第64話 そっちのけ

 こいつヤバいすぎじゃね?天獄杯代表PT決定戦の実況解説役をさせられている俺は心底恐怖した。この放送部部長、頭がイカれてやがる…!!


『おおっとぉ!!C組・卍夜叉羅刹悪鬼愚連隊卍のリーダー鬼瓦君!!雨の降る高架下、捨てられた子犬に傘を差してあげたあの日の様に、チームメンバーでその光景をこっそり見守っていた山下さんを庇ったぁぁぁあ!!これはポイント高いぞ!好感度がグングン上昇だぁぁああ!!』


『ここで何と!?その山下さんに仄かな恋心を抱いていた、D組・インフィニティフォースの田中君がガックリと膝をついたぁぁ!!これは不可視の攻撃でしょうか!?どう思いますか万さん』


『そうですね。今まさにこの瞬間、言葉の刃で心を抉られたのだと思います』


『その様な魔法を使うとは!1年C組、全くもって侮れません!』


 他人の色恋沙汰を実況の名の下に衆人環視の中で暴露する基地外放送部部長のせいで、天獄杯代表PT決定戦は酷い有様になっていた。試合をしている当事者達は、ある者は発狂し、ある者は絶叫し、ある者は開き直って戦っていた。そこに広がる光景は、恥も外聞もかなぐり捨てた人間の織り成す、昼ドラもかくやと言わんばかりの愛憎劇であった。


 試合をしている人たちと違って、観客は大盛り上がりなのが余計にカオスを加速させていく。勝手に好きだと暴露された挙句、周囲から囃し立てられた想い人からごめんなさいと言われ戦意を喪失する者、二股を暴露されて、チームメンバーに背後から撃たれる者。阿鼻叫喚の地獄絵図とはこの事か。


『ちなみに部長さん。今更ですが、なんでわざわざ選手の色恋沙汰を絡めて実況してるか教えて貰ってもいいでしょうか』


『最もな疑問です。説明しましょう。恋愛とダンジョン探索は良く似ています。恋愛もダンジョン探索も、そこにあるのは絶対に負けられない戦いです。相手を知り、己を知り、策を練り、いかにして攻略するか。勝てば全てが手に入りますが、負ければ全てを失います。日和った者が何かを手にすることはなく、されど無謀と勇気をはき違えた者から散っていくのです』


『確かに。分不相応な物に手を出しても碌な事にはなりませんね。高嶺の花を手に入れるなら、高ランクダンジョンに潜るなら、それに見合った力が必要です』


『そうでしょう!そしてどちらにしても最も重要なのは精神力だと私は考えます。自分と相手の状況を見極め、冷静な判断を下し、何事にも動じず、機を伺い、好機と見るや一気呵成に攻めて立て獲物を仕留める。恋愛はルール無用の戦争です。ダンジョン探索も、モンスター相手に慈悲は不要です。私はこの選考会を通して、この学校に入ったばかりの皆さんに、現実の厳しさとそれに負けない強い心を育んで欲しいのです。いわばこれは愛の鞭なのです』


『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちるべきでは?』


『この鴨下美紀、何を隠そう関東探学の殺戮キューピッドとして少しは名の知れた存在です。私のお陰でカップルになれた人達に、両手で収まらない程度には感謝されています』


『それは凄いですね。ちなみに失恋した人たちはどのくらいいるんですか?』


『恋愛というのは残酷です。勝者が全てを得るのですから。敗者が得られるのは心の傷くらいです。勝者は数多の屍の上に立ち、幸福を享受します。ですが私はそんな敗者こそ愛おしく思います。夢破れ、しかしまた新たな希望を抱き立ち上がる。皆さんにはそんな存在になって欲しい。諦めなければきっと夢は掴めると知って欲しい。その為ならば幾らでも嫌われ者になりましょう』 


『本音は?』


『他人の色恋沙汰は最大の娯楽ですからね!喜怒哀楽、全てが詰まった一大エンターテインメントです!一ジャーナリストとして、リアル恋愛ショーを間近で眺める事が出来て私は大変満足しています!』


『実況役、チェンジでお願いします』



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『さあ、天獄杯代表PT決定戦、ついに最後の一戦になりました。最後の試合を締め括るのは、ともに全勝のPTです。この試合の勝者が豪華天獄郷旅行2週間の栄冠を勝ち取ることになります!フィナーレに相応しい試合と言えるでしょう』


『そうですね。当たり前ですが教師は生徒の実力を把握していますから。選考会が盛り上がる様に組み合わせを決めた可能性はありますね』


『身も蓋もない事を言わないでください。それはそれとして万さん。この最後の試合をどうご覧になりますか?』


『まずは1年A組ですが、これは他のクラスにとっては相手が悪かったとしか言いようがありませんね。四人のうち三人がダンジョン配信者をしているという事もあり、手の内は事前にバレていたにも関わらず、蓋を開けてみれば圧勝に次ぐ圧勝ですし。何よりあーちゃんが大鎌使ってませんからね』


『それには私も驚きました。天月さんが使っているのは槍ですが、ともすれば大鎌よりも使いこなせているように見えます』


『それはそうでしょう。大鎌なんて雑魚武器ですからね。使っている人なんてあーちゃん以外に見た事ないですし』


『それは…そんなにはっきり言っていいのでしょうか』


『事実ですからね。強ければ他にも使い手はいますし、もっと普及してますよ。あーちゃんの大鎌は我流ですから。といっても大鎌を使いこなす為に、槍や薙刀といった長柄の武器の戦い方を落とし込んでますので、そちらの方が練度が上なのは当たり前と言えば当たり前です』


『探索者としては生存率を上げる為にも、より使いこなせる武器を選択した方が良いと思いますが』


『普通はそうでしょうが、浪漫の前にはそんなものゴミ屑同然ですので。一応相手からしたら初見の武器なので、立ち回りを考える必要があるというメリットがない事もないですし。それでもデメリットの方が大きいですけどね』


『そんな万王親衛隊ですが、前衛突撃役の天月ありすさんを十全に活かすべく、星上レナさんがサポートに回り、攻撃手段皆無な日向奈月さんをリーダーである矢車風音さんが護衛しつつ、魔法で二人を支援する。この形を崩す事が出来るチームは現れませんでした』


『特に注目すべきは矢車さんでしょう。なっちゃんを護衛しつつも試合全体を俯瞰して、的確に前衛二人を支援しています。しかもなっちゃんを狙った人も近接戦闘で鎧袖一触。こう言っては何ですが、彼女はちょっと卑怯ですね』


『1年生であそこまでの戦闘巧者がいるとは想定外でした。彼女なら個人戦でも良い結果を出してくれると思います。私としては、意外だったのは星上レナさんです。ワンダラーエンカウント以前の戦闘記録しか見れませんが、その時と比べて明らかに戦闘スタイルが変わっています』


『そうなんですか』


『はい。ダンジョンソロ配信者というのが影響していたのでしょうが、彼女の戦い方は、視聴者を意識した綺麗で慎重な戦い方というべきものでした』


『綺麗で慎重な戦い方、ですか』


『一種の魅せプレイというべきですか。最善を取らず、倒し方に拘る。常に十分な安全マージンを設けて慎重に立ち回る。それらが悪いわけでは勿論ありませんよ。ソロでのダンジョン探索は非常に危険ですので、寧ろそれが出来るだけの余裕を持ちながらC級探索者になった点は評価されてしかるべきでしょう』


『なるほど。その戦い方が変わっているという事ですか。舐めプを止めたとかそういう事ですか?』


『言い方は悪いですがそうとも言えます。心境の変化があったのでしょうか。今の彼女の戦い方は魅せるより、隙を伺いつつやれる時に確実にやる戦い方に変わっているように思えます』


『そうなんですか。僕は近接戦闘はからっきしなので良く分かりませんが、生徒会長さんがそう言うならそうなんでしょう』


『そしてそんな彼女と対照的なのが天月ありすさんですね。彼女はとにかく押せ押せです。対戦相手の人たちも彼女が大鎌でないことにちょっと驚いていましたね』


『武器が学校指定の物を使うと事前に分かっていたなら想像できたと思いますが。大鎌を用意してる学校なんてどこにもないでしょう。対人戦で重要なのはヤられる前にさっさとヤる事です。殺せばそこで終わりですからね。対応する暇を与えないで畳みかけるのは非常に効果的だと思います。才能というのは残酷ですね』


『彼女の一見無謀ともいえる突撃を、前中衛で星上レナさんが、後衛で矢車風音さんが上手くサポートする事によって、玉砕させることなく強みを活かしています。このPTを崩すなら、後衛の矢車さんへの対処が一番のポイントとなるでしょうか』


『そうなんですか。ちなみになっちゃんはどうですか』


『日向奈月さんですか…彼女はそうですね…とても可愛らしいですね』


『そうでしょう。あのハムスターを想起させる小柄で可愛らしい姿は見ていてほっこりします。ちなみに彼女はマスコット役なので、戦闘要員としてカウントされていません』


『そうなんですか?』


『はい。1年後ならともかく、現時点において戦力にはならないでしょう。実質三人でハンデ付きで戦ってるようなものですね』


『それは…』


『まあ思う所はあるでしょう。ですがPTを組むのに一番大事なのは、誰と組むのかではなく、誰と組みたいかだと僕は思います。組みたい相手が弱ければ守ればいい、強ければ頼ればいい。そもそもあの三人はアレナちゃんねるでPT組んでますから。選考会の為にPT崩してまで勝ちたいとは思っていないでしょう。それに可愛いは正義ですからね。可愛ければ大抵の事は許されます。なっちゃんはそこにいるだけで役目を果たしているのだから問題ありません』


『…そうですか。確かに彼女も囮役としてチームに貢献もしていましたし、いるだけで意味があるというのは間違いではないと思います』


『冷たいようですが、探索者というのは実力ありきの世界です。ハンデをつけて戦う相手を舐めプしてると非難するより、そんな相手に負ける弱い自分に嘆くべきでしょう。僕ならあの四人を相手にしても勝てますし』


『万さんは探学生全員と戦っても勝ててしまうでしょうね…』


『とはいっても、割り切れないのが人間ですからね…そうだ。僕も個人戦に参加して強制的に分からせるのも良いかもしれませんね。適当に32人残して全員をボコれば平時において強者にハンデは必要という事が骨身に染みて理解できるかもしれませんし』


『それだけは止めて下さい』

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