第78話 致命探偵ナツキちゃん・結

 ご当主様?普通はご主人様じゃないの?入店した俺に綺麗なお辞儀を披露した店員さんの挨拶に疑問を抱くが、まあその辺は店の方針かと思い直す。


「ご当主様。お席へ御案内いたします」


 そのまま俺を席に案内しようとする猫耳メイドさん。その所作は素人目から見ても洗練されており、正に職業メイドといった風格だ。いや、なんで猫耳つけてるの?おかしくない?確かにそういうメイド喫茶もあるだろうけどさ。所作と恰好のギャップがありすぎるんだが…まあいいや。入口に突っ立ってたら他の客の邪魔だろう。ちらほら客がいるし前の喫茶店とは大違いだな。とりあえず適当に何か頼んで前の店の事を聞くか。


 メイドさんに案内されたのは一番奥の席だった。目立ちたくない俺にとっては都合が良い。これが一流メイドさんの気配りってやつか。案内される途中、メニューを食いつかんばかりに見ている二人組の女の子がいて内心ドン引きした。顔がメニューにめり込んでやがる…頭大丈夫か?他人だから関係ないが少しは人の目を気にした方がいいんじゃないだろうか。


「それではご当主様。ごゆっくりとお寛ぎくださいませ。何がございましたら遠慮なくお声がけ下さいますよう」


「あの、ちょっと聞きたい事があるんですけど良いでしょうか」 


「はい。何なりとお聞きくださいませ」


「ここって前はボロい喫茶店だったと思うんですけど、潰れたりしたんでしょうか?」


「はい、ご当主様。以前にあったぱんでもにうむは、一カ月前にメイド喫茶ぱんでもにうむに改装致しました。ですので潰れたというわけではありません」


「そうなんですか?なら前に勤めてた人っていますか?自分が店に来る時は何時も一人しか店に居なかったので。モノクル着けてた人なんですけど。ちょっとその人に用があるんですが」


「でしたら薬丸ですね。申し訳ありません。薬丸は配置換えで現在ここにはおりません」


「そうなんですか…ありがとうございます」


「薬丸に用があるとの事でしたら、店長を呼んでまいりますので少々お待ちください」


「ああいえ、別に大丈夫なんで」


 ぺこりと綺麗なお辞儀をしてそのまま離れるメイドさん。え、これ店長が来るの?まじで?俺の扱いが悪質なクレーマー対応になってない?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ふぅ…危なかったねレナちゃん。危うくバレる所だったよ」


「まさか私たちのいる方に案内されてくるとは思いませんでした。気付かれてませんよね?」


「咄嗟にメニューで顔を隠したし大丈夫だよ。れーくんは他人、ましてや女性をジロジロ見るような人じゃないからね」


「でしたら良いのですが」


「それよりも今がチャンスだよ。奈っちゃん達を誘導しないと」


 ぴょこっと窓の向こうから顔を出した奈っちゃんに早く入れと合図を送る。こくりと頷いた奈っちゃんが紗夜ちゃんと一緒に素早く入店する。れーくんを案内したメイドさんが、入店した奈っちゃん達をれーくんの視界に入るのを防いでくれる位置に立ってくれている。偶然にせよ、何も言わなくても私たちのして欲しい事をしてくれるなんて!これが一流のメイドさん!凄い!


 れーくんがいるのは私たちと席を一つ挟んだ場所。内緒話でもない限り会話を聞くのは難しい事じゃない。奈っちゃん達の事はレナちゃんに任せて私は二人の会話に集中する。ふむふむ…れーくんは前にあった喫茶店に来たことあるんだ。え?前の喫茶店にいた人に会いに来た?私そんな人知らないんだけど!?モノクルを付けた人?薬丸さん?誰なの!その知的そうな感じの女性は!


 れーくんとメイドさんの会話をふむむと盗み聞きしている間に、奈っちゃんと紗夜ちゃんが無事席に着いた。


「ありす、レナ。状況は?」 


「れーくんは一番奥の席です。騒ぐと声が聞こえかねないので注意してください」


「薬丸さんっていう人に会いに来たみたい。今はこのお店にいないみたいだけど」


「薬丸さん?委員長でも無常先生でもない?そんな馬鹿な…」


「昔からの知り合いらしいよ。来た時いつも会ってたって言ってたし。私はそんな人知らないけど…知らないけど!」


「落ち着きなさいありす。私たちと違ってれーくんは1日中暇なんですから、把握できてない交友関係があっても不思議じゃないでしょう」


「それはそうだけど…」


「薬丸さんという方はここにはいないみたいですし、もういいんじゃないですか?れーくんへの疑いも晴れたと思いますけど」


「謎は全て解けたね。全ては奈っちゃんの勘違い。一番のポンコツは奈っちゃんだったって事だよ!」


「そんな馬鹿な…わたしが間違っていた?でもわたしの勘は何かあると…!?あれは!!」


「どうしたの奈っちゃん、そんなフレーメン反応起こした猫みたいな顔して。女の子がしちゃ駄目な顔だよ?」


「シッ!静かに。やはりわたしの勘は正しかった。ぽんこちゅ―るはありす。大人しくちゅ―るを注文してペロペロしていればいい」


「私はちゅ―るをペロペロしないよ!?むしろそれをするのは紗夜ちゃんだよ!!」


「ありす御義姉様。私は普段猫耳を付けているだけで決して猫ではありません」


「そんな事より何かあったんですか奈月」


「れーくんの所に今向かったメイドさん。ばれない様にこっそり確認してみて。それで全てが分かる」


「メイドさん?注文取りに来ただけじゃ…あれは…!?」


「噓ですよね…奈月の誇大妄想じゃなかったんですか?なんで貴女がこんな所にいるんですか。矢車さん…」

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