第53話 捨て猫

「それじゃれーくん、行ってくるねー」

「れーくん行ってきます」

「れーくん、行ってきますね」


 決闘の翌日。いつも通りに夢の中のれーくんに挨拶をして、三人一緒に学校へ向かうべく、玄関のドアを開け―――


 ???ばたんと閉めた。


「ありす、早く学校行こう」

「どうしたんですか?忘れものですか?」


 いやいやいや…え?今の何?凄く変なものが見えたんだけど?


「奈っちゃん、ちょっとドア開けて貰っていいかな?」

「?別に良いけど」


 奈っちゃんがドアを開け、そしてぱたんと閉めた。


「どうしたんですか?奈月まで。早く行きますよ」


 レナちゃんがドアを開ける。沈黙の時間が流れ…くるっと振り向き、ムニっと私の頬を摘まんだ。


「にゃ、にゃにレナひゃん、いひゃいいひゃい」


「ふぅ…夢じゃないようですね。という事はあれは現実ですね」


「自分のほっぺで試してよ!」


「すいません、あまりの出来事に理解が追い付かず…どうしましょう。とりあえず話

しかけた方がいいですよね?場所が場所ですし」


「そうだね。最悪れーくん起こせば何とかなる…のかな?」


「そうと決まればさっさと済まそう。遅刻する」


 誰だろうあの子。凄く可愛い娘なんだけど…なんでこんな格好してここに?おそらくというか間違いなく、れーくん絡みなんだろうけど…


「あ、あのー、初めまして…ですよね?えっと、ほうじょう、さよさんで良いですか?」


「はい、初めまして。天月ありす様、星上レナ様、日向奈月様。私、北条紗夜と申します」


「えっと…その北条、紗夜さんは一体何をしておいででしょうか?」


「私の事は紗夜と呼び捨てで呼んでくださいませ。ありす様より2歳年下ですし、何よりこれから仕える方の姉君様ですから。そちらのお二人も、どうぞ気兼ねなく紗夜とお呼びください」


「(ちょっとレナ、この子凄くヤバい感じがする)」


「(ええ…れーくんに用があるのでしょうか?それに北条…このタイミングでしたら、領域守護の北条家でしょうか)」


「え~、姉君様なんて照れちゃうなぁ。で、紗夜ちゃんはなんでそんな恰好でここに居るの?北条って事は、れーくんに何か用事があるのかな?」


「はい。ありす様の御推察通り、万魔央様への拝謁をお願いしたく、この場でお待ちしておりました」


「そっかー、れーくん今寝てるからなぁ。いつ起きるか分からないし、学校終わる頃にまた来てみたら?」


「いえ、北条の身でありながら分不相応にも拝謁をお願いするのです。魔央様が外に出て来られるまで、ご迷惑でしょうがここで待たせて頂きたいと思います」


「ええ…それは流石に…どうなんだろ?学校の敷地内とはいえ女の子一人放っておくわけには…」


「ご心配頂きありがおうござます。ですが、これでも多少は護身の心得もございます。私の事は気になさらず、学校へ行ってくださいませ」


「ありす、ここでずっと問答してたら遅刻する」


「うぅ…紗夜ちゃんだっけ、無理しちゃダメだからね?またいつでも来ていいから」


「はい、寛大なご配慮、感謝いたします。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 放課後、寄り道することなく自宅へと帰る。朝出会った不思議な女の子、北条紗夜ちゃんの事が気にかかったからだ。


「レナちゃんどう思う?紗夜ちゃんまだいると思う?」


「私はまだいると思う」


「私もいると思います」


 当然私もいると思ってる。凄く可愛いけど凄く頑固そうというのが第一印象だったから。


「皆様、お帰りなさいませ」


 案の定、紗夜ちゃんと名乗った女の子が、朝と同じ格好をして家の前に居た。


「紗夜ちゃん…もしかして、ずっといたの?」


「はい。魔央様がいつ出て来られるか分かりませんので」


「…誰かに話しかけられたりしなかった?」


「何人かは話しかけてこられましたが、事情を話しますと納得して帰られました。他の方々は遠巻きに眺めるだけでしたが、私と目が合うとどこかへ行かれてしまいました」


 うわぁ…もうこれ絶対噂になってるよ…どうしよう?やっぱり今すぐれーくんに会ってもらった方がいいよね。


「えぇ…ご飯とか大丈夫?食べた?」


「はい。一か月分の携帯食をマジッグバックに用意しておりますので、当面は問題ありません」


 …この娘、一カ月も粘るつもりで来てたの!?駄目だよ。れーくんに今すぐ会わせなきゃ。


「…れーくん、呼んでくるね」


「ありす様。大変申し訳ありませんが、そのような配慮は無用にございます。これは私の身勝手で魔央様に拝謁すべく行っておりますので、魔央様が私に配慮するなど畏れ多い事でございます」


「ええ…でも…」


「紗夜さんでしたね。あまり言いたくないのですが、そのような格好でそこに居座られると、外聞的にも万さんに迷惑を掛ける事になります。万さんには私たちの方から伝えておきますので、また明日、この時間に来てもらえませんか?」


「レナ様、過分な配慮痛み入ります。ですが、これは約束を違えてまで魔央様に会う事を望んだ、愚かな私への自戒も兼ねておりますので。ですが確かにここで待ち続けては衆目の視線を集めるのも確かです。畏れ多い事ですが、門の中で待たせて頂いてもよろしいでしょうか」


「(ありす、どうします?おそらく帰れと言っても帰りませんよこの娘は)」

「(私もそう思う。この子はやばい)」

「(とりあえず門の中で待ってもらって、れーくんに伝えて解決して貰おうか)」

「(それがいい)」


「そ、それじゃ、門の中で待っててもらおうかな?」


「ありがとうございます」


「じゃ、じゃあ私たちはお家の中に入ろっかなー。れーくん起きてるかもしれないしなー。一緒にどこか出掛けよっかなー」


「ありす様。私のような者に配慮して下さるお気持ちは嬉しいのですが、どうか魔央様にはご内密にお願いいたします。伏してお願い申し上げます」


「はわわわわ!?っだだ駄目だよ女の子が土下座なんて!?ほら顔上げて!!」


「どうか、なにとぞお願いいたします」


「分かった!分かったから!れーくんには内緒にしとくから!ね、二人とも!!」


「分かりました。万さんには言いませんのでご安心を」


「内緒にしておく」


「寛大な配慮、痛み入ります」


 うぅ…大変な事になったよぉ…

 翌日。ドアを開けると紗夜ちゃんが居た。


「皆様、おはようございます」


「…おはよう紗夜ちゃん、もしかして…ずっとそこに居たの?」


「はい。流石に…その…お花を摘む時は席を外しますが。それ以外で離れるわけには参りませんので」


「夜は?どうしてるの?流石にどこかに泊まってるよね?」


 寝る前にチラっと見た時はいなかったから、宿に帰ったと思ってたけど…


「今の時期は夜は寒くありませんし、天気も当分は崩れることもないですから。毛布があれば事足りております」


「…れーくん呼んでくるね。女の子が野宿なんて…そこまでしてれーくん待つ必要なんてないよ!」


「おやめください!…どうか、どうか…お願いいたします。これは私の、北条としてのけじめなのです。ご迷惑とは存じますが、どうか…この通りでございます」


「うぅぅ~、レナちゃーん!」


「私もありすと同じ気持ちですが…北条が万さんと揉めた事もまた事実です。おそらく今れーくんと会わせても問題ないと思いますが…この件に関しては私も奈月も完全な部外者ですので、ありすの判断に任せます」


「レナ様、奈月様、有難うございます。ありす様、どうか私の我儘を聞いてはいただけないでしょうか」


「…わかった。けど…辛かったらその時はちゃんと言ってよ?約束だからね?」


「はい。有難うございます」

「皆様、お帰りなさいませ」


「ただいま紗夜ちゃん。大丈夫?そろそろ辛くならない?」


「大丈夫です。この程度でへこたれていては北条の名が廃ります」


「うぅ…!そうだ!お風呂入らないと!れーくんと会う時に汚かったら北条の名が廃るでしょ?お家のお風呂貸してあげるから一緒に入ろ!!」


「お気遣い有難うございます。その点に関しましては深夜、人目がない事を確認してみそぎをしておりますのでご安心を」


「禊?」


「簡単に言えば水を頭から被って汚れを落とす事ですね」


「風邪ひいちゃうよ!?」

「あのね、れーくん」


「なに?あーちゃん」


「えっとね…最近私たちが学校行ってる間どうしてるのかなーって」


「いつも通りだけど。寝たりネット見たりゲームしたり」


「そっかー。どこか出かける用事とかないのかな?」


「特にないけど。決闘なんてかったるい事したし、当分は健康の為にも家から出ずに引き籠るつもりだよ」


「…そっかー」

「皆様、おはようございます」


「…おはよう、紗夜ちゃん」


「おはようございます、紗夜さん」


「紗夜ちゃんおはよう」

「皆様、お帰りなさいませ」


「…ただいま」


「紗夜さん、ただいま帰りました」


「紗夜ちゃんただいま」


 パタンとドアを閉める。


「もう駄目だよ、限界だよ!!あんな可愛い女の子が毎日野宿なんて耐えられないよ!!」


「学校でも噂になってますからね。変な女の子を校内で見かけるけど、あれは誰だって。流石にこの家に直接確認に来る人はまだいませんが、初日に目撃者はそれなりにいますし、好奇心に負けてここに来るのも時間の問題でしょう」


「れーくんは当分家から出ないみたいだし、ありすどうするの?」


「れーくんに紗夜ちゃんの事言わなきゃいいんでしょ?というかもう私が限界だから!耐えられないから!紗夜ちゃんには悪いけど、今すぐれーくんに会ってもらうよ!!」

「れーくん、ちょっといいかな?」


「別にいいけど」


「あのね、変なお願いなんだけど、ちょっと玄関のドア開けて家の外まで行ってくれないかな?」


「何それ。意味が分からないんだけど」


「お願い!パッと開けてサッと帰って来ていいから。この通りだから!本当にお願いしますっ!!」


「えぇ…何でそんな必死なの?そのくらいなら全然いいけどさ…」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 


 玄関のドアを開けて外に出ろって、一体それに何の意味が?全く分からん。大した手間でもないしさっさとすまそう。ぱっと玄関のドアを開けて外に出―――――は?


【ひろってください

 ほうじょう さよ】


「にゃー」


 あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ!俺が玄関のドアを開けたと思ったら、メイド服を着た猫耳カチューシャを付けた黒髪美少女が段ボールで捨てられていた。 

 

 な…何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何を見たのか分からなかった…頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか妄想だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ…もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

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