第66話 内心

 あーちゃんに告白している何とか君を見ながら、俺は内心感心していた。前世の俺じゃ逆立ちしたってまず無理だろう。振られるのが分かっているのに告白なんてとてもじゃないが出来ない。俺にもあんなあおはる時代が…なかったわ。学校じゃラノベ読むか寝てたし、帰宅部だったし。なんなら女友達なんていなかったし接する機会もなかったわ。


 ダンジョンやらモンスターがあるせいかどうかは分からないが、この世界の人は積極的な人が多い。生き急いでいるとも言える。死が身近にあるからこそ、思い残すことがない様にとか、生存本能でうんぬんみたいな理由だろうか。それゆえに力というものに寛容でもある。


 力こそ正義。前世でならヤンキー辺りでしか通用しない原始人理論だが、魔法なんてものがあるこの世界ではそれが罷り通ってしまう。権力や財力に暴力が紐づいているのではなく、暴力にそれらが紐づいているのである。曲がりなりにも前世と似たような社会秩序が構築されているのは、ひとえに文民統制に異を唱えず、探索者の手綱を握り続けている探索者協会のお陰だろう。

   

 とはいえその影響力は非常に大きい。腐敗してないのはそれこそ小雪ちゃんの存在が大きいというか全てだと思う。だからこそ天獄郷は国内において独立国のような立ち位置が許されているし、解放した暁には小雪ちゃんのような存在になり得るからこそ、禁忌領域守護領も自治領みたいな扱いになっている。この世界は人の善性によって成り立っているのだ。


 そしてそんな世界だからこそ、一個人であるにも拘らず俺が好き勝手出来る余地が生まれるわけだが、流石に北条の件はやりすぎた気がしたので、多少はフォローしといた方が良いかなと思い、その結果が選考会での演説であったわけだが。


 おせっかいと言われればそうだが、あーちゃん達も一々顔色を窺われて学生生活を送るのも気疲れするだろうし、他の学生達も息苦しいだろう。一応三年間ここにいるわけだから、住みやすい環境を作っておくに越したことはない。まさか俺がどうでもいい他人の気持ちを配慮する時が来ようとは。人とは否応なしに成長してしまうものなんだな…



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 何でそういうことを言っちゃうかなぁ。れーくんの実況解説を聞きながら天月ありすは心の中でため息を付いた。最近のれーくんは少し変わった。北条との決闘、厳密に言えばレナちゃんのワンダラーエンカウント遭遇からだろうか。ここ最近で立て続けに起こった事件によって、ずっと止まっていたれーくんの時間が動き出した様に私には思えた。

 

 ワンダラーエンカウントに始まり、天獄殿の襲撃なんていう前代未聞の不祥事を起こし、いきなり一緒の学校に入学した時はビックリした。その後レナちゃんとなっちゃんに会って、隠す予定だったはずの最強仮面だという事がすぐにバレたり、二人が隣に引っ越して来たり。


 ダンジョン実習で変態に絡まれて、それが北条家との決闘なんて事態にまで発展して、れーくんは一躍時の人になった。たった数カ月だけど、今まで停滞していた時間を取り戻すかのような、もの凄く濃い時間だった。


 ワンダラーエンカウント、天獄郷襲撃、超特特待生での入学、北条との決闘。どれ一つ取っても、大半の人が一生経験できないようなイベントばかりなのだ。その全てで当事者ともなれば、流石にれーくんといえども変化せずにはいられないという事なんだろう。



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 れーくんは今でこそずっと引き籠っているけど、最初からそうだったわけじゃない。小さい頃は好奇心旺盛で元気一杯で、所謂の神童というやつだった。私をお姫様みたいに大切にしてくれて、そんなれーくんが私は大好きだった。お姉さん扱いしてくれないのは不満だったけど。それは今でも変わらない。


 れーくんが引き籠りになったのは、天獄郷の偉い人に呼ばれて両親と一緒に行った後だ。今なられーくんを呼んだのは万魔様だと分かるけど、当時の私は天獄郷に旅行に行ける事が楽しみで、呼ばれた理由とか、そんな事考えもしなかった。


 お父さんと天獄殿に向かうれーくんを見送った後、私はお母さんと天獄郷を観光して一杯遊んだ。そして二人が帰ってきた時、れーくんはすっかり変わっていた。どうしたのと心配して聞いたら、れーくんはへらっと笑って一言だけ零した。飽きた、と。


 それかられーくんはお家に引き籠る様になり、そんなれーくんを周りの人達は最初は心配していたが、何を言っても聞く耳を持たないれーくんに、愛想を尽かして次第に離れていった。離れなかったのはそれこそ私と両親くらいだろう。


 暫くして、両親に色々言われるのが嫌になったのか、突然一人で暮らすと言い出した。当然両親と私は猛反対したが、全く取りつく島もなくて、れーくんに何か言われた両親も黙ってしまった。れーくんが変わったのは天獄郷に行ってから。きっとその時に何かあったのだ。


 不幸中の幸いだったのは、れーくんの新しい家が私の家からそこまで離れていなかった事だろう。学校が終わったら毎日れーくんのお家に通うようになった。れーくんのお家には、大きなテレビやゲーム機なんかが一杯あった。どうやら全部自分で買ったらしい。おそらくこの頃には禁忌領域に行ってお金を稼いでいたんだと思う。


 れーくんのお家に通うようになってから暫くしたある日、なんでお家にずっといるようになったのか聞いてみた事がある。れーくんは少し困った顔をして、色々と飽きちゃったんだよと笑っていた。


 きっとれーくんは、小さいのに色々頑張って疲れちゃったんだね。大丈夫、また頑張れるまで私が一緒にいてあげる。飽きちゃったなら私がれーくんが楽しめるように一杯頑張るから!れーくんはやれば出来る子だって、お姉さんの私は知ってるからね!そう言った私を見て、れーくんはビックリしていた。


 何がれーくんの琴線に触れたのかは分からない。けどそれかられーくんは少し変わった。相変わらずお家に籠ってゲームばっかりしてるけど、私に色々教えてくれるようになった。本格的に大鎌を練習するようになったのもこの頃だ。れーくんが何に飽きたのか私には分からないけれど、私がれーくんを元気にするんだ!!



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 と、意気込んでからもう何年になるだろう。小さい頃の元気なれーくんよりも、お家でダラダラしているれーくんにすっかり慣れてしまった私がいる。まあでもこれはこれで悪くない。小さい頃と違って、れーくんを私が独占できてるわけだし…でへへへ…はぅ!違うそうじゃない。れーくんを元気にして真人間にするのが私の使命なんだから、私一人だけ満足してても意味がない。


 引き籠ってから他人に無関心だったれーくんだけど、最近は少し改善しているようにも思える。レナちゃんやなっちゃんとの交流が良い刺激になったのかもしれない。一人暮らしを始めてから、私以外でここまで一緒にいる人はいなかったし。今までのれーくんだったら有無を言わさず北条の人たちをやっつけちゃってた筈だけど、程度はともかく話し合いで済まそうと努力もしてたし。


 私一人じゃ出来なかったことが、レナちゃんとなっちゃんがいてくれる事で容易に達成できてしまった。やっぱり一人じゃ駄目なんだ。今までれーくんが変わらなかったのは、傍に私しかいなかったからなのかもしれない。二人だけの世界…それはそれで…えへへへ…はぅ!?違うそうじゃない。この調子で周りにいてくれる子を増やしていけば、引き籠りも解決するかもしれない。でも無理強いしたら逃げちゃいそうだから線引きはしっかりしないと。


 それにしても、れーくんは開会式の時の演説といい実況といい、少しは私たちの事を考えて欲しい。最近はないから気が楽だったのに…男の子達からの告白は、正直に言って迷惑に感じてしまう。同情で付き合うなんて出来ないし、そもそも良く知らない人に告白されてOKするわけがない。ずっと前から好きでしたとか言われても、私は今初めて君と話してるんですけど。かといって仲良くなって人となりを知ろうとも思わない。だって私にはれーくんがいるからね。


 少しは嫉妬とか独占欲とか出してくれても良いと思うんだけど。レナちゃんやなっちゃんもあんなに好き好きオーラ出してるのに全く反応しないし。れーくんは気軽に可愛いとか言うけど、シマちゃんやペットに向ける可愛いと同じ感じがするし。何なら私をお姉さんだと思ってない節もあるんだよね。


 れーくんの態度は今後の課題として、私たちが探学に通う3年間が勝負どころなのは間違いない。学校を卒業したら、また引き籠りになってしまう確信が私にはある。


 …ふぅ、よし。色々考える事はあるけれど、まずは目先の事から片付けていこう。この試合に勝てば天獄杯の代表PTになれる。そしてれーくんと一緒に夏休みに天獄郷に行く。旅行は人を大胆にするらしいし。ひと夏のアバンチュール。旅館で同じ部屋。男と女。普段とは違う雰囲気に、何も起きないはずもなく。ふへへへ…

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