第57話 可か否かと言われたら

 北条家の当主との直接面談は、今週の土曜日に決まった。速やかに面談が決まったのは、やはりあちらとしても家出娘の事が心配だったのだろう。そのまま連れ帰ってくれれば最高なんだが。



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 土曜日、あーちゃんとなっちゃんは既にダンジョン配信の為に探恊へ。レナちゃんも無常さんとの1日特訓デーの為、既に家にいない。そういや隣に本格的に引っ越ししたいので、土日五月蠅いかもしれないが大丈夫でしょうかと聞かれたっけか。


 職場にはここから通うのか?というか何の仕事なんだろう?レナちゃんの指導係?その辺どうなってるか今度確認しておこう。…そういえば、紗夜ちゃんも中学にここから通う事になるのか?目立ちまくりじゃん…外では俺の事は口外しないように言っておかないとな。


「そろそろ時間だし、紗夜ちゃん行こうか」


「主様、行くとはどちらへでしょうか」


 ピコピコと頭の熊耳が動く。無駄に高性能だな…紗夜ちゃんの動物耳カチューシャシリーズは、俺以上にあーちゃん達に好評だった。なっちゃんがハムスター耳を付けた時は思わず頭を撫でてしまうくらいにほっこりしてしまった。その後、事ある毎に家の中で付けるのは止めて欲しいが。俺としてもけも耳天国を否定したくはない為、家の中限定でOKなルールが出来上がったのだ。


「探恊だよ。探恊第三支部。用があるから紗夜ちゃんも一緒に来てね」


「御義姉様達に何か御用が?忘れ物でしょうか」


 歓迎会の翌日、この4人はすっかり仲良くなっていた。紗夜ちゃんは三人を御義姉様呼びしてるし、三人もまんざらでもない様子だし。流石にこの状態で、俺の一存で紗夜ちゃんを北条に突き返すのはちょっと可哀想かなと思うので、北条当主から直接戻るように説得させるのだ。


 ふふん。時代錯誤の中世かぶれの禁忌領域勢だ。当主から強く求められれば頷くより他はあるまい。親のいう事だからあーちゃん達も口出ししないだろう。なに、会いたければ休みの日にでも会えば良いんだ。何の問題もない。


「まあまあ、ちょっと用事があるだけだから。ちょっとしたデートだと思って気軽についてきてよ」


「デートですか!今すぐ準備しますので、お待ち願いますでしょうか」


 とりあえず上機嫌にさせといて、不意打ちで父親に会わせて思考停止させた後、速攻で勝負を決めてしまおう。悪く思うな紗夜ちゃん。これも君の為だ。


「♪♪♪」


 めっちゃ機嫌が良い紗夜ちゃんを連れて探恊第三支部に向かう。シンプルな白いワンピースが非常によく似合っている。素材が良ければ余計な物は必要ないとでも言わんばかりの直球ファッションだ。そして頭にリボンのついた麦わら帽子、これもまた綺麗な黒髪と白いワンピースと相まって、どこぞのご令嬢が避暑地でお忍び旅行している感じを醸し出している。


 …この純朴な男を殺すような清楚ファッション、間違いなく例の紗夜ちゃんのお世話をしていた奴の差し金だな。こんな街中で麦わら帽子被る奴なんていねえよ!!でも似合ってるから何も言えない。むしろメイド服でないだけマシだと思った方がいいだろう。

「おはようございます。万ですけど、部屋借りに来ました」


「これはこれは万様。お待ちしておりました。すでに部屋の準備は出来ていますのでそちらでお寛ぎください。お約束の時間は13時と伺っておりますので、まだ先方は到着しておられませんが」


「それは全然大丈夫です。来たらそのまま通しちゃってください。部屋でダラダラしてますので」


「それではご案内いたします」


 チラッと紗夜ちゃんを見るも、何も言わずにそのまま案内される。余計な事は尋ねない。非常に出来た人だ。俺とは真逆だね。受付で俺の名前を呼んだからか、チラチラとこちらを窺う視線を感じるが、俺と目が合った途端バッと逸らす。


 おいおい、ギルド定番の、女連れで遊び気分で探恊来てんじゃねえよムーブはいつ来るんだ?


『なにお前みたいな青瓢箪が一丁前に女連れて探恊来てんだ?お、よく見りゃ随分と綺麗なお嬢ちゃんじゃねえか。俺が代わりにエスコートしてやるから青瓢箪は帰ってママのおっぱいでも飲んでな!ギャハハハハ!』


 とか言って絡んでくるもんなんじゃないのか?くそ、お前らにはガッカリだよ!!結局誰も絡んできてくれなかったので、無事部屋に辿り着いてしまった。


「それではこちらでお寛ぎください。何かありましたらそちらのインターホンで伝えて頂ければ対応いたしますので」


「有難うございます」


 お互いぺこりとお辞儀をして、案内人さんが部屋を出る。さて、北条当主が来るまで寝るか。スマホでアレナちゃんねるを垂れ流してテーブルにセットし、ソファに座る。


「1時頃まで暇になるから、紗夜ちゃんも好きにしていいよ」


「はい。主様はどうされるのですか?」


「俺は1時まで配信聞きながらこの部屋でダラダラしてるから。紗夜ちゃんも自由にしていいから、外出しても良いし。でも1時までには帰って来てね」


「それでは私もここで寛がせて頂きます」


「…それでいいならいいけどね」


 アレナちゃんねるをなんとくなく見る。E級ダンジョン配信なんて面白くもなんともないのだが、視聴者10万人とかマジかよ…どれだけ暇人多いんだ。


「…御義姉様達のダンジョン配信は人気があるのでしょうか」


 紗夜ちゃんがぽそりと呟く。質問なのかな?聞きたいなら普通に聞いてくれたらいいんだが。


「結構人気あるんじゃない?北条との決闘で認知度は圧倒的だろうし。休日で、見てもつまらないE級ダンジョン配信なのに、開始早々視聴者10万人は異常だよ。まあコメント見る限りは…」


 流れていくコメントは、先日にあった決闘と俺に関するコメントが多い、というかほとんどがそうだな。俺と関わる事もないだろうに、俺の事知ってこいつらどうすんの?俺はアイドルでも公人でもないんだが。こいつらは自分たちの行動が北条の轍を踏む可能性を考えてないのかね。


「ま、もうしばらくすればコメントも落ち着いてあーちゃん達を見たい人だけになるんじゃないかな。興味があるなら見てると良い。ここ触ったらコメント消したり表示したりできるから」


「はい、ありがとうございます」


 アレナちゃんねるをじっと見る紗夜ちゃん。まあ良いけど。飽きたらどこか行くだろ。さて俺は寝るか。やる事がない時は寝るに限る。その点の〇太って凄いよな。3秒あれば寝られるんだぜ。見習わなければ。

 …ふぁあ…ん?


「主様、お早うございます」


 紗夜ちゃんが俺に声を掛けてくる、が…なんで俺の真ん前に紗夜ちゃんがの顔があるんだ。ええ…なんだこれ、なんで膝枕されてんだ?…これも奴の入れ知恵なのか?そうだろう、そうに違いない、そうに決まっている!おのれ北条の悪魔め!!いや嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいけど、何もここでする必要なくない?今から君のお父さんに会うんだよ?あ、言ってなかったわ。とりあえず起きよう。


「おはよう万魔央君。娘の膝枕はよく眠れたかな?」


「…おはようございます」


 なんでいるんだよ!いるなら起こしてよ!!

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