第71話 千刃流

 千刃流。万生教徒ならば誰もが修める事の出来る物魔複合の戦闘術であり、刀剣類や弓といった武器の主流に限らず、徒手空拳、槌、こん棒、鎖鎌、手裏剣、果ては鋼糸等、ありとあらゆる武術と魔法による複合戦闘の習得を目指す流派である。武器格闘と身体強化による複合戦闘法は今でこそ当たり前とされる技術であるが、その先駆けと言われている。



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「今でこそ誰もが使っている身体強化魔法ですが。当時では秘匿されていた技術の一つだったそうですよ」


〘この身は万魔の矛であり盾〙


「火事場の馬鹿力や背水の陣、窮鼠猫を噛むといった言葉がある様に、必死に追い込まれた時、人は往々にして想定以上のパフォーマンスを発揮するものですが、元を正せばそれらは身体強化魔法の一種です。無自覚に、無意識に使っている為に効果の程は大したことはありませんが、魔法の才能がない者であっても必死に至れば発動できる程度には、身体強化魔法というのは人と相性が良いのです。天獄郷が出来た当初は魔法の才がない人達ばかりだったと聞きます。当時の私たちにとって天恵と言える魔法でしょう。何せ身体強化魔法が使えない相手など接近戦では敵にはなりえず、離れて攻撃魔法を使うだけの相手は、即座に寄って斬ってしまえばいいだけですので」


〘この身、この心は全て彼の為に。私を包んで。闘霊纏憑〙


「…星上さんの身体強化魔法は素晴らしいですね。万王様への想いもあるのでしょうが、生きるか死ぬかを経験した事も関係あるのでしょうか」


「どうでしょう。どちらかというと、そこで助けられたからこそだと思いますが。ですがあんな思いは二度としたくはありませんね」


「私も万魔様の為に一度くらいは経験してみたいです。いえ、一度ありましたが何かを感じる間もなく気を失ってしまいましたから。それではやりましょうか。何時でもどうぞ」


 お互い対面で構えている以上、不意打ちなどは意味がないですね。まして相手は同門の格上。出し惜しみなど無意味であり、小手先の技など通じず、またそんな事をしたら即座に敗北するでしょう。そんな相手にどうするのか。相手もまた自分が格上だという事を自覚していて、だからこそ私に先手を譲っています。相手にとっては格下相手の実戦稽古のようなものでしょう。付け入る隙があるとすればそこですね。当然相手も分かっているでしょうが、私と違い必死ではありません。


 師匠はおっしゃいました。魔法や武術は生まれ持った才が全てだと。しかし想いの強さはそれらを必要としないと。むしろ持たざる者だからこそ、才ある者を凌駕すると。才無き者の魔法、身体強化魔法。器用貧乏なだけの私にピッタリな魔法です。


 …こうして対峙していると分かります。矢車さんから感じる圧力は、師匠と遜色ありません。どれだけ鍛えれば、私と同年齢でその域に達するのでしょうか。私もいずれはそこに辿るつけるのでしょうか…余計な事を考えている場合ではありませんね。

皆さん私の為に真剣になってくれているのですから、失望だけはさせたくありません。みんなが応援してくれているのですから、全力で挑むだけです。



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『さあ!私たちをそっちのけで何やら話し込んでいた両者、合図も待たずに勝手に試合を始めてしまいました!完全に外野は蚊帳の外です!!』


『お互い合意の上だ。問題はないだろう』


『それにしても意外な展開になりました。私としては接近したい星上さんと近づけたくない矢車さんでの、中距離での魔法合戦になると思ったのですが』


『PT戦の時も日向に近づく敵をあしらっていたのを見ただろう?矢車は近接戦が苦手というわけではないぞ』


『その様ですね。後方からの援護に徹していたので勘違いしていたようです。それにしても星上さんの攻撃を難なくいなす刀捌きは見事と言う他ありません!!』


『星上としては初手で決めたかった所だろう。自分の全力を相手が把握しきれていない状態での決死の一撃。仕留める最大の機会はそこだったからな』


『初手ですか。確かに殺してやると言わんばかりの突進突きでした。試合とは言え流石にアレにはびっくりした人も多いのではないでしょうか』


『星上には格上を相手にするときは殺せと教えているからな。教えはしっかり身についているようで何よりだ』


『こ、殺せですか…殺すつもりの言い間違いですよね?』


『格下が格上相手に勝る部分があるとしたら、それは気の持ちようだ。相手の力量が分からねばお互い慎重にもなるだろうが、星上と矢車の場合、お互い実力の差は理解しているだろう。格上だからこそ格下相手に油断はせずとも必死にはならん。ならば格下のなすべき事は、全霊で挑むことのみだ。そこにつもり等という余裕は必要ない』


『先生の言いたい事は分かりますが、それが出来る人がどれだけいるんでしょう』


『覚悟の問題だ。なんにせよ、初手が防がれた以上、星上としては次の手を考える必要がある。矢車もいつまでも待ってはくれんぞ』



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 このままではジリ貧ですね…距離を取るのは分が悪すぎますし、接近戦に応じてくれている今この時しかチャンスはないわけですが、どうしましょう。


「星上さん、そろそろ限界でしょうか?」


 矢車さんも稽古を付けてる感じになってますし、そろそろ潮時ですね。現状での私の限界はここまでですか…下を見ても意味はなく、上を見ればキリがない。自分で選んだとはいえ、難儀なものです。かといって妥協はしませんが。敵わないからと言って降参する気はありませんし、少しはその顔をビックリさせたくなりますね。


 …試してみますか。形にすらなっていませんが、意表は突けるでしょう。これは実戦ではないですし、死ぬ事もありませんから丁度良いかもしれません。何よりこのまま何も出来ずに負けては師匠に顔向けできませんので。



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 ありすの武器が大鎌だと初めて知った後、わざわざ使う理由を聞いた時、れーくんが推していたからとありすが自慢げに言っていたので、れーくんに他に何か推しがあるのか聞いてみた事があります。れーくんはしばし考えた後、私に言いました。


「レナちゃんは刀使ってるから、それ絡みでって事かな?それだとやっぱりガンカタだよね。二丁拳銃も良いけど刀と銃の組み合わせも捨てがたい。刀なら二刀流も定番で良いと思うけどやっぱガンカタだよガンカタ。刀と拳銃持って接近戦とか浪漫の塊だし」


「銃ですか…今の私では高額すぎて手が出ませんね」


「金持ちの道楽武器みたいなものだからね。正直魔法使えるなら持ってる意味ないし。そうなるとやっぱ二刀流だね。普通は刀二本とか重すぎて扱えないらしいけど、身体強化魔法使えばいけるんじゃない?」


「二刀流ですか」


「でも普通の二刀流じゃ芸がない。せっかく魔法があるんだからやるなら魔法剣だよ魔法剣。なんせ魔法剣二刀流乱れ打ちは最強だからね!」


「魔法剣?魔石武器と名前が似てますけど同じものですか?でしたらそれも今の私では入手するのは難しいですね」


「魔石武器は魔石を加工したものでしょ。属性的には似たようなもんだけど魔法剣は普通の剣に魔法を籠めるんだよ。籠めた魔法で剣を強化する事で、魔法の属性や威力が増す感じかな?でもこの魔法剣って欠陥あるんだよね。その辺の武器だと魔法の威力に耐えられずに消滅しちゃうんだよ。だからやるとしたら魔法で剣自体を作る方がいいね。ビームサーベル的な感じ?そうすれば出し入れする必要もないし、リーチも形状も自由だし、何より強度なんて関係ないしね」


「ビームサーベル?想像しづらいですね…よければ参考までに、どういったものか見せてもらうのは可能でしょうか」


「別に良いけどそんな大した技術じゃないよ?魔法で剣を作るだけだし、最初に言った方はコスパ悪すぎるから誰も使ってないっぽいんだよね。俺が才能あったら使うんだけどなぁ。でもどうせやるなら二丁拳銃でガンカタの方が…いや、むしろ銃身から剣を魔法で生やせば完璧なのでは?そしてその魔剣をぶっ放せば最強なのでは!?」


 その後、私の持っている刀で試してもらいましたが、れーくんが魔法を使うと刀身が一瞬で燃え尽きました。おそらく魔法の威力に耐えられなかったのでしょう。そのまま魔法が刀身の形状を保っていたのがビームサーベルというやつでしょうか。


 成程…これが魔法剣ですか。出来るか出来ないかはともかく、れーくんが言っていた魔法剣がどういったものかは分かりましたが、でもそれは剣にする必要があるのでしょうか。戦いながら魔法を使えばいいだけだと思うのですが。


「あーちゃんの大鎌もそうだけど、重要なのは見た目と満足感と恰好良さだから。使い勝手や効率なんて現実は、浪漫の前にはゴミ屑同然だよ。それに一応利点もある事はあるよ」


 これはあくまで魔法だから、普通の武器じゃ防ぎようがないでしょ。



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 魔法剣。今の私では刀身の形状が維持できず、全力でやると刀身がボロボロになって魔法が散らばってしまうのですが、この状況ではかえって好都合かもしれません。


「まだ何かあるみたいですね?期待以上です星上さん。私も慢心することなく、全霊で受け止めましょう」


 そこは慢心して欲しい所ですが。なんにせよこれで最後です。詠唱しては対応されるでしょうから、無詠唱しかありませんね。間近で直に見たれーくんの魔法剣のお陰でイメージだけは万全ですし。であるならば、それをそのままぶつけるのみ。この一刀に、今の私の総てを!!

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