第61話 登校

「まさかこんな日が本当に来るなんて…私は嬉しくて泣いちゃいそうだよ!」


「今日は隕石が降ってくるかもしれない」


「奈月、流石にそれは失礼すぎます。せめてそこは雪ではないでしょうか」


「おはようございます。主様」


 選考会当日。朝からやるらしいので、それなら俺も一緒に学校に行こうかなと早起きした四人娘のそれぞれの反応がこれである。本当に隕石と雪を降らせちゃうぞ。


「そんなに驚くことかな?」


「れーくんが自分から早起きしたのは初めて見た」


「確かにそうですね…ありすに起こされて朝食を一緒に食べる事はあっても、自分からこの時間に起きてきたのは初めてではないでしょうか」


「私は主様とご一緒できてとても嬉しいですが」


 レナちゃんとなっちゃんの反応が酷いんだが…まあそれだけ馴染んで来たって事なんだろう。それが良い事なのかは分からないが。


「誤解しないで欲しいんだけど、俺は特にやる事がないから寝てるだけであって、やる事があるならちゃんと起きれるんだよ」


 そう、俺はやる時はやる男だからな。


「そうだよ。れーくんはやる気がないだけで、やれば出来る子なんだって私は知ってるから!」


 あーちゃんが言うと、うちの子はやれば出来る子なんですみたいな親馬鹿ニュアンスになっちゃうから止めてくれませんか?


「主様の制服姿は初めて拝見しますが、大変似合っております!」


 心なしかふんすと鼻息が荒い紗夜ちゃん。この子はコスプレ趣味でもあるのかな?出会った時の事を考えるに、ありそうだな…気持ちは良く分かるが。制服って良いよね。でも娘につける従者はしっかりと選考すべきだと思うんだよ。これ絶対にヤツの影響を受けてるだろ。

 

「仮面を着ければ完璧」


 なっちゃんも業が深いな…



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 朝ご飯を終えた後、紗夜ちゃんは皆より一足早く通学の為、玄関で見送る。登校自体は10分あれば余裕だけど、あまり遅いと他の生徒の視線がウザそうだからさっさと教室行って寝とくに限るな。一度も登校してないけど席残ってるよな?というかどこが自分の席かも分かんねえな…まあいいや、机の引き出しに何も入ってない所が俺の席だろ。


「それじゃ俺はもう行くから。あーちゃん達はゆっくりしときなよ」


「れーくんもう学校行くの?まだ時間あるよ?」


「早めに教室に行った方が目立たないからね。教室って1-Aだったよね?」


「すぐ準備するからちょっとだけ待ってて!私も一緒に行くからね!」


「わたしも一緒に行く」


「私はもう準備出来てますよ」


 ワタワタと自分の部屋に戻る二人をレナちゃんと一緒に見送る。そんな急がなくても良いのに…まあいいけど。

 まだ登校時間には早いと思うんだが意外と生徒がいるな。選考会だからみんな気合が入ってるのかな?あーちゃん達を見てにへらと笑った後、俺に気付いてビクッとして逃げ出す奴らを尻目に教室に向かう。


「あーちゃんご機嫌だね、なんか良い事あったの?」


「んふふー、まさかれーくんと一緒に登校出来る日が来るなんて思ってなかったからね!諦めてた夢が叶ったよ!」


「登校くらいで大袈裟じゃない?たまに一緒に買い物行ったりしてるじゃん」


「れーくんは分かってない。好きな人と一緒に登下校するのは学生の間だけの限定レアイベント」


「雨の日の相合傘なんかもそうですね」


「学生時代しか味わえないレアイベントを、れーくんはもっと堪能するべき」


「れーくんは女心を勉強した方がいいね。紗夜ちゃんの時もそうだったけど、もう少し考えて発言するべきだよ」


 紗夜ちゃんの件に関しては、もの凄く考えた末の発言だったんだけど。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 教室までの道すがら、すれ違う生徒が全員こっちを二度見してはギョッとするのが笑えるんだが?あーちゃん達が全く気にしてないのは流石というべきなのだろうか。この子達は中学や配信で注目されるのは慣れてそうだしな。教室に入ると一番乗り、というわけではなく、窓際の席に座って外を眺めている女生徒がいた。


「おはよう委員長」


「風音さん、おはようございます」


「風音ちゃんおはよう!」


「あら、みんなおはよう。万王さ…万くんもおはよう」


 俺に会ったにも関わらず全く動じていない。流石は万生教信者だぜ。


「おはよう矢車さん、こんな時間に登校してるなんて早いね。やっぱり選考会があるから?」


「私は何時もこの時間には登校してるの。委員長なので」


 それは委員長関係あるのか?


「そっか。委員長って大変なんだね」


「ふふ。大変なんてとんでもない。良い事だらけで私は委員長に立候補して良かったと思ってるわ」


 委員長になって良い事なんて内申稼ぎくらいしか思いつかんぞ。


「それじゃ委員長。せっかくだし俺の席が何処か教えて貰ってもいいかな?」


「ここよ万くん。きみが何時来ても大丈夫なように毎日座って席を温めているの」


 すっと立ち上がり、席を引いて着席を促される。こいつもぽんこつ枠だったか…最初に常識人枠で登場するの止めてくれるか?ちなみに俺の席はあーちゃん達に包囲されていた。穴熊かな?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 クラスメイトが登校してくるにつれ、普通は賑やかになっていくはずなんだが…今の1-Aはお通夜状態で滅茶苦茶居心地が悪かった。いや、お通夜状態というよりチラチラ窺こちらを窺う視線とコソコソ話してる奴だらけというべきか。ある意味当然だろう。入学当日に大喧嘩して停学処分を受けた札付きの不良が登校してるようなもんだからな。この扱いも甘んじて受け入れよう。どうせ先生が来るまでの辛抱だ。

「魔央様、おはようございます!この無常鏡花。魔央様が登校されるこの日を、一日千秋の思いで待ち侘びておりました!」


 うーん。信頼と安心の万生教クオリティ。何だこれ。なんでこんな晒し者にされてるの。ク〇ラじゃないんだから気が向けば登校するよ。気が向かないだけで。


「ご出席、おめでとうございます!」


 矢車さんが立ち上がりパチパチと拍手をする。続いてあーちゃん達が追随し、教室のみんなが立ち上がって拍手の輪が広がる。なにこの嫌がらせ…迎えを拒否した事に対する意趣返しかな?


 みんなが取り憑かれたように拍手をし続け、一向に止む気配がない。えぇ…これもしかして、俺が何か言うまで続けるつもりなのか?教室を見渡すが、一部を除いてみんな必死で拍手をしている。カルト宗教のセミナーかな?恐ろしいまでの同調圧力。流石にいたたまれないので早く終わらせよう。仕方なく立ち上がり、すっと左手を上げる。途端鳴り止む拍手。訓練されすぎでは?


「えー、どうも。皆さんお久しぶりと言った方が良いのでしょうか。万魔央です。歓迎して下さるのは嬉しいですが、登校している僕は、基本的には皆さんと同じ一生徒に過ぎませんし、前にも言いましたが僕はいない者として扱ってくれれば良いので、こういった行為は不要です。様付けとかも止めて下さい。普通に万で良いです」


 お前らこれイジメだからな?ほんと止めろよ。


「(盛大な拍手で迎えなきゃって言われたから練習したのに)」


「(でも本人嫌がってない?)」


「(意外とまともなのかな?)」


「(こうしてみると、全然強そうに見えないよね)」


「(むしろ普通?)」


「(様付けも不要だって。万君って呼んでいいのかな?)」


「(本人が許可出してるから良いんじゃない?そういえば委員長も万くんって言っ

てるよね)」


「(意外と理不尽な奴じゃないのか?話せば通じる系?)」


「(天月さんが絡まなきゃ、まともなんじゃないの?)」


 皆がどう思ってるか知らないけど、変なちょっかい掛けてこない限り、僕は悪い万魔央じゃないよ。

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