第79話 致命探偵ナツキちゃん・完

 店長を呼んでくると下がったメイドさんを止める事も叶わず、一人場違いな場所に取り残されてしまった。非常に居心地が悪い。そもそも何でメイド喫茶なんかに改装してんだよ。意味わかんねえよ。この1年で一体何があったんだ。 


「お待たせ致しましたご当主様。店長を連れて参りました」


「あ、はい。わざわざすいません。…あれ?矢車さん?」


「はい。矢車風音でございます。おはようございます万王様。ようこそお越しくださいました」


 店長として現れたのはまさかの知り合いだった。え?まじで?は?君学生だよね?というかこれ非常に気まずいんだが?メイドさん呼んで来いとか難癖付けたクレーマーか何かだと思われてたら死ねるんだが?なんでこんな試練が…ボロ喫茶店に行くだけのイージーミッションの筈だったのに…ともかくここは明鏡止水の心で乗り切らねば。


「おはよう矢車さん。なんでここにいるの?」


「はい。私がここ、メイド喫茶ぱんでもにうむの店長をしておりますので」


「まじか…」


「まじです。ですのでご用件がある様でしたら是非とも私にお申し付けください」


「用がある事はあるんだけど…」


「ご安心ください。万事抜かりなく薬丸より引き継いでおりますので。今日来られたのは素材の件ですよね?」


「そうだけど…え、本当に引き継いでるの?」


「勿論です。近々来店されることは分かっておりましたので急いで改装致しました。依然と比べてどうでしょうか。万王様にも満足のいく仕上がりだと嬉しいのですが」


 満足も何も以前の方が万倍良いんだが…なんでメイド喫茶に…


「ちなみになんで改装したの?」


「探学に猫耳メイドさんが現れた事が切っ掛けになります。万魔様にその件を報告した際、非常に興味を持たれまして。詳細を調査し追加報告しました所、万魔様がいたく乗り気になられまして。至急メイド喫茶に改装致しました」


 おい、詳細を調査ってどういうことだ。聞き捨てならんぞ。え?俺がけも耳メイド好きとかいう風評被害が小雪ちゃんにまで届いてるって事?本物けもっ娘に伝わってるとか洒落になってないんだが!?


「ちなみに万王様はどういったけも耳がお好きですか?やはり狐耳でしょうか」


「うーん。紛い物は本物には勝てないから狐耳一択だけど、実際にメイドさんが付けるならやっぱり猫耳が…じゃなくて」


「貴重なご意見有難うございます。参考にさせて頂きます」


 いやそうじゃないんだ。俺はけも耳に拘りがあるわけでは…みんな違ってみんな良い。いや、そうだけどそうじゃないんだ。


「それでは万王様、お手数ですが奥へよろしいでしょうか。ここでは人目につきますので」


「あ、はい」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「薬丸と聞いた時にすぐに気付くべきだった。動揺してしまったばかりにありすにポンコツ呼ばわりされる醜態を晒してしまった。自分が情けない」


「どういうことですか?薬丸さんと矢車さんに何か関係があるのですか?」


「やくまるとやぐるま。文字を並び替えただけ。偽名を使ってまで会おうとするなんて…これは確定。疑う余地なし。れーくんと委員長は親密な関係にある」


「田中さんと中田さんみたいなものじゃないの?偶然だよ偶然」


「れーくんが以前住んでいた場所の近くのメイド喫茶で、偶然委員長がバイトをしていて、薬丸さんに用があるれーくんが尋ねたら偶然委員長が出てきた?そんな偶然はありえない」


「そう言われるとそうなのかな?」


「調べたらメイド喫茶に改装を始めたのが一カ月で、リニューアルオープンしたのが一週間前。立地的に目立たないし系列店もない。しかも突貫工事にも関わらずこのクオリティ。その辺のバイトを雇っているとは思えない」


「そうなんだ。オープンしたの結構最近なんだね」


「そう、結構最近。そして思い出して欲しい。一カ月前には何があった?」


「一カ月前?天獄杯の選考会かな?それ以外だと北条との決闘くらい?」


「…紗夜さんがお家に住みだしたのが一カ月前くらいですね」


「やはりレナは鋭い。そう。猫耳メイドの紗夜ちゃんの存在によって、れーくんの性癖が歪んでしまった結果がこの有様なのかもしれない」


「私の存在が、主様の性癖を歪めてしまった…?どういうことですか奈月御義姉様!」


「猫耳メイドの紗夜ちゃんを見た事でれーくんは、けも耳メイドさんにちやほや囲まれたい内的欲求を抑える事が出来ず、委員長にメイド喫茶でアルバイトさせることを思いついた。知り合いがいるとなればお店に通う事も不自然じゃない。豪華天獄郷旅行100人分を用意するくらいにれーくんはお金持ち。金の力でこのメイド喫茶を作ったに違いない。だけど委員長は学生だからバイトに入れる時間は土日に限られる。土日はわたしとありすはダンジョン探索だし、レナも無常先生と一日中修行してるから家にはいない。紗夜ちゃん、れーくんは土日ずっと家にいる?」


「いえ。土日はお出かけされております。ですが


「ほらやっぱり。きっと猫耳メイド禁断症状が出て、わたしたちが休日にも関わらずこの店に一人で来ようとしたに違いない。わたしたちがいると猫耳メイドさんを堪能できないから」


「そんな…言ってくれたら幾らでも猫耳メイドしてあげるのに!!なんでれーくんは言ってくれないの!?」


「ありす。男の子は素直になれない生き物。猫耳メイドなんていう特殊性癖を身近なわたしたちにカミングアウトするのに抵抗があったんだと思う。だけど委員長は違う。委員長はれーくんにとって都合の良い女。だからこそ恥も外聞もなく好き放題求める事が出来たんだと思う」


「それって不味いんじゃ?このままだとれーくんは此処に住むとか言い出しかねないよ!」


「対策はある。ようは私たちが自発的に猫耳メイド服を着れば良いだけの話。今まではたまにわたしが着るくらいだったけど今日からは違う。ありすもレナも家の中では常に着てもらう」


「流石にあれを家の中限定とはいえ普段着にするのは抵抗があるのですが…」


「猫耳メイドでれーくんを繋ぎとめることが出来るのなら安いもの。それともレナは他所の猫耳メイドにれーくんが掻っ攫われても構わないと?」


「そんな事は言ってません。というかれーくんの素行調査の為に尾行してたんですよね?話が変な方向に向かってませんか?」


「そんな事はない。お家で猫耳メイド服を着れば、れーくんもこのお店に来る気は起こらない。客観的に見ても、わたしたちの容姿はこのお店のメイドさん達に負けてない。四人でかいがいしくお世話をすればれーくんも不埒な考えは抱かない」


「よーし!やるよ奈っちゃん!私は今日から猫耳メイドだよ!!」


「こういう時、ありすは頼りになる。レナは深く考えすぎ。ありすみたいに能天気なくらいが丁度良い」


「ちょっと待ってください。私がおかしいんですか?むしろ奈月の方が考えすぎなのでは?」


「奈っちゃん、猫耳はともかくメイド服はどうするの?奈っちゃんは小さいから紗夜ちゃんのメイド服を余裕で着れるけど、私とレナちゃんは紗夜ちゃんの服だと色々と小さいから無理だよ?」


「は?わたしは小さくないから。余裕で着れてるわけじゃないし、なんなら窮屈だから」


「ありす御義姉様。それでしたら千代にお願いしておきます。ありす御義姉様が天獄郷旅行のチケットを下さった事に大変感謝しておりましたので。御恩の一部を返せるとなれば千代も張り切って用意してくれるかと」


「そう?そんなつもりであげたんじゃないんだけど。他に伝手もないしお願いしようかな」


「ありす、訂正して。わたしは小さくない。むしろ丁度いい」


「真実はいつも一つだよ奈っちゃん。現実から目を逸らしちゃ駄目だよ」


「奈月、あなたこそ訂正してください。少なくとも私は考えて発言しています」


「レナは少し黙って。このポンコツを今すぐ分からせる」


「ま、またポンコツって言ったね!?ポンコツって言う方がポンコツなんだよ!奈っちゃんのポンコツ!」


「ポンコツ女王のくせに生意気。このぽんこちゅ-るありす!」


「何なのそのぽんこちゅ―るって!ちょっと可愛い言い方しても私は誤魔化されないよ!ポンコツなのは奈っちゃんの方だから!このポンコツ奈っちゃん!これ以上言うならその幼児体形のお腹をポンポンしちゃうよ!」


「わたしは幼児体形じゃない。お腹もぽっこりしてない。いくらありすと言えどもその暴言は看過できない」


「御義姉様方。どうか落ち着いて下さい。あまり騒がれますと主様にバレてしまいます…あ」


「紗夜ちゃん。ここでわたしが引き下がればありすの発言を認める事になってしまう。それだけは断じて認められない。わたしは幼児体形じゃない」


「そうだよ。私はポンコツじゃないんだからね!私はデキる女だってことを奈ちゃんにしっかり教えないと!」


「あーちゃん、こんな所で何してるの?」


「あ、聞いてよれーくん!奈っちゃんが私の事ポンコツって言うんだよ!?酷いよね?私ポンコツじゃないよね?…あ」


「ポンコツ」


「ポンコツですね」


「私がポンコツならみんなもポンコツだよ!」

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