第54話 良い考え≠

 パタンとドアを閉める。ふぅ…よし。ドアを開ける。


「にゃーん」


 パタンとドアを閉める。ふぅ…よし。夢じゃないな。


「ちょっとあーちゃん!?あーちゃん!!??」

「…なるほど。2日前からあそこに居たと」


「はい、れーくんに会ってもらうよう聞いてみるといっても、出てくるまで待つと引かなくて」


 なるほど…屑があーちゃんと接触した時の事を反省して、俺と会えるまで待ち続ける事を選んだと…しかも三顧の礼にちなんで三日間!その心意気やよし!過去に学び反省をして次に活かす!北条にも立派な奴がいるじゃん、気に入った!!


 …とかなるわけねぇだろ!怖ぇよ!!人の家の前で三日も野宿とか風評被害ヤバいだろ。なんか噂になってるらしいし。あの家の万魔央とかいう奴、いたいけな美少女に猫耳メイドコスさせて外に放置してるんだぜ?とか、コスプレ放置とかいう異常性癖持ってるとか噂されたらどうすんだよ!やってる事があの屑より性質悪いんだが!


 あーちゃんも気に掛けてるし、強制排除はし辛いな。あの娘は色んな意味でヤバい。早々にお引き取り願おう。


「話は大体わかった。俺に良い考えがある。任せてくれ」

 玄関のドアを開け、外に出る。紗夜ちゃんに近づく俺をドア越しにそっと見守る三人娘。


「うなーん」


 …くそ。破壊力たけぇな…この作戦を考えた奴は天才か?こんな捨て猫いたら男なら思わず拾っちゃうだろ!!…そう、普通ならね。だが相手が悪かったな。俺は普通の対極にいる男。確かにこの紗夜ちゃんはとっても可愛いが、関わったら碌な事にならないと俺の直感が告げている。穏便にさっさとお帰り願うが吉よ。


「えっと…あーちゃん達から聞いたけど、北条紗夜さんだよね?」


「はい。おめもじ叶いましたこと、誠に恐悦至極に存じます。北条紗夜と申します」


 言葉遣いが固すぎるんだが。え、何時代の人?


「俺に会いたいって事だけど、別にもう北条に対して何も思ってないからさ。今回の件も問題にする気はないし、お家に帰っていいよ?」


 というか帰ってください。お願いします。


「寛大な処分、痛み入ります。ですが私は北条を出奔した身。帰る場所などございません」


 え?出奔?家出の間違いだよね?…これはあれだな。深く聞いたらダメなやつだ。警察案件だろ。とりあえず家では面倒見れないから警察の御厄介になるように言い含めよう。


「そっか。でもまぁ、見ての通り家には可愛い女の子が三人もいてね。家事もしてくれてるからメイドさんは募集してないんだ。それに残念だけど俺は猫派じゃなくて犬派なんだよね。しかもミニチュアシュナウザーしか愛せない性質でさ。いやぁ困った困った。寄る辺のないこんな可愛い娘なら喜んでメイドさんとして雇ってあげたい所だけど、猫派と犬派は決して相容れない。相性が悪いのは如何ともしがたい。悪いんだけどお引き取りねが…


 紗夜ちゃんはガサゴソと、何やらマジッグバッグを漁り猫耳を外して付け替える。


「くぅ~ん」


 こいつ…まじか…!なんでミニチュアシュナウザーの犬耳カチューシャなんてキワモノ持ってんだよ!意味わかんねえよ!!しかも尻尾まで変わってんだが?魔道具かよ!!


 こちらをまっすぐ見つめる瞳。ここで引いてはダメだ。間違いなく押し切られる未来が見える…あかん、俺にはどうしようもない。こんな時はそう、助けてくれ、あーちゃん!


 救いを求めて三人娘が居るドアを見やる。めっちゃジト目でこっち見てるんだが…

くぅん。

「もう、本当にもう!れーくんはダメダメなんだから!!」


「そんな事言われても…まさかミニチュアシュナウザーの犬耳カチューシャ持ってるなんて思わなかったし…」


 芝犬やプードル型を持ってるなら分かるんだけどさぁ。まさか持ってるとは思わないじゃん?あれなに?北条領ってあんなの売ってるの?


「女の子がお風呂もろくに入らずにずっと野宿してたんだよ?1日くらいお家でゆっくりさせてあげないと!」


 あ、そっちっすか。さーせん。でもなぁ、頼んでもない事勝手にやってた責任取るのもおかしな話だよね。


「今お風呂入ってもらってるから、そしたら何でここに来たのか話を聞こうね」


 聞いたらお終いな気がするんだけどなぁ。

 というわけで、紗夜ちゃんがお風呂から上がった後、リビングで話し合いとなったわけだが…これどうすりゃいいんだ?沈黙が気まずい。紗夜ちゃんは土下座の姿勢のまま顔を上げようとしない。これはあれか?表を上げよとかそういうこと言わないと駄目なやつなのか?これだから中世かぶれの禁忌領域領は…


「とりあえず、紗夜ちゃんでいいのかな?話が出来ないし顔上げて貰っていいかな?」


「はい、魔央様の御尊顔を拝し奉る栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」


 古いし固いしやっぱこの娘怖いんだけど…


「もうちょっと気楽な言葉使いでお願いしていいかな?似たような年齢だし、そんな畏まられても困るんだよね」


「魔央様がそう仰るのなら、その通りに致します」

 

 …もういいや。


「で、何の用で家に来たの?別に変な事しに来たわけじゃなさそうだし、話聞くだけなら聞くけど」


「ありがとうございます。まずこちらに来ましたのは私の独断であり、北条とは関わりない事をご承知おき下さい」


 まあ、何か裏があるならこんな女の子をあんな恰好で寄越したりしないわな。完全に喧嘩売ってるからなあれ。


「こちらに来ましたのは、是非とも私を魔央様のお側に置いて頂きたいが故でございます」


 ピクンと三人娘が反応する。


「へぇ…それは一体どういう意味で言ったのかな?」


 断るで終わる話なのに、なんで口挟んじゃうの?


「はい、ありす様。言葉の通り、魔央様のお側にてお仕えさせて頂ければと」


「先ほどれーくんが言ったと思いますが、この家の家事に関しては私とありすと奈月で分担して問題なく回っています。人を新しく雇う必要はありません」


 おう、言ってやれ言ってやれ!なんとしても追い返すんだ。


「はい、レナ様。ですがお三方とも学生の身でしょうから、家事に関して手の届かない所も出てくるでしょうし、お仕えさせて頂くことに関しても給金などは必要ございません」


「それを言うなら紗夜ちゃんはわたしたちの二歳下。学校に通う必要があるのは紗夜ちゃんの方」


「はい、奈月様。私の事でしたら問題ございません。既に中学三年までの学業の範囲は終わっております」


 問題しかねえよ。義務教育だろ、中学行けよ。学校ってのは勉強する為だけに行く所じゃないんだよ。三人娘がチラっと俺を見る。うーむ、これはやはり俺がビシッと行ってやらなきゃ駄目だな!


「そもそもの話、なんでここに来れた?紗夜ちゃんって北条家の人だよね?北条領に住んでなかったとか?誓約に引っかからない?」


「はい、魔央様。私は生まれも育ちも北条領でございます。私が此処に来たのは、私自らが強く望んだからこそですが、結果として私が魔央様の側にいる事が北条領の為になりますので、誓約的に問題にはならないかと」


 …ん?どういうこと?俺の近くに紗夜ちゃんが居る事が、北条家の為、ひいては禁忌領域守防衛のためになる?…ああなるほど。


「つまり、禁忌領域で何かあった時の為に、俺の側に居れば、俺が何かしら便宜を図ってくれると期待してって事か?」


「はい、魔央様が北条の、禁忌領域防衛のために動いて下されば北条にとっては大変頼もしく、喜ばしい事ですが。私にとっては些事ですので関係ございません」


 北条当主が送り込んできた訳ではないのか?この子、禁忌領域のこと些事とか言っちゃってるし。ちょっと誓約ガバガバ過ぎたか?俺に金輪際関わるなくらい付けとくべきだったな。


「私にとっては魔央様のお側にいる事が第一ですので。誓約がありますので先ほど申したような詭弁を弄して出奔いたしました。北条への想いは嘘ではございませんが、私から北条に何かをして欲しいといった望みは欠片もございません」


「じゃあなんでここに?北条の為でもない、禁忌領域の為でもない、俺の力を利用する為でもない。なら俺の側で何するの?…ああわかった。決闘で死んだ人に身内でもいた?敵討ちとか?」


「はい、決闘では叔父様と兄上が亡くなりましたが、両者合意の上、生死不問の決闘で死んだからと言って、お恨みする事はありません。私が魔央様のお側を望むのはいたって単純、お慕いしておりますればこそ」


「は?なんか変な言葉が聞こえたんだけど」


「はい、私が魔央様をお慕いしているので、お側に置いて欲しいとお願いいたしました。端的に言って一目惚れです。ラブです。どうぞ末永くお側に留め置き、ご寵愛下されば、この上ない至上の慶びでございます」


「「「「はあ!!??」」」」


 紗夜ちゃん以外の全員の声が、見事にハモった。

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