閑話 北条紗夜
来る時は騒がしかった。皆やる気に満ち溢れ、勝利の暁には万魔に何を要求しようかと笑いながら話していた。捕らぬ狸の皮算用とはよく言ったものだ。このような結末を想像した者は誰もいなかっただろう。
満臣と鵬厳は万魔央の魔法により重症の為、近くの病院へと緊急搬送された。助かるかは半々、いやもっと低いかもしれない。満は父親の側にいる為に病院へ付き添い、教員だった真田真子はフラフラとした足取りで何処かへ去った。妻の康子は万魔央が寝ている時に防御結界を破壊しようとして試作型極光を使い昏倒、未だ目を覚ます気配はない。半数、実に半数が命を落とした。そのうち私を含めた当事者が三人も生き残るとは…
これでは誰が起こした決闘なのか分からぬ。首謀者が揃いも揃っておめおめと生き恥を晒すなどと…だが死ぬわけにはいかなかった。泰正に続いて私まで死んでしまえば、北条は、北条領は、掃けば吹き飛ぶ埃の様に容易く消えてしまうだろう。誰かに後事を託すとしても、それはこの敗北による皆の怨嗟を私が全て受け止めてからの話だ。
私が真皇平原で死ねば…私が成り果てた真皇兵をこの手で討たんと、皆が奮起する一助にでもなればいいが…いやいや、無駄に脅威を増やしてなんとする。
帰り道、決闘の動画を見る。ふ…ふははは…車内に乾いた笑い声が零れる。どれだけ万魔央が異常なのか、どれほど我らが滑稽なのか。必死な形相の我ら。気にもせず寝続ける万魔央。動画のコメントには嘲笑が溢れかえっている。やがて万魔央が起き、そしてその力を見せつけ…コメントは、いつしか北条への擁護と温情を求めるものに変わっていき、極光を無傷で乗り切った後の1対1の決闘の最中、北条を、私を応援するコメントに変わっていた。
――――この決闘に、果たして意味はあったのか。皆が命を投げ出すほどの価値があったのか…いや、なくてはならないのだ。この決闘に意味はあり、皆が命を投げ出したからこそ繋がったのだと、この決闘があったからこそ真皇兵原羅将門は解放されたのだと、そこへ繋げる為に、私は生き恥を晒す決意をしたのだろう!
鎌倉城に着くまで飽きることなく見続けた。この決闘の滑稽さを、無様さを、必死さを、結末を。余すことなくこの身に刻み込む。全ては北条の為に。やがて鎌倉城に着いた時…そこには、大勢の北条の民達が、私を待ち構えていた。
・
・
・
・
「御父様、夜分遅くに失礼いたします。まだ起きておられますか?」
同日深夜。私室にて休む私の元へと紗夜が訪ねてきた。このような時間に一人で来るなど…此度の決闘に関して何かしら思う所があったのだろうが。話を聞く為に私室へと招き入れる。
「この様な時間に一人で来るとは…そのような躾をした覚えはないぞ」
「申し訳ございません、御父様。ですが内密に、なるべく早くお伝えしなければならないと思いましたので。人目に付きにくい時間帯を選ばせて頂きました」
「そうか…で、話とはなんだ?決闘での事ならば…私の力が足りぬばかりに、お前の兄を死なせてしまった…どれだけ誹られようと甘んじて受け止めよう」
「いえ…兄上様の事は確かに悲しいですが…誇りにも思っております。あのような状況で立ち直り、見事一矢報いられたのですから」
「そうか…お前にそう思われたのならば、泰正も少しは浮かばれよう。あやつはお前の事を大切にしておったからな…それで、泰正の事でないならば、一体何の用だ?」
「はい。…御父様。今この時をもって、紗夜は北条にお別れを伝える為に参りました」
「お別れ?どういうことだ?何か不治の病でも患ったのか!?」
「いいえ。
「な!?血迷ったか紗夜!!お前は此度の決闘がどういう経緯で行われたか知っていよう!!」
「はい、十分に。大道寺家の満様が万魔央様の姉君、ありす様に接触したのが原因でございます」
「それが分かっているのならば、なぜそのような事を言う!!お前は北条を滅ぼしたいのか!!」
「無論、そのような意図はございません。むしろ逆でございます。北条が生き永らえるために、万魔央様の元へ参ると申し上げているのでございます」
「どういうことだ?…考えていることを申してみよ」
「はい。此度の決闘の敗北により、北条は今後300年に渡り、無償で禁忌領域の防衛を担う事になりました。御父様が帰られた時、驚いたでしょう?皆、御父様の事を心配してくださったのですよ?」
「ああ…私を袋叩きにでもするつもりかと思い、覚悟を決めて車から降りたのだがな…まさか労われるとは思わなんだ」
「北条領に住む者全て、とは言い切れませんが。それでも多くの人たちは、御父様や成孝叔父様たちのなされたことを受け入れておりましょう。禁忌領域解放の為、尽くすつもりもありましょう。ですがその気持ちも、代を重ねるにつれ薄れていくのではないでしょうか。今までの熱量を維持したまま、
「…それは分かっている。だがやらねばならんのだ。その為に私は生き延びたのだから」
「御父様の決意に水を差すつもりはありません。ですが
「それが万魔央の元へ行く事だと?」
「はい。魔央様の元へ行き、端女でも下女でも構いません。誠心誠意尽くす事で、北条と魔央様との仲を繋いでご覧にいれましょう」
「…確かに、お前には一度万魔央の元へ嫁ぎ、北条の礎となれと命じはしたが…あの時とは最早状況が違うのだ。お前が自らを犠牲にする必要はない」
「ふふ、大丈夫ですよ御父様。これは
「何故そう言い切れる?満が万の姉に接触した事でかような事態になったのだ。お前が接触して同じことが起こらないと言えるのか?」
「断言はできませんが。北条が決闘で負けてより、
「あの内容の何処にそのような甘っちょろい要素があると?」
「そもそも魔央様は会見の際、北条を子々孫々、奴隷の如く、馬車馬のように働き続けろと言われておりましたが、誓約書の内容にそのような文言は載っておりません。
300年間、禁忌領域が解放されるまで無償で防衛しろとありますが、禁忌領域よりみなを守り続けるのは元より北条が成し続けてきた事。
防衛の任で報酬なども貰っておりませんよね?兵の皆さんの給料がそれに当たるかもしれませんが、衣食住は保障されており、防衛に必要なものも問題なく支給されます。最低限と銘打ってはいますが、何をもって最低限とされますか?娯楽も酒も嗜好品も、防衛の為に士気を維持する為必要とならば、最低限の内となるでしょう。
各種特権や優遇措置はなくなりますが、それによって開いた穴も、防衛の為に必要ならば補填されるのでは?
加えて最後の文言、これらはこの決闘の配信を視聴していた一千万人の総意である。これは一千万人の承諾を得れば、誓約の内容を破棄、もしくは変更できると捉える事もできるかと」
「……確かにそう捉える事も出来なくはないが。そのような屁理屈を言った所で、万が認めるとは到底思えん」
「はい。北条が何も成さず、ただ求めた所で決して認めては下さらないでしょう。可能性があるとしたら、そう…真皇を北条が討ち倒し、羅将門の存在を公にした時でしょうか」
「真皇の打倒か…確かに。万の言ったことが嘘か誠か。それを確かめねばな」
「とはいえ、北条が300年以上倒せずにいる難敵であることも事実。無理を押して倒したところで、解放できなければ今までの苦労も水泡に帰しましょう」
「つまりお前は、真皇打倒の助力を得るために、万魔央の元に参ると?」
「それもありますが…いえ、はっきり申しましょう。それは建前です。
「……はぁ…あの男はろくでもないぞ。直接対峙した私だからこそ断言できる。それに此度の決闘の発端、金輪際北条が万魔央に関わらないという約定が無くなったわけではない」
「承知しております。しかしあれは満様が悪うございます。謝罪を直接ありす様ではなく、先に魔央様に会い、その旨を伝えていれば、このような事にはなっていなかったでしょう」
「むぅ…しかしな…これ以上、拗れた関係を悪化させるわけにはいかんのだ。それこそ万の北条に対する信用は地に堕ちている。再度接触した結果、何を言っても無駄だと我らを族滅させる可能性すらある」
「そこはご安心を。穏便に魔央様とお会いし、話す為の策がございますので。それに女性であるありす様を相手に話を聞こうとしない、通じないと断定されてしまったからこそ、あそこまで苛烈な応答をされたのでしょうし。少なくとも礼を失せずこちらから出向き、お話をしたい旨を申し伝えれば、話は聞いて下さるかと」
「…禁忌領域の解放をする為には万魔央の助力は必須。誓約を順守する為、こちらもなりふり構っていられないとでも言えば、少しは奴も聞く耳を持つかもしれんな。ふぅ…まさか息子と娘を1日で失う事になるとはな…よかろう。お前の好きにしろ」
「ありがとうございます、御父様」
「礼などいらん。万魔央がお前を受け入れなければ大人しく帰ってこい」
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます