「あ、れーくん丁度良い所に。天獄郷にはいつ頃行く予定なの?」


 小腹が空いたので食べ物を漁りに下に降りたら、リビングであーちゃん達が一緒に夏休みの宿題をしていた。夏休み。そう、夏休みである。普通学生の夏休みは部活で汗を流したり、友達と日がな一日外に遊びに行ったりするものだと思うんだが、なんであーちゃん達はお出かけもせずに宿題なんてしているのか。夏休みは始まったばかりだぞ?


「あー、俺は用がないから何時でもいいんだけど、あーちゃん達はそうもいかないでしょ?ダンジョン探索もあるしさ」


「私たちの事を気にしてくれるのは嬉しいけど、れーくんが今すぐ行きたいって言うなら全然構わないよ?一人で勝手に行かれちゃったら困るからね」


 こちらを見てこくこくと頷くも、すぐさま宿題に取り掛かるなっちゃんとレナちゃん。メイド喫茶事件からこっち、一人でお出かけさせまいとする意志を感じるな。

あれは俺が悪いわけではないんだが…不幸な事故としか言いようがないと思うんだよね。現にあれ以来、俺は一回も行ってないし。そもそも行きたくても行けるかよ。万生教信者の巣窟だぞあそこは。よしんば平日昼間こっそり行ったとしても矢車さん経由であーちゃん達に伝わるだろうし…


「俺はやることないしあーちゃん達に合わせるよ。それよりもあーちゃん達は今夏休みだよね?なんで宿題なんてしてるの?俺は家でのんびりしてるから皆でどこか出かけたりすればいいのに」


 宿題なんて夏休み終わってからすればいいと思うんだが。最悪なあなあで済ませられるし。それに三人いるんだから分担して写し合えば労力も1/3だぞ?


「行かないよ。だって8月になったら天獄郷旅行があるでしょ?それまでに学校の宿題全部終わらせちゃわないと目一杯楽しめないからね。ダンジョン探索もあるし」


 レナちゃんとなっちゃんも異論を唱えず宿題してるし、三人の総意って事か。真面目ちゃんかな?どのくらいの量があるか知らないけど、ダンジョン探索した上で8月までに夏休みの宿題全部終わらせるとか正気かよ。まさか8月一杯天獄郷で遊ぶわけじゃないよな?個人的にはあまり長居したくないんだが。


「そういえばあーちゃん達は天獄杯の代表なんだし、帰りはともかく行きは他の人たちと一緒に行動しないと駄目なんじゃないの?」


「前日までに天獄郷に到着してれば良いって無常先生が言ってたよ。ほら、個人戦代表のペアチケットは日数の融通が利いたでしょ?その関係で結構バラバラだから現地集合にしたんだって」


 成程。クラス代表のおこぼれチケットは人数が人数だから天獄杯から2週間で固定にしたけど、ペアチケットは天獄杯開催期間含んで前後2週間内で指定できるようにしてたな。


「なら2、3日前に向こうに到着する感じでいいかな。急ぐ用事もないし」


「それなら余裕だよ。レナちゃんと奈っちゃんもそれでいいよね?」


「大丈夫、問題ない」


「ありすと奈月と違って、私は時間的な余裕がありますから。師匠も天獄郷に帰られてますので修行もお休みですし」


 レナちゃんはなぜ残念そうな顔をしてるんだろう。そこは鬼のいぬ間に洗濯だって喜ぶところだと思うんだが。あーちゃんとなっちゃんもダンジョン探索のある日を除いたら、一週間くらいしか空き日数ないんだが。何故その優秀さを私事で発揮してくれないのだろうか。


「言っておくけど、向こうでその恰好は禁止だからね」


 いつの間にかみんなの部屋着がメイド服になってるなんておかしいよなぁ!?あの件以来みんなのタガが外れてる気がするんだよね…苦言を呈したら親衛隊の制服だからメイド服着て天獄杯出るって言うしさ…家の中でメイド服か、天獄杯でメイド服かどっちか選べとか酷くない?そんなの前者選ぶしかないじゃん…


「着慣れたら動きやすいし気に入ってるんだけどなぁ」


 立ち上がってくるりと回りカーテシーをするあーちゃん。いや確かに似合ってるけども。全国放送でメイド好き宣言とか俺に日本を滅ぼせと? 


「れーくん的にはありなんじゃないの?猫耳メイドさんが戦うのは」


 ふむ…大鎌使いの猫耳メイド服あーちゃんか…ハチミツと砂糖とメープルシロップぶっかけたケーキみたいな存在だな。ありかなしかで言えばありだが、何でもかんでも詰め込むのはダメだと俺は思うんだよね。猫耳メイドさんで戦うなら、目からビームと肉球グローブで格闘だよ。


「いやいや…駄目なものは駄目だから。けも耳とメイド服は絶対禁止ね」


 ただでさえ天獄郷は黒巫女さんがいるんだぞ。そこにメイドさんまで加わったら、日本最大の歓楽街と言っても過言ではなくなってしまう。俺はそんな業を背負いたくない。


「心配しなくても、わたしたちがご奉仕するのはれーくんだけ」


 そういう問題じゃないから。万生教信者の巣窟であーちゃん達が面倒事に巻き込まれたらマジで洒落にならないからな。むやみに目立つような行動はまじで控えてくれ。頼むぞ、フリじゃないからな。絶対だぞ!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「スバル、準備は出来まして?」 


「準備はすでに終わっていますが、本当にもう行くんですか?」


「今回の件、万が一にも失敗は許されませんもの。さっさと現地に赴いて、コンディションを万全に整える必要がありますわ」


「そんな事言って、お嬢は観光したいだけでしょう」


「そんな事ありませんわ。私は次代の織田を担う者として、天獄郷をじっくりと視察する必要があるのですわ。解放された禁忌領域がどういったものかを肌で感じたいですし、決して行きたい観光地殿堂入りの天獄郷を楽しみたいなんて思っていませんわ!」


「まあ良いですけど。むしろ観光してくれていた方が問題を起こさないでしょうし」


「私を何だと思ってますの?天獄郷に住む人たちも私にとっては守るべき対象ですわ。不埒な輩ならともかく、無辜の人々に迷惑は掛けませんわ」


「もし偶然万魔央様に会ったら?」


「当然その場で問い正しますわ!なぜ禁忌領域守護を貶めるような発言をしたのか、真意を聞きだした上でコテンパンに言い負かして謝罪の一つもさせてみせますわ!」


「お嬢…御屋形様から天獄杯に出る条件、聞いてますよね?」


「勿論ですわ。万魔央とは関わらない、天獄殿には近づかない、天獄杯が終わったらすぐに帰ってくる。ですわ」


「駄目じゃないですか…」


「偶然会ってしまったのなら仕方ありませんわ。心配しなくてもわざわざ万魔央を探して天獄郷をうろつくつもりはありませんわ。どうせ天獄杯が始まれば会う事になるでしょうし」


「万魔央様は天獄杯には出場されないですし、天獄郷に来るとは限りませんよ?」


「決闘の原因である姉が天獄杯に出るのでしょう?なら万魔央も来るはずですわ。随分と過保護のようですし放置したりはしないでしょう」


「言っておきますが、天月ありすさんには絶対に手を出さないで下さいよ?こればかりは冗談抜きでお願いしますよ」


「私は弱い者いじめは趣味じゃありませんわ。心配しなくても私の目的は万魔央のみ。その為にわざわざ天獄杯に出場するのです。PT戦で個の力で圧倒して実力を見せつけた上で、万魔央を引きずり出してみせますわ」


「そんな上手くいきますかね?」


「問題ありませんわ。PT戦と個人戦優勝者は万魔と直接話す機会があるでしょう?そこで万魔央に稽古を付けて貰える様お願いすればいいのですわ。あくまで学生として、後学の為に稽古を付けてもらうだけですわ」


「断られたらどうするつもりで?」


「その時は、万魔央が学生相手に尻尾を巻いて逃げたと世間に噂されるだけですわ。内心叩きたがっている人たちは多いでしょうから、こぞってメディアで取り上げて喧伝してくれますわ」


「それはそれで後が怖いですけど。逆恨みされません?」


「そうなったらこちらに大義名分がある状態で戦えますから問題ありませんわ。そもそも力による抑制は、押さえつける力が弱まれば何倍にもなって跳ね返ってくるのですから、定期的に力を誇示しなければいけませんわ。それに我ら禁忌領域守護を口だけの無能と貶めた以上、万魔央はそうでない事を証明する義務がありますわ」


「稽古の形を取るなら、北条みたいな殺し合いにはならないと思いますけど…不安だなぁ」


「万魔央は思い知るでしょう。上には上がいる事を!帝級魔法が少し使える位で調子に乗ったツケは、まとめて清算してもらいますわ!禁忌領域守護の名誉を貶めた事、そして何より織田にこの私がいた事を、地獄で後悔させてあげますわ!!」

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