第81話 無罪!

 尾行を言い出したのはなっちゃんで、それにあーちゃんが過剰反応して、レナちゃんは止めようとしたけど押し切られた。紗夜ちゃんはとりあえずこの三人についてきた。おそらくこんな感じだろう。俺にやましい所は一切ないのでいくら尾行されても問題ないんだが、それとこれとは別だろう。何かしら罰でも与えるか?でもして欲しい事なんてないしな…むしろその罰を逆手に取って、反省してるのでお詫びにお風呂でお背中お流し致しますなんて事をなっちゃんや紗夜ちゃんならやりかねない。


 俺もあーちゃんがおめかしして一人で外出したら気にはなるかもしれない。尾行なんてしないけど。仮に何かあってもシマちゃんがいるし…あれ?これはあーちゃん達の事をどうこう言えないのでは?むしろ俺の方がやばいのでは…いや大丈夫だ。俺はプライバシーにはしっかり配慮してるから。ともかくこの案件をこれ以上深堀するのは不味い。さっさと終わらせよう。


「あーちゃん達が心配に思ってる事は一切ないからね。ここがメイド喫茶になってる事なんて知らなかったし、矢車さんがいる事も知らなかったし。あーちゃん達の早とちりだよ。とはいえ引き籠りが一人で外出して心配になるのも分からなくもないから今後しない事を条件に、今回は御咎めなしで不問にしようじゃないか」


 何かしら罰でも受けると思ったのか、意外そうな顔をしながらもほっとする三人。よしよし。悪いと思う気持ちがある以上、なっちゃん達がこの件を今後蒸し返してくることはないだろう。


「今の私が言える事じゃないけど…れーくん何か隠してない?」 


 一人だけ怪訝そうな表情を浮かべているあーちゃんを除いてだが。 


「隠してないよ?」 


 くそ、なんでこういう時に限ってポンコツ化してくれないんだ。この件とシマちゃんを結び付けられたらあーちゃんに何を要求されるか分からない。それだけは何としても避けなければ!


「本当?」 


「真実はいつも一つだよ。俺はこのメイド喫茶に一切関わっていないし、矢車さんとも交際してないし男女の関係でもない」


「なら何の用事があってここに来たの?猫耳メイドさんが目的じゃないの?」

 

 何の用事って、素材を捌きに来ただけなんだが…別に隠すような事じゃないしもう言っちゃうか?でもそうなると東海禁忌領域でやってる事がバレかねないんだよな…


「その件については私から説明いたします」


 どうするべきか悩んでいると、今まで静観していた矢車さんが口を開いた。ここで口を挟んでくるという事は、この状況をどうにか出来るという事か?流石は委員長に立候補しただけの事はある。お手並み拝見と行こうじゃないか。


「天月さんは、万王様が幼い頃天獄郷に来郷された事はご存じでしょうか?」


「うん。私も一緒に行ったから覚えてるよ」


「万王様はその時に万魔様とお会いされ、類まれなる才能を見込まれて万魔様の後継者となったのです」


「そうなの!?そんな事れーくん一言も言ってなかったけど」


 そうなの!?そんな話一切なかったけど。


「そうなのです。めでたく万魔様の後継者となられた万王様ですが、当時はまだ子ども。当然万王様ほどの方であれば子どもであろうと問題ないのですが、独り立ちにはまだ早いという事で、正式な後継者として発表するのは控える事になったのです」


「そうなんだ…」


 そうなんだ…


「とはいえ、万魔様の後継者である事は事実。誰から見てもその立場に相応しい実力がなければなりません。私たちは疑っていませんが、世間は五月蠅いですからね。北条との決闘の時、万王様を侮る輩が大勢いたのはご存じかと思います」


「確かにそうだね。でもそれならなんで天獄郷に行った後、れーくん引き籠っちゃったの?万魔様の後継者なんて凄い名誉な事だよね?」


「勿論です。ですが万王様と言えども、流石に万魔様の後継者となられた事によるプレッシャーがあったのでしょう。万魔様の後継者とは、即ち日本で最も価値のある称号であり、日本そのものと言っても過言ではありません。万王様が確たる実力を持つ前にこの件が外部に漏れた場合、天月さんの知らない親戚や友人が大挙して家に押しかけ、ご両親は職場にろくに通えずに、万王様に合わせろと連日連夜接待攻勢、最悪は誘拐、脅迫といった事すらあり得たでしょう。万王様はそれを懸念され、万一がないよう全てを自らの内に抱えた上で、一人孤独な道を歩まれる決心をされたのです。天月さんなら心当たりがあるのではありませんか?万王様が引き籠りになる前後、急に周りの人に冷たくしたり、突き放すような言動をされたりしませんでしたか?」


 まじかよ…凄い奴だな万王様って奴は。一人暮らしで時間を気にせず好きなだけ食っちゃ寝出来るとか最高なんて思ってた俺とは大違いだぜ。


「そんな…だからみんなに冷たかったんだね…他の人を巻き込まない様にわざと憎まれ役を買って出てたなんて…そんなれーくんの気持ちも知らずに、私はてっきり他人と関わるのが面倒だから引き籠ってるだけだと思ってたよ…ごめんね、れーくん。こんな事じゃ私はお姉さん失格だよ…」


 いやその通りだよ。昔はともかく今は他人と関わるのが面倒だし楽だから引き籠ってるだけなんだよ。むしろ俺が謝りたいよ。


「万魔様は事情があり天獄郷から離れる事が出来ません。かといって万王様に天獄郷に来郷していただくのも目立ちますし、配慮を無下にする事にもなりかねません。とはいえ実力をつけて頂く必要もあります。そこで万魔様が万王様に課題を出され、それを万王様がこなすという形を取ることにしたのです。万王様なら直接指導を受けなくとも問題ないという万魔様の判断ですが、それが正しい事は現在の万王様をご覧になれば分かるかと思います」


 まあ勝手に強くなってるだけだからな。指導されても何の糧にもならないし。


「つまり、れーくんがここに来たのはその課題と関係があるという事ですか?」


「ご明察の通りです星上さん。年に一度、ご面倒ですが報告しに来て頂いております。私どもからご自宅に伺うのも目立ちますので」


「なるほど。でもなんでわざわざこんな場所で?いえ、このお店が変というわけではありませんが」


「ここは元々万生教の所有物件です。万王様が天獄郷からお帰りになられたと同時に用意したと聞いています。万が一にも万生教と関りがあると悟られない様、喫茶店にしたとの事です」


 なるほどね。確かにこの手の隠れ蓑として使われるのは喫茶店と相場は決まっている。あのいかにも潰れかけのボロ臭い外観の喫茶店にした奴は良く分かっている。それにしても違法業者だと思っていたけど、まさか万生教絡みだったとはね。確かに万生教なら禁忌領域の素材が大量にあっても内々で処理しきれるだろうからそこから足がつくこともない。完全犯罪にはうってつけか。つまり俺は一から十まで万生教の手の平の上で自由を謳歌していたという事になるのか…まあ今まで俺に害はなかったし問題ないだろう。他を探すのも面倒だしな。


「万魔様からの課題は、1年で規定量の禁忌領域のモンスターの素材を集める事です。皆さんご存じの通り、禁忌領域は魔境です。半端な実力者は足を踏み入れたが最後、二度と戻ってくることはありません。しかしそれ故に得られる素材は価値が高く万王様ほどの実力者ともなれば、禁忌領域の奥深くに踏み入り希少な素材を持ち帰る事すら可能となります」


「確かに…万魔様の後継者を名乗る以上、禁忌領域の問題をを避けて通る事は出来ません。素材を集める様に指示したのは来るべき日に備えての予行演習の様なものでしょうか。やはり関東探学に来たのはその為の事前準備?北条との関係を鑑みれば、候補は真皇兵原ではなく不治呪界でしょうか。あそこは治癒魔法などは一切効果がないと聞きますが、ならば奈月は…いえ、奈月ならどうにかなるという事でしょうか?不治呪界が候補地という事ならば、それこそ手傷を負わずに殲滅するだけの圧倒的な火力が必要ですね…それこそ天神囃子の様な。流石にあのような天変地異を引き起こせる存在はそれこそ万魔様かれーくんくらいなものでしょうけど。そういえば天神囃子が初めて観測されたのは…」


 うわぁぁああああああ!!出鱈目な与太話から見当違いな推理をしている最中にピンポイントで正解を導きだそうとするんじゃない!!

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