第77話 致命探偵ナツキちゃん・転

「あれ?奈っちゃん、れーくん家の前を通り過ぎっちゃったけど」


「…お家デートをするつもりはないという事。これでまた勝利に一歩近づいた」


「やはり奈月の考えすぎなのでは?」


「きっと待ち合わせの場所に行くはず。大丈夫、問題ない」


「問題しかないと思うんですが…今からでも止めた方が」


「それよりも、みんな静かに。れーくんが路地に入った。ここからの尾行は慎重を要する」


「はぁ…ありすはこの辺りは詳しいですよね?れーくんの向かう先に心当たりは?」


「この辺りで待ち合わせに使えそうな場所かぁ…喫茶店があったからそこかな?」


「ならそこを最有力候補とする。ありすとレナは先回りして近くで監視して。わたしと紗夜ちゃんはこのままれーくんの後をつける」


「別々に行動するの?」


「路地で4人固まって動くのは目立ちすぎる。私と紗夜ちゃんは小さいから尾行しても気付かれにくい。喫茶店が目的地ならそのまま合流すればいいし、違うなら連絡する」


「分かりました。ありす、れーくんの先回りは可能ですか?」


「走れば先回りは余裕だよ。それじゃ奈っちゃん、私たちは先に行ってるよ」


「お願い。紗夜ちゃん、わたしたちも行く」


「はい、奈月御義姉様」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「奈っちゃんから連絡ないし、先回り成功だね」


「それよりありす。本当にここで合ってるんですか?」


「うん。ここで間違いないけど」


「流石にここで待ち合わせは…・想像していた喫茶店と全然違うのですが」


「改装したんじゃない?私も喫茶店があるのは知ってたけど、通ってたわけじゃないからね。それよりどうしようかレナちゃん」


「とりあえず、入り口が見える所に隠れて待機しましょう」


「それなら先にお店に入っちゃおうよ。私興味あるんだけど!」


「正気ですか?」


「もしこのお店で待ち合わせしてるなら、先にお店に入ってればれーくんにバレないじゃん。それに相手の女の人が誰か分かるかもしれないよ」


「想定される相手は矢車さんですよ?お店に入った時点で見つかるのでは?」


「大丈夫だって。はいこれ。これつけてればバレないよ」


「…ありす。サングラスなんてつけたら余計怪しまれると思いますけど」


「相手は私たちがここに来る事自体知らないんだから問題ないよ。普段と髪型も違うしサングラスしてれば気付かれないって。そんなに心配ならマスクもあるよ?」


「ですが…」


「私興味あったんだよね。紗夜ちゃんと初めて会った時のれーくん結構動揺してたからさ。やっぱり男の子ってああいうのに弱いのかな?」


「れーくんなら嫌ならはっきり言うでしょうから、何も言わないという事は少なくとも嫌いではないでしょうね」


「でしょ?プロの人がどんな感じか体験してみようよ。場所が違っても後で合流すればいいんだし、お茶の一杯飲むくらい大丈夫でしょ」


「…分かりました。確かにここが待ち合わせ場所だった場合、れーくんが入った後に4人連れでお店に入ってはバレるリスクが跳ねあがります。奈月には連絡だけ入れておきましょう」


「流石はレナちゃん、話が分かる!それじゃ早速入ろうか」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 おい、なんだここは…誕生日の翌日。休日の日中わざわざ足を運んだ先の変わり様に俺は絶句した。おかしいな。場所間違えたのか?…いや、ここで間違いない。去年来た時は、外壁に蔦が蔓延った一見さんお断りのボロ喫茶店だったはずなんだが?


 1年来ない間に潰れたのか?いや、ビジネスライクな付き合いだが俺からの利益はそれなりにあったはずだ。潰れたにせよ移転したにせよ、連絡の一つくらいはしてくるだろう。…あれ?そういや連絡先教えた記憶がないな。いやでも住んでる場所は知ってるんだから家に来るくらいはするだろう、するはずだ。流石に俺じゃないんだからその辺はしっかりしてると思うんだが。



 …そうだろうか?守護領通さずに禁忌領域の素材をこっそり扱うようなモグリの業者にそんな良識があるんだろうか。探恊や領域守護の連中にバレて夜逃げでもしたと考えればこの変わり様も納得いくが。でもそうなると困ったな…素材を捌けるツテはここしかないんだよな。でも店の名前は変わってないから改装しただけなのか?いやでも店自体が激変してるし…入るのか?ここに…まじで?こんな事ならあーちゃん達について来てもらえば…いや、その方が駄目だろ。説明面倒くさいし。


 仕方ない、入って店長いるか聞いて居なかったら出よう。最悪これ全部小雪ちゃんに押し付ければいいや。一人で入るのめっちゃ勇気いるんだけど…というか入る所を見られたくないんだが?周りに人いないよな?…ん?…よし、大丈夫だな。今がチャンスだ!


 周囲に人がいない事を確認してササっと扉を押して入る。カランカランとベルが鳴り、お店に入った俺を店員さんが出迎えた。


「メイド喫茶ぱんでもにうむにお帰りなさいませ、ご当主様」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ありす達と二手に分かれた後、紗夜ちゃんと二人でれーくんを尾行していたわたしに、レナから連絡が来た。


《私とありすは、目的のお店に先に入店しておきます。その方がれーくんにバレないでしょうから。目的地が違う場合は、一息ついた後に合流します》


 なるほど。確かに先にお店に入っていればれーくんに怪しまれずに済む。尾行者が先回りしているなんて普通は考えない。流石はレナ、しっかり考えている。これがありすなら休憩したくて屁理屈を捏ねたと勘ぐる所だ。


 それにしてもれーくんは全く警戒していない。自分の立場が分かっているのだろうか?わたしたちの尾行にも全く気付いていないし、周囲に無頓着すぎる。何が起きてもどうとでもなるからこその余裕なのだろうか。このままこっそり近寄って抱き着いたらどんな反応するんだろう…駄目。今は尾行をしないと。


 10分程尾行を続けると、れーくんがお店の前で立ち止まった。どうやら目的地に着いたらしい。あのお店が決戦の地…え?想像していた喫茶店と違う。


「奈月御義姉様、あれが主様の目的地なのでしょうか?」


 紗夜ちゃんが困惑しているのも当然だ。何故なられーくんが足を止めた先にあるのはメイド喫茶なのだから。何あれ、どういうこと?なんでメイド喫茶?訳が分からない。ありすにとって喫茶店=メイド喫茶という事?いや、流石にありすでも喫茶店とメイド喫茶は別物だろう。ならここはありすの言っていた喫茶店ではない?


 つまりれーくんはわざわざメイド喫茶に足を運んだという事!?お家の中では常時ケモ耳メイドの紗夜ちゃんがいるのに!なんならわたしもちょくちょく着てるのに!わたしたちだけでは足りなかったという事か…これからはありすとレナにも着せなければならない。


 !!お店の前で立ち止まっていたれーくんがきょろきょろと周囲を警戒し始めた。危なかった…!私と紗夜ちゃんでなければ見つかっていたかもしれない。しかしこれで確信した。やはりこのメイド喫茶がれーくんの目的地。そして今まで無頓着だったれーくんが周囲を警戒したという事は、ここで誰に会うのかバレたくないという事。そしてバレたら不味い相手に会うという事。これは相手が矢車さんでない可能性が出てきた。人目を忍んでわざわざ会わなければいけない相手…無常先生!?確かに無常先生なら私たちが出かけた後でも余裕で先回り出来る。ここに来てまさかのラスボスが立ち塞がるとは…


 れーくんが周囲を確認し、誰にも見られたくないと言わんばかりにサッとお店の中に入る。あそこまで警戒するなんて、余程バレたくないらしい。もうバレてるけど。れーくんがお店に入ったのを確認した後、わたしたちもお店に近づく。メイド喫茶ぱんでもにうむ。絵本やおとぎ話に出てくるような可愛らしい外観のお店だ。こんな小洒落たお店で待ち合わせなんて許せない!今度わたしも一緒に連れて来てもらおう。


「奈月御義姉様、どうしましょう?」


「当然わたしたちも入る。でもすぐ入ると鉢合わせする可能性があるから少し間を置く」


 時間潰しに紗夜ちゃんとお店の周りを歩いたら、中にいる人と目が合った。ニコニコと能天気にわたしたちに手を振っている。


「ありす御義姉様ですね。という事はここが例の喫茶店で間違いないようです」


 ありす…路地に面した窓際の席は流石に駄目だよ…案内されても断らなきゃ…

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