★第83話 どうしてこうなった…

「さあ万王様。何も遠慮する必要などございません。今この時この場は貴方様だけの王国で御座いますれば、遠慮なく私どもにご命令を」


 …矢車さんの言い分から察するに、この案件は小雪ちゃん絡みである事は明白。それ即ち常識なんて通用しないという事であり、言葉通り何でもするという事だろう。試しに小雪ちゃん殺してきてよって言ったらどうなるんだろう…やばい、めっちゃ言いたくなってきた。味方と思ってた矢車さんに背後からロケットランチャーぶっ放されたんだから、意趣返しの一つくらいしてもいいんじゃないだろうか。


 でもそんな事を言ったのが知れたら小雪ちゃんの狐耳がしょぼんと萎えて尻尾も垂れ下がってしまうだろうな。流石にそれは酷だろう。というかそもそもの話、このメイド喫茶が存在してるのがダメなんだよ。元凶はこの店そのものだ。ならばこんな店消えてなくなればいい。元のボロ臭い喫茶店に戻ればいいんだ。でも改装したばかりなんだよな、ここ。八車さんプロデュースらしいし、人の趣味にケチをつけるのもどうかと思う。だが、このけも耳メイドさんは俺の業が招いた事でもある。せめて俺の手で終わらせるべきだろう。


「そうだね…とりあえず、邪魔だと思う」


 この店が。


「邪魔、で御座いますか」


「うん。無くてもいいと思わない?むしろ迷惑だよね」


 存在そのものが。


「…確かに!万王様の御気持ちも考えずこのようなでしゃばった真似を…恥じ入るばかりです。これでは万魔様にも顔向けできません」


 このお店が潰れても、御咎めなしにしてくれるように小雪ちゃんには俺から頼むから大丈夫だよ。潰すのは俺の我儘だからね。


「分かってくれたなら良いよ。それじゃもうお終いって事で」


「はい!畏まりました。直ちに終わらせます。それと天月さん達、申し訳ないのですがついて来てもらっていいでしょうか?」


 今からこの店は終わるからな。部外者のあーちゃん達は追い出すべきだろう。俺はこの店を終わらせる者として、猫耳メイドさんの楽園の最後を見届けようじゃないか。

 矢車さん達が部屋を出てから1時間ほど経過した。長いな…でもこの店のスタッフも急に閉店する事になりましたなんて言われたら文句の一つも言いたくなるだろうし明日からどうするのかなんて説明もあるだろうから時間は掛かって当然か。悪い事をしたとは思っているが、無理強いした俺が文句言うのは違うよな。なーに、万生教がバックにいるなら次の仕事先なんて余裕で見つかるさ。素材渡せば今日はもうすることないし、とりあえず寝て時間でも潰すか…


 そんな風に思っているとコンコン、とノックの音が響いた。矢車さんかな?処理が終わってその報告に来たんだろうか。


「どうぞ」


 自分の部屋でもないのにどうぞというのもおかしな話だが、この部屋には俺しかいないから仕方ない。


「失礼いたします」


 そう言って入って来たのは矢車さん、だけではなく…お店から出て行ったはずのあーちゃん達も一緒だった。しかも何がどうなったのか意味不明極まりないのだが、けも耳メイドに変身していた。


「大変お待たせいたしました万王様。準備が整いましたので、こちらに御足労願ってもよろしいでしょうか?」


 準備?閉店パーティーでもするのかな?


「良いけど…なんで?何をどうやったらあーちゃん達がそんな恰好に着替えるの?」


「どうかな?似合うかな?風音ちゃんが私達にプレゼントしてくれたんだよ!私は今日から猫耳メイドさんだよ!」


「わたしはハムスター耳。れーくんがハムスターっぽいって言ってくれたから。これは誰にも譲れない」


「私はウサギ耳です…うぅ…ありす、今からでも交換しませんか?」


「駄目だよレナちゃん。じゃんけんで負けたんだから今日はずっとウサ耳メイドさんだよ」


「主様。私は犬耳です。主様の御好きなミニチュアシュナウザーです」


 あ、はい。みんなよく似合ってますね。でも何故そんな恰好をする必要があるんでしょうか。


「矢車さん、これどう言う事?」


「はい、万王様。私の配慮が足りず万王様に言わせてしまった事を申し訳なく思っております」


 うん。何に対する配慮か全く分からないよね。


「万王様の御指示通り、本日お店にいらしたお客様と、出勤していた従業員は全員帰って貰いました。確かにありす様のこの様な御姿を他人に見せるなど言語道断で御座います」


 確かに人前でこんな格好をして欲しくはないな。なるべくなら俺の前でも止めてくれると助かるんだが。


「確かに、他の人にこの姿を見せるのは恥ずかしいかな?れーくんだけなんだからね?私たちのけも耳メイドさん姿を見れるのは!!」


 ニコニコしながら似非ツンデレ発言するの止めてくれるか。


「現在このお店は万王様とそのお連れの方の貸し切りとなっております。この身が責任者であるのは恥じ入るばかりですが、ご寛恕の程、伏してお願い申し上げます。勿論、御用がおありでしたら何なりとお申し付けくださいませ」


 なるほどね。客と従業員が邪魔だから追い出して閉店しろと。その程度の配慮も出来ない責任者の地位なんて無くても良いと思わない?そんな奴は居ても迷惑だよねって事か。そんなわけないじゃん!!


「風音ちゃんを悪く言わないでね?そもそも私たちがこのお店に来たのは偶然なんだし。それにここって風音ちゃんのお家なんだって。お家から出ていけなんて、そんな酷い事れーくん言わないよね?」


 そんな酷い事は言わないが、絶賛酷い事をしているのは君たちなんだ。頼むから正気に戻ってくれ。え、正気?むしろやる気?

「ほられーくん、お口開けて。あ~んして食べさせてあげるから!」


「駄目ですよありす。まずはケチャップで絵を描いて魔法をかけるのが作法らしいですよ」 


「お任せくださいありす御義姉様。私が主様のオムライスに見事なハートを描いて御覧に入れましょう」


「そう?じゃあ紗夜ちゃんお願いね」


「はい。それでは失礼いたします。よいしょ、よいしょ。美味しくな~れ♪萌え萌えきゅん♡私のハート♪主様に届け♡」


「はう~。良いね紗夜ちゃん!とっても可愛いよ!」


「流石は紗夜ちゃん。そのハートにどれだけの想いが込められているのかヒシヒシと伝わってくる」


「ところで奈っちゃん、何してるのかな?そこは座る所じゃないんだけど?ご主人様に使えるメイドがそんな所に座って許されると思ってるのかな?」


「わたしはありすが指摘した通りちんちくりん。大人用の椅子じゃテーブルに届かない。ここに子供用の椅子はないから、だーりんの膝の上に座るしかない。小さな子どもなら膝の上に座るのは当たり前の権利」


「はぁ!?奈っちゃんが小さいのは外見だけでしょ!奈っちゃんだけそんな事するなんてずるいよ!私も座りたい!」


「ふん。ありすは無駄にでかいから、座ったら重みでだーりんの膝と椅子が壊れる。そこで黙って歯軋りしながらほぞを噛んでいると良い。恨むなら私を子ども扱いした自分を恨んで。わたしは仕方なく、ありすが指摘した通り小さな子どもとして振る舞ってるだけ」


「れーくんも何でされるがままになってるの?!何か言ってよ!奈っちゃん重いよね?邪魔だよね!?」


「ご主人様、愛情たっぷり♡らぶらぶオムライス♡が完成致しました。それでは失礼しまして、この私、星上レナがお世話させて頂きます」


「ちょっとレナちゃん!?あ~んするのは私の役目…!??あああああ!!奈っちゃん!なんでふーふーしてるの!?まさかそれをする為にれーくんの膝の上に!?」


「さあご主人様、お口を開けて下さい」


「ふーふーしてだーりんのお口が火傷しない様に冷ましたから安心して」


「れーくん!私は何をすればいいの!?レナちゃんと奈っちゃんに全部持っていかれちゃったよ!!」


 …頼むからあーちゃんは何もしないでくれ。今俺はこの刹那の時間で水の一滴を掴まなければならないんだ。


「これじゃ私は本当にポンコツだよ…こうなればもう…く、く、く、口移しで食べさせるくらいしか勝ち目が…」 


 頼むから何もしないでくれないか!!

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