閑話 各方面の反応 探索者協会

「大変な事になりましたね…」


 日本探索者協会会長、柳生宗義は天井を見上げ溜息を付いた。まさか万君が勝ってしまうとは…先ほどから電話の着信がひっきりなしに喚いているが、どうせ万魔様をどう利用してやろうかと皮算用をしていた政治家達だろう。後回しにして問題ない。



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――――初めて会ったのは、万魔様が超特特待生制度を利用して、自身の後継者を関東探学に入学させることにしたからよろしく頼むとおっしゃられた時。初めて会った時の印象は、凡庸。特筆すべき所が特にない、しいて言えば姿形は整っているが、やる気のなさが透けて見える心身がそれすら台無しにしていた。魔法にしろ武術にしろ秀でた所があるようにも見えなかった。


 北条泰正君の様な他者を率いるカリスマ、毛利恒之君の様な桁外れな武才、織田遥さんのような選ばれた存在。時代を担う傑物が纏うオーラの様なもの、風格が微塵も感じられない。本当にこれが後継者なのかと万魔様を穿った目で見てしまった事を覚えている。


 当の本人はどうでもよさげな態度で、万魔様も画面越しにそれを気にした様子もなく、聖母と剣魔の承認を得たからよろしく頼むと言われて、あっけなく解散した。二人にも確認したが、万魔様直々に頼まれたから承認しただけで、実力は把握していなかった。条件が揃った上、万魔様からの直接の指示であれば拒否する理由もない為、万魔央の超特特待生の認定と関東探学への入学の処理をすることにしたわけだが。


 探学で何をやろうとしているのか。何か動きがあれば即座に報告するよう支部長に指示を出し様子を見る事にしたが、報告として上がって来たのは探学内に居を構え、通う事もせず、そこに女生徒を連れ込んで引き籠っているといった取るに足らぬ内容のみ。


 まさか女を漁る為にわざわざ学校へ?連れ込んでいる女生徒達は、成程確かに。天月ありす、星上レナ、日向奈月。いずれもタイプは違うが相当な美少女達だ。そして天月ありすは長年離れ離れだった幼馴染との報告を受けている。わざわざ天月ありすに会う為に?…バカバカしい。そんなものは恋愛小説の中だけだろう。


 では何が目的で…この三人の共通点…中学からの友人であり、探学入学を期にダンジョン配信を予定、その切っ掛けは星上レナのワンダラーエンカウント…まさか!?万君の狙いは最強仮面?だが、天獄郷襲撃の際、万魔様と和解したのではなかったのか?万君はその事に納得していない?超特特待生と関東探学への入学の打診があったのは天獄郷襲撃の直後。これに関連性を見出すのは早計か?関東探学への入学は万君が望んだ事だという…やはり幼馴染に会うため?


 いや…それをカモフラージュにして…まさか!?最強仮面が関東探学にいるのか?入学したのは最強仮面を見張り、牽制する為?学校に通わないのはそちらの生活に干渉する気はない事を示す為、校内に居を構えたのは何かやらかした場合は即座に止めに入る為。


 考えすぎなのでしょうが…でもそれならわざわざ関東探学に万君が来たのも頷けます。やる気が全く感じられなかった事も。おそらく万魔様と最強仮面の間で交わされた何かしらの密約、その関係で万君が不承不承出張って来たという事でしょうか。


 …しばらくは静観すべきですね。天獄郷襲撃などという前代未聞の狂行をやってのけた最強仮面、それを牽制する為に来たであろう万君。下手に探ってバレでもしたら何が起こるか予想が付きません。何か起こってからでは遅いのですが…そこは推薦者の万魔様と承認した聖母さんと剣魔さんに何とかしてもらいましょう。この方針を決めたわずか数日後、万魔央と北条家が揉めたとの緊急連絡が届き、私は頭を抱えた。


 事の顛末をつまびらかにして至急報告するよう通達し、その内容を確認した私は、呆れて物が言えなかった。なぜここまで事が大きくなるまで放っておいたのだ!いくら本人の為、教育の為とはいっても限度があるだろうに。探恊内で女性にあのような絡み方をすれば、即座に捕縛だ。しかも絡まれているのは万魔央の幼馴染である天月ありすだ。こんなもの即座に介入して事を収めて当然だろう!


 担任に事情聴取をした所、万の立場は理解しているが、一教師として他生徒の前であからさまな差をつければ、身分や立場の差が人としてのステータスと曲解しかねず、探索者として、人として間違った方向に助長させる恐れがある為、教師として可能な限り万も普通の生徒として扱うと言っていたらしいが…


 教師として立派な考えだと私も思う。大道寺満と天月ありすとの揉め事を静観していた理由も理解はできる。だがそれにしたって限度があるだろう!なぜ万君が出張ってきた時点で即座に介入しなかった?権力におもねる者と見られたくなかったのか?矜持なのか見栄なのかは知らないが、その結果、個人同士の諍いではなく、万魔と北条の問題になってしまっている。


 基本、政府は探索者同士の諍いに首を突っ込まない。恐山天獄門を解放した事を発端として起こった一連の事件。時の政府の万魔天獄郷への介入と、それを阻止する天獄郷側の争い、一般人と探索者による争いともいえる天獄郷解放運動と言われるそれは、当然のことながら天獄郷側の圧勝により幕を閉じた。それによって天獄郷は不可侵となり、探索者という存在は半ば政府の手を離れる形となる。


 当時の探索者は禁忌領域守護についているような者達を除き、大半が満足な教養もなく、己の腕に頼るしかないような者が大半であり、そんな者達が好き勝手振る舞えば国が荒れる原因となり、そのような事はだれも望んでいない。


 故に当時の政府重鎮と、天獄郷からは当時の万生教の代表、そして各禁忌領域守護当主達にて話し合いが持たれる事となった。場所は神霊領域・黄泉平坂夢幻城。鎮守の巫女姫・皇咲夜様の御前にて。前代未聞の御前会議である。


 探索者の立ち場を明確にしたこの御前会議は、平たくいえば相互不可侵と相互協力であった。探索者は政治が分からないから国政に関与しない、政治家はダンジョンの事が分からないからダンジョンに関わらない。国が富み栄える為に探索者は国に協力するから、ダンジョンを攻略する為に国も探索者に協力しろといった内容である。


 現代においてなお続くこの基本方針によって、万魔央と北条の争いは探索者同士のいざこざ、ようは探索者を纏める探索者協会預かりとなるだろう。頭が痛いが両者の言い分を聞き、落としどころを探さねば…万魔と北条の争いなど、誰も望んではいない。目先の金に目が眩んだ愚か者は別だろうが。


 万魔様は、あくまでこれは当事者間の問題であり、こちらから話は大きくする気はないと言う。北条は万魔様に謝罪の手紙を送り、今後万君たちには関わらない事を条件に手打ちにしたと。万魔様から手打ちにした条件を聞いた時は開いた口が塞がらなかったが、この内容ならとりあえず丸く収まるだろう。最悪の事態を回避してホッとしたのも束の間、大道寺満が天月ありすに謝罪の為接触したとの報告を受けた。目の前が真っ暗になった。


 その後の万君による会見、北条の弁明、万魔央と北条の決闘。一体何がどうなっているのかと、各方面から事情説明を求める電話の殺到。地獄のような毎日だった。どうしてこんな事になっているかって?そんなの私の方が知りたいわ!私の知らない所で勝手に話が進んでいて、私を通さずに全てが決まっていたのだ。私が知るはずないだろう!!そう言ってやりたいのは山々だったが、グッと堪え、和解の道はないか模索する。


 既に双方決闘に合意し、日時も決まっている。これを覆す事は出来ないだろう。だが決闘の報酬が酷すぎる。なんだこれは。万魔様を好きなように扱える?もし北条が勝てば、騒動は今の比ではなくなるぞ?あの手この手で北条を経由して万魔様を利用すべく、政治家どころか他の禁忌領域守護まで絡んできて収集が付かなくなるだろう。


 そして万君が勝った場合の条件…奴隷として300年間馬車馬の如く働け?一部の政治家が喜びそうな内容ですが…万君の後ろに誰かいるのでしょうか?万君を煽って焚きつけた元凶が…ここで考えていても仕方ありませんね。少なくともこれら決闘報酬は異常に過ぎます。万君から言い出したことですから…説得するなら万君でしょう。


そもそも1vs12など…自分に自信があるのでしょうが、北条を甘く見すぎているとしか言いようがありません。禁忌領域で日夜戦っている彼らを甘く見すぎです。幾ら万魔様の後継者といえど…こうまで身の程知らずでは万魔様の名前にも傷がつく。


 ここはなんとか説得して、万君に引いてもらう形で事を収めるしかない。その為に出来る事なら何でもしようと、万魔様に中継ぎを頼んだのですが…


『おぬしには禁忌領域がどうやって出来たか教えたの?』

『?はい。会長となった折、万魔様から伺いました。一つのコアとなるダンジョンを起点とし、多数のダンジョンを取り込んで形成されると。それが何か?』

『うむ。わしから言える事は一つ。もし此度の案件に関わるつもりなら、関東に新たな禁忌領域が生まれる覚悟はしておくがよい』

『…は?新しい禁忌領域、ですか?…それはどうして…いや、万君、ですか?』

『後悔だけはせんようにの』



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 結局、万魔様の忠告に従い、探恊はこの件に関して不干渉を決め、静観する事にしたのですが…正解でしたね。もし説得や和解を取り持つなど、出しゃばりでもしていたら…さらに機嫌を損ねた上で、関東探索者協会ごと滅ぼされ、新たな禁忌領域の誕生ですか。これだけの力があるのなら、彼なら出来ると思えてしまう、そして実際やりかねない。


 万魔央。彼とは距離を置いた方が良いでしょう。彼の周辺も変に探らない方が良い。動向の監視のみに留めた方が無難ですね。


 平穏を望む、ですか…あれだけの力を持ちながら、その考えは非常に好感が持てますが、そう上手くは行かないでしょう。マスコミの方達に釘を刺していましたから、当面は揉める事はないでしょうが…


 平穏を望むという事は、世間が彼の所業を軽く捉え、忘れるという事でもあり。喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間であり、好奇心というのは自制が効き辛い。時間が経てば良からぬことを考える人も出てくるでしょう。


 そして彼は発言した通り、老若男女、一般人であろうと容赦しないでしょう。そしてそれを止められるような人はいません。万魔様はあの様子だと静観するでしょうし。隔絶した力に法など拘束力を持ちません。ちょっかいを掛けるマスコミ、それを処理する万君。その万君を非難するマスコミ…いたちごっこでエスカレートした先に待つのは…最悪の結果になるのが容易に想像できてしまいますね。


 探恊として探索者に注意喚起をするのは当然として、万君には穏便に、定期的にその存在を示してもらうのが良いでしょう。世間では彼を万王様などと呼んでいますが勇者が居ない状態で魔王にするわけにはいきません。話しは聞いて貰えるでしょうし、何かしら対策を考える必要がありますね。

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