第62話 説明

「さて、今更説明する必要もないと思うが、念の為に確認しておくぞ。今日から一週間掛けて、全国探索者養成高等学校総合技能演習大会。通称天獄杯の選考会を行う」


 どう考えても、何も知ってそうにない俺への配慮です。流石出来る女は違うね。


「初日はPT戦の代表を決める為、1年の各クラスから選ばれた4人PTでの総当たり戦を行う。我がクラスの代表は、クラス代表選で勝ち残った矢車風音、星上レナ、天月ありす様、日向奈月の4人PT、万王様親衛隊だ。みな異論はないな?」


 クラス全員がコクンと頷く。いやいやちょっと待てや。パッと素早く挙手する。


「魔央様、何か質問が?」


「メンバーに関して異論はありません。しかしPT名がどう考えてもおかしいと思います」


「どこもおかしくはないと思いますが。PT名はこのクラスの総意であり、代表決定の際に申請して問題なく受理されております」


「PT名の修正出来ますよね?関東探学1-A代表とかで良いんじゃないですか?」


 自分の名前をPT名に付けるとか自己主張激しすぎだろ。しかも俺はメンバーじゃねえし。


「(ほら、やっぱり嫌がってるよ)」


「(だから自分の名前をPT名に付けるなんて目立ちたがり屋にも程があるって言ったじゃん)」


「(でも、PT名決める時に誰も反対しなかったよね?)」


「(だって委員長が、このPT名なら喜んでくれること間違いありませんなんて自信満々に言うから)」


「魔央様。たかがPT名、されどPT名です。適当な名前を付ければ、選手のモチベーション低下に繋がります。やる気を出す為にも、誇れる名前が必要なのです」


「良いじゃん、万王様親衛隊。私が切り込み隊長だよ!」


「不肖矢車風音、リーダーを仰せつかっております」


「私は遊撃役です」


「わたしはマスコット」


 なんでそんなノリノリなの…なっちゃんはそれでいいの?


「万くんが何を懸念しているかは分かっているつもりよ」


 自信満々で言い放つ矢車さん。本当か?


「万くんの二ツ名である万王を、私たちが冠するに足るだけの実力と覚悟があるか懸念してるのよね?でも安心して!私たちの覚悟は本物よ。万王様の名前を冠する以上、私たちに敗北の二文字はないわ!必ず万くんに勝利を捧げると、万魔様に誓うわ!!」


 何だよ二ツ名って。俺にそんなのついてねえから。既成事実にしないでくれるか。


「よくぞ言った矢車。万魔様の名前を出した以上、我々に無様な結果は許されない。心して挑め」


 勝手に盛り上がって勝手に話を大きくしないでくれないか。別に負けた所で俺も小雪ちゃんも文句言わないんだが。


「PT戦に関しては以上だ。次に個人戦についてだが、何かしらアクシデントが発生しない限り、代表PTの選考は3日で終わる。残り2日で個人戦の出場者を決めるが、基本全員参加だ」


 1学年が大体120人だから全員参加なら360人か。なっちゃんみたいに出ない人もいるだろうけど確かに多いな。 


「2日目の個人戦の選考会本選の出場枠は32名、そして代表となるのは学年問わず上位8名だ。当然お前達にもチャンスはある。とはいえ探学に入ってまだ日も浅い。本選に残るのは難しいだろうが、上級生と気兼ねなく戦えるチャンスでもある。自分の現在の立ち位置、目標とすべきものを探してみるのも良いだろう」


 学年問わず8人かぁ。あーちゃんはタイマン勝負ならワンチャンあるか。レナちゃんは…無常さんとの修行始めてそんな日も経ってないしどうなんだろう。なっちゃんと一緒に応援でもするか。


「何か質問のある者はいるか?…それでは、各自時間までに校庭に集合するように。魔央様は少しよろしいでしょうか?校長がお話したい事があるとの事です。本来であれば校長が出向くのが筋ですが、いかがいたしましょうか」


 校長呼び付けるとか一体何様だよ。近くなんだしこっちから行くよ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「呼び付けてしまってすいませんね、万さん。私が貴方の所へ行けば目立ちすぎますので」


「一応探学の生徒ですから、ちゃんとした用があるなら呼んでもらって構いませんよ。応じるかは別ですが」


「天月さんから話は聞いていますが、選考会には参加しないという事で間違いないでしょうか?個人戦はまだ参加可能ですが」


「今の所参加する理由がないですからね。見学だけにしておくつもりです」


「そうですか。万さんが見ているとなると、皆も気合が入るでしょう」


「あーちゃんから話は聞いてますから。僕としても勝手に忖度されたり委縮されるのは気分の良いものじゃありませんからね。まあ任せて下さい。みんなのやる気が出るように鼓舞してみせますよ」


「…穏便にお願いします」


「今回に限っては僕にも原因がない事もないので。悪いようにはしませんよ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「みなさんおはようございます。これより、全国探索者養成高等学校総合技能演習大会の代表選考会を行います。1年生の皆さんは今回が初めてになりますね。難しい事は考えずに、自分の実力を出し切る事だけ考えると良いでしょう。2年、3年の皆さんは、誇りある関東探学生として、諦めることなく、恥じる事のない姿を見せて下さい。それでは始める前に、本日は特別な方をお招きしていますので、ご紹介しましょう」


 校長先生に促され登壇し、壇上から集まった生徒達を睥睨する。ふむ…怖れや嫌悪というよりは、好奇心や疑問といった感じか?…なっちゃんは俺に手を振るんじゃない。


「僕を知っている人もそうでない人も、初めまして。万魔央です。本来であればこうして僕が此処に来る必要はなかったのですが、少し不穏な話を小耳に挟みまして。こうして場を設けて貰った次第です」


 心当たりがありそうな奴は3割くらいか?意外と少ないな…これならでしゃばる必要もなかったか。まあいい。


「まず最初に、北条は不幸な結果になりましたが、僕は基本的にあなた方の敵ではありません。むしろ条件次第では味方と言えるでしょう」


 どんな条件なんだろうと訝しむ教師と生徒達。


「何も難しい条件ではありませんよ。皆さんもご存じの通り、僕は基本的には家に引き籠っています。引き籠りにとって最も重要なものはなんだと思いますか?…まあ普通は分かりませんよね。お教えしましょう、平穏です。何にも憚れる事なく、自宅で好き勝手に過ごせる事が最も重要なのです。残念ながら北条のせいでご破算になってしまいましたが」


 おっといかん。北条に対する殺意が。


「その点皆さんは素晴らしい!決闘騒ぎの渦中の近くにいた事で、親兄弟、マスゴミ等、様々な人たちから話を聞かれた事でしょう。ですが皆さんは黙して語らなかった。沈黙は金なり、口は災いの元、言わぬが仏、好奇心は猫をも殺し、雉も鳴いたら撃たれるのです。黙っていれば問題ないのに、余計な事をしたばかりに酷い目に遭った北条がそうであったように」


 まあ口が軽い奴も中にはいるようだが、とりあえずは良いだろう。働きアリも3割サボってるらしいしな。


「善意には善意を、悪意には悪意を。舐めた真似をした相手は当然叩き潰しますが、そうでないなら話は別です。お互いに尊重し、適切な距離を取る事が出来れば、僕たちは良き隣人であり続けることが出来るでしょう」


「あなた達は恋に、勉強に、ダンジョン探索に、思う存分青春を謳歌すればいい。お互いを尊重している限り、僕は一切干渉しません。誰が相手であろうと、それが誰であってもです」


 やり過ぎた奴は当然排除するがな。


「良好な関係というものは、一方的なものであってはいけません。あなた達が僕について黙っていた感謝として、僕からもあなた達へ感謝を送りましょう。話は変わりますが、この選考会。本選は天獄郷で行われるわけですが…天獄郷、良い所ですよね。万魔のお膝元だけに治安が良くて、観光案内役の黒巫女さん達も、みんな美人で気立てが良い。風光明媚で食べ物も美味しいし、温泉なんて特に最高ですよね」


 突然こいつ何言ってんだと訝しむ生徒達を尻目に語り続ける。


「代表に選ばれた人たちは、当然関東探学を背負って行くわけですから、観光どころではないでしょうが…勿体ないと思いませんか?行きたい観光地ランキング名誉殿堂入りの天獄郷に、大会の為だけに行って、ろくに観光もせずに帰るというのは」


 ピクンと反応する生徒達。食いついたか。


「大会で頑張ったんですからゆっくり羽を伸ばしたいですよね?終わってそのまま帰っても、疲れなんて取れませんよね?色んな所を見てみたいですよね?天獄殿がどんな所か入ってみたいと思いませんか?黒巫女さん達と直接触れ合ったりしたくないですか?」


 聞いている生徒達の目に熱が籠ってくる。そうそう、それで良いんだよ。やっぱやる気になってくれないとね。


「察しの良い人は分かったでしょうか。僕があなた達に提供するもの。見事代表に選ばれた方には!豪華天獄郷旅行2週間を進呈します!それだけではありません。PT戦の代表に選ばれたクラスは、クラス全員を招待しましょう!そして!個人戦で見事選考会本選に進出した32名の方はペアで招待します!」


「この機会に素敵な夏の思い出を作ってみませんか?気になるあの子を誘ってみる絶好のチャンスです。ここで良い所を見せれば、振り向いてくれるかもしれませんよ。この選考会で頑張れば、貴方の夢が叶うかもしれません!ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。出し惜しみせず全力で事を成せば、夢と希望の天獄郷があなた達を待っています!!正々堂々である限り、僕は皆さんの行動を肯定しましょう!!」


 静まり返っている校庭。あれ…これはもしや滑ったのでは?やはり全員招待にした方がよかったのか?いやでもなぁ…そこまですると単なる旅行だし。やる気出させる為の報酬であって、媚び売りたいわけじゃないしな。乗り気じゃないなら止めにするか。万生教の賭けイベントで豪華旅行報酬にしてたしありだと思ったんだけどな。


「皆さん乗り気じゃないみたいですね。ならこの話はなかった事に


『『『うぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉ!!!』』』


「豪華天獄郷2週間旅行だと!?」


「それって決闘の時、万生教でやってたイベント褒賞の豪華旅行と同じなのかな?」


「え、ウソでしょ!?当たった人がどんな内容か呟いてたけど凄かったよ?お金積んでも体験できない内容が盛り沢山だったんだけど!!」


「代表になったら同じ旅行に行けるって事?しかも2週間!?」


「おいおいマジかよ。そんなのどんな子でも誘えばイチコロじゃねえか!俺の時代が遂に来たな!!」


「個人戦に自信がなくてもクラス代表が選ばれれば行けるんだよな!?おい代表!俺たちの夏休みはお前の双肩に懸かってるからな!死んでも捥ぎ取れ!!」


「流石は万魔の後継者!俺たちに出来ない事を平然とやってのけるぜ!!」


「万生教様万歳!万魔様万歳!!万王様に栄光あれ!!!」


『『『よ・ろ・ず!よ・ろ・ず!!よ・ろ・ず!!!』』』


 鳴りやまないシュプレヒコール。今やボルテージは最高潮。これならあーちゃんに忖度なんて馬鹿な事を考える奴は、餌に釣られた飢狼の群れに食い散らかされるだろう。フッ…見たか世界よ。これがコネの力だ。

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