第70話 個人戦本選

 まさかこうなるとはなぁ…天獄杯個人戦代表選考会本選、発表された対戦表を見て俺はふむむと唸っていた。


「まさか第1試合で当たるとはね。忖度なしの抽選で決めてるのは間違いなさそうだけど」


「誰が相手でも、全力で戦うだけですので」


「昨日の晩御飯の時の会話がフラグだったかぁ」


 第1試合、矢車風音vs星上レナ。まさかの1年生対決である。それにしても初戦で対決とは…準々決勝まで全員残ると思ってたんだが予想が外れたな。いや、レナちゃんは違うのか?


「レナ、頑張って」


「はい。勝敗がどうあれ、全力を尽くします」


 心配しているなっちゃんに大丈夫だと答えるレナちゃんだが、顔が何時も以上に真剣だ。無常さんも矢車さん相手は今は無理ゲーつってたからなぁ。勝負は時の運とは言うが、それは実力がある程度近い相手に対して言える事なのだ。


「俺となっちゃんはレナちゃん応援するから、頑張ってね」


「ふふ。れーくんが応援してくれるんですから無様な所は見せられませんね」


 静かに気合を入れるレナちゃんを、俺となっちゃんは腕組みして頷きながら見守っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『ついに始まってしまいました!激闘が繰り広げられた天獄杯代表選考会も、残す所は個人戦代表決定戦のみとなります!!』


『関東探学の選考会を見るのは初めてだが、皆やる気があって非常に好ましいな』


『お言葉ですが無常先生。みんながやる気を出していたのは天獄郷旅行があったからです!!来年以降も同じレベルを求めるなら、似たような褒賞は必要だと思います』


『そうなのか。確かに魔央様の用意された天獄郷旅行は金で買えるようなものではないからな』


『そうなんですか?内容的に非常に豪華なので、安く見積もっても七桁行くとは思っていますが!』


『そもそも黒巫女が専属で付くという事がまずありえん。我々の存在意義は万魔様の為に在るのだから、万魔様以外の世話をするのは基本的に良しとしない。加えて今回代表者が泊まる場所は天獄郷の宿ではない。天獄殿だ』


『え…本当ですか!?天獄殿ってあの天獄殿ですか!?』


『天獄殿は一つしか存在しない。人数が人数だからな。本来部外者は立ち入り禁止だが、魔央様のお願いもあって万魔様が特別に許可された。代表となった者は深く感謝するように』


『ここにきて衝撃の事実が判明しました!!どんなに偉かろうが、事前にお伺いを立てて許可を得なければ入る事が出来ない天獄殿!!そこにまさかの二週間お泊りコースとは!!そう言う事は事前に言って欲しかったです!!衝撃の事実を知り、機会を逃した人達の嘆きと代表を勝ち取った人たちの叫びが木霊しています!!』


『魔央様たってのお願い故、叶った事だという事は忘れるなよ。羽目を外すなとは言わんし多少は目を瞑るが、得たチケットを使って不埒な行いをしようものなら覚悟はしておけ』


『という事ですので、見事ペアチケットをゲットした皆さんは、ちゃんと一緒に行きたい人に渡しましょう。勿論私は何時でも誰でもウェルカムです!!さて、そんなペアチケットを獲得したのが選考会本選まで残った32名の人たちですが、第1試合がまさかの組み合わせです。これには私もビックリしました』


『試合の組み合わせは運だからな。こればかりは仕方あるまい』


『第1試合は1年の矢車さんと、同じく1年の星上さんです。二人とも1年の代表PTとして既に天獄杯出場が決定しております!両者とも期待のルーキー。それがまさかの初戦で潰し合い!!ここでどちらかが脱落してしまうのは非常に惜しまれます!ですがこれもまた、勝ち抜き戦の醍醐味でしょう!!』


『星上にとっては非常に厳しい戦いになるだろう。どこまで食らいつけるか楽しみにさせてもらう』


『無常先生から見て、矢車さんの方が強いという事でしょうか?代表PT戦では二人とも、同学年を相手に危なげない戦いを見せていましたが』


『矢車は万魔様や魔央様ではないので、絶対に勝てんとは言い切れんがな。ただ生死を賭した戦いならともかく、命が担保されている試合で実力の紛れはそうそう起こらん。かといって勝てないからと手を抜くような奴が、生死を賭した戦いで紛れは起こせん』


『なるほど!確かに本番は練習の様に、練習は本番の様にという言葉もありますからね!矢車さんと星上さんの勝負に懸ける意気込みが一つのポイントになりそうです』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「まさか初戦で当たるとは思いませんでした。お互いくじ運がありませんね」


「自分を卑下するつもりはありませんが、矢車さんにとっては運が良いのでは?」


「ちっとも良くありませんよ星上さん。貴女は万王様の傍にいる事が許されている存在です。私にとっては尊重すべき御方ですので」


「…傍にいると言っても、それはありすのお陰ですよ。彼女と私が親友だから、れーくんも私に気を使ってくれているだけです。…今は、ですが」


「ふふ、やっぱり星上さんは良いですね。私たちとよく似ています。筆頭が万生教と関係ない弟子を取ったと聞いた時は驚きましたが、貴女なら納得です」


「そうなんですか?師匠にも似たようなことを言われましたけど」


「似ていますよ。決して届かない人に手を伸ばして、私たちを必要としない人の傍に居続けたいと願う。誰に言われるでもなく、自ら望んでそうしようと決めている。貴女もそうでしょう?」


「そうですね。ですが私は…」


「ですが、似ているだけで同じではありません。これは対象が男女の違いというのが大きいのかもしれませんが。私も星上さんと同じ出会いをしたのなら、同じことをしたでしょうし」


「矢車さんも、やはりれーくんの事を?」


「当然お慕いしていますよ?求められれば喜んで応じます。これは私に限った事ではなく、万生教徒全てがそうでしょう。ですが私たちにとって一番大切なのは万魔様ですし、万魔様が特別にされている御方というのもありますから、貴女方と同じではありません。ですので私たちは貴女に期待しているんですよ」


「私に期待ですか?」


「はい。独りというのは寂しいものです。本人がそう思っておらず、そう振る舞っていないとしてもです。万魔様の寂寥せきりょうを少しでもお慰めする為に私たちはいますし、それが喜びでもあります。万王様のお陰で最近の万魔様は非常にご機嫌ですので、私たちとしても嬉しい限りです。そしてそれは万王様も同じでしょう。御自身を引き籠り等と言われていますが、そうなった切っ掛けはともかく、今の万王様は単に面倒くさがりで家に籠っているだけだと思いますし」


「…確かにそうですね。誘えば外出もしますし、会話も普通に出来ますし。こうして学校にも来ていますから」


「とはいえ、他人などどうでも良いと思ってらっしゃるのも事実ですし、側にいるのが誰でも良いわけではないでしょう。少なくともありす様に気に入られなければお側にいる事は叶いません。紗夜さんでしたか。あの子が許されているのも、ありす様のお陰でしょうし」


「確かに。初対面から紗夜さんの事は気にかけてましたね、ですがあのような出会いをしてしまえば気にかけない方が無理な気もしますけど」


「捨て猫騒動ですね!あれは私たちにとって衝撃的でした。常人がやろうと思ってやれるものではありません。ですがおそらく私が同じ事をしたとしても、家に住んでも良いとはならないでしょう。ともかく、星上さんには期待しているのです。私たちが万魔様の矛であり盾であるように、魔王様の矛であり盾となる事を」


「矛と盾ですか…必要だとは思えませんが、私個人としても無力なままでいたいとは思っていませんので」


「その葛藤は誰もが一度は通る道です。当然私も、筆頭もです。万王様は万魔様と比べると言動が苛烈ですので、今後もトラブルは発生するでしょう。そんな時に万王様の為に動ける人は貴重だと思いませんか?日向さんは争い事に不向きですし、紗夜さんは戦えないでしょう。ありす様と肩を並べられるのは、現状星上さん、貴女だけです。万王様の周りにそうそう人が増えるとも思えませんし」


「確かに、これ以上増えられても困ります。ええ、とても」


「そうでしょうね。色々言いましたが、私たちと貴女は追いかける背中は違えど、天に浮かぶ月を掴まんと研鑽し続ける同志なのです。…ちょっとお話が過ぎましたね。ここでのお話は外部に漏れてませんのでご安心を」


「筆頭は貴女に全てを伝えると言っていました。私もそれには賛成です。筆頭から聞いていると思いますが、星上さんが修めようとしている千刃流は、元を辿れば型も何もない、ならず者の喧嘩殺法の様なものでした。恐山天獄門が万魔様の手によって解放された後、そこに希望と人生を懸けて集まった人達が、万魔様と自分達の為にと無い知恵を振り絞って武器種別問わず戦おうとしたのが起源になります。持たざる者が歩みを止めることなく、足掻き続ける事で創り上げてきた流派です。つまり諦めなければ誰でも習得は適います」


「師匠から聞いています。万に通じる万魔様にはなれずとも、非才であっても千に通じる事により、一助となる為の流派だと」


「筆頭が言った全てとは、文字通り千刃流の全てです。万魔様の為に磨かれ続けてきた刃を、貴女は万王様の為に磨くと良いでしょう。そういうわけですので」


「改めて自己紹介を。万魔十傑衆八席・八車風音と申します。星上レナ様、貴女はまだ弱い。ですが未来の貴女は違います。千刃流が貴女が学ぶに足る流派だと、万王様の一助と成り得るのだと、それは不断の努力の先にあるのだと、私との試合で確かめて頂ければ幸いでございます」


「覚悟は師匠に弟子入りした時に出来ていますので。それにしても矢車さんは十傑衆だったんですね。驚きました」


「一応隠して入学していますので、皆さんには内緒でお願いします」


「分かりました。今の私では不足でしょうが、師匠を相手にする時と同じ気持ちでやらせてもらいます」


「後輩の面倒を見るのは先達の務めです。遠慮はいりませんよ。何より筆頭もこの試合を見ていますから私も無様は晒せません」


「すぅ…ふぅ…では、矢車風音さん。貴女を―――全力で殺します」


「万魔十傑衆八席・矢車風音が貴女の覚悟を受け止めましょう」


「全ては万魔様の為に」


「全てはれーくんの為に」

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