閑話 各方面の反応 某禁忌領域 其の一

『どういうことだ?真皇を倒せば解放されるのではないのか!!ではなぜ…真皇兵原羅将門…!?羅将門…』


『お、気付いた?自分で気づいちゃった?まあここまで言われれば分かるか。そう、お前らが真皇って呼んでる奴って、羅将門の門番なんだよね。あれ倒すと羅将門が出てくるんだよ。流石に中に入るのは止めたけど』


「ば…ば…バッカじゃないんですの!!??」


テーブルに両手が思い切り叩きつけられる。置かれていた湯呑みが勢いよく跳ね、ゴトンと音を立てて転がった。中身が零れた事にすら気付かないまま、禁忌領域中部守護職・織田遥おだはるかは激昂した。側に控えていた従者が顔色一つ変えずに湯呑を回収し、零れた中身を拭い取る間も、ワナワナと震えながらモニターを見つめている。


『ああそうだ。これを視ている他の領域守護ども、自分たちが無能だからって俺を頼ろうとするなよ?でもそうだな…国営放送で、素っ裸で一族全員三回回ってワンと鳴いてから腹を見せて懇願しろ。そうしたら話だけは聞いてやるよ』


「巫山戯た事言ってんじゃねーんですわよ!このセクハラ糞野郎ッ!!」


 感情に任せて湯呑をモニターにぶつけようとしたが、あるはずの湯呑は従者が既に回収していた。苛立ちを発散する機会を無くしさらに激昂してテーブルをちゃぶ台返ししようとするも、彼女の激昂癖を知っている従者の計らいにより、テーブルはしっかりと固定されていた。


「ああああもう!スバル!ちょっとこの男、今すぐ殺してきなさい!!」


「それは無理ですお嬢。こんな化物、僕が百人いたって相手にもされませんよ」


 ひとまず冷静になったとみて、コトンとお茶を注いだ湯呑をテーブルに置く。


「キーッ!!幾ら万魔の後継者だからといって、言って良い事と悪い事がありますわ!!会見の時といい、やらかした北条がボロクソ言われるのは自業自得ですが、なんでワタクシたちにまで飛び火してるんですの!!」


「同じ禁忌領域守護だから同類と見做されたのでは?よく言うでしょう、腐ったミカンは箱ごと腐らせるって」


「だからワタクシたちも同じだと?そもそも北条にしても、か弱い子女に粘着するなど恥さらしも良い所ですが、ここまで大袈裟になる様な事ではないですわ!!精々当事者の謹慎と転校辺りで手を打つような案件でしょう?」


「それを決めるのはお嬢ではなく万魔央様なのでは?事の軽重は人によって異なりますし」


「それを加味しても、ですわ。決闘の報酬に関しても常軌を逸しています。300年間無償で奉仕しろ?しかも守護領の皆全てで?ありえませんわ!奴隷、いやそれ以下ではありませんか!大小の覚悟の差はあれど、自らの意志で守護領に踏み止まっているからこそ、守り抜けているのですわ。このままでは真皇兵原羅将門は早くて数年で決壊しますわよ」


「そうなったら万魔央様がどうにかされるのでは?決闘見たでしょう?あれだけ力があればどうにかなりそうだと思いません?」


「そこも問題なのですわー!!何なんですのアレは!?なんであんな自己中で我儘で身勝手な屑があれほどの力を持っているんですの!おかしいでしょう!!あれだけの力があるのなら、世の為人の為、それこそ我ら織田と言わずとも、他の禁忌領域の解放の為に自ら協力を申し出るべきですわ!!それをあの言い草!!」


「力を持つ者の義務ですね。僕もその考えに賛同しますが、世の中お嬢の様に考えている人ばかりではありません。むしろ自分の力だから好きなように使おうと考える者が大半でしょう」


「万魔ともあろう者が、なんであのような屑を野放しに…いえ、離れたから本性を現したのかしら?ふぅ…この下種野郎の性格は置いといて、スバル、こいつが言ったことは本当だと思います??真皇兵原羅将門が、真皇兵原と羅将門に分かれているというのは」


「北条ですら知らなかった事ですから。ですが直接確かめたようですし、正しいのでは?嘘をつく理由は…ありますけど」


「あるんですの!?」


「はい、北条に更なる絶望を与えたいとか、嫌がらせですかね。僕は本当だと思いますけど」


「そうですか…でしたら不味いですわね。我ら織田が解放すべき四神争哭黄龍門。名称からして同じと思った方がいいのでしょうね」


「そうですね。名前に門が付いてますし、黄龍門なんて見た事ないですしね。僕も前から疑問には思ってたんですよ。黄龍門なんてないじゃんって」


「疑問に思っていたなら言ってくれませんこと!?」


「いやだって、誰も疑問に思ってなかったですし。そういう名前だと言われたら、それもそうかで納得する程度の疑問ですし」


「不味いどころか滅茶苦茶不味いんじゃありませんの!?我々とて北条と同じ、スタートラインにすら立っていないって事なんですのよ!?」


「そうですねぇ。我ら織田一党、織田領に住まう者全て、禁忌領域解放の為に尽力している自負があります。皆を守って来た矜持があります。ですが…我らだけで事を成せるかと問われたら、断言は難しいかと」


「禁忌領域の何処か一つでも解放されれば、状況は好転するでしょう。しかしどこも手一杯、万魔は天獄郷から動かず、探恊の探索者達の力を借りた所で焼け石に水、寧ろ被害が増えるでしょうし」


「禁忌領域解放に求められるのは量ではなく圧倒的な質です。そしてその条件を満たしているのは現状、万魔央様だけなんですよね。だからこそ、好きに使われない様、あのような牽制をしたのでしょうが」


「嫌ですわよ、幾らこの身が美の化身で、どんな輩であろうと虜にしてしまう罪作りな存在であろうと、このような屑にこちらから協力を要請、しかも三回回ってワンなどと!!しかも、す、素っ裸なんて…破廉恥すぎますわ!!」


「あの様子では、実際にやった所で話を聞くだけ聞いて終わりでしょうね。最終的な判断は御屋形様がされるでしょうが、お嬢は今後についてどうお考えで?」


「どうもこうも、我々に出来る事は何時もと変わりませんわ。ただ…今まで通り続けたところで、現状維持が精一杯。むしろ後に黄龍門が控えている以上、後退したといえるでしょう」


「結局の所、どこかの禁忌領域が解放されるか、万魔央様が手を貸して下さらない限り、進展は難しいという事ですか。いっそ余所の守護職が犬の真似をしてくれたら助かるんですがね」


「スバル、そのような事を言ってはなりませんわ。場所は違えど我々領域守護は禁忌領域解放を目指す同胞なのですから」


「申し訳ありません」


「それにしてもムカつきますわ!万魔央!!少し魔法が得意だからと偉そうに!!

あの場にワタクシがいたらケチョンケチョンにしてやったものを!!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『考える時間は十分に与えた。はぁ…じゃ、これでさよならだな。あの世で北条の末路を見届けろ』


『ッ……この決闘、私の負けだ。北条の敗北を宣言する』


「よもや泰隆が負けるとは…」


 自室にて一人、万魔央と北条一門の決闘を見届けた男は、深いため息を付いた。深く沈み込むように思考に耽る姿は、微動だにしない。

「父上、入ってもよろしいでしょうか」


 幾ばくかの時が流れてのち、入室を求める声が響く。


「輝明か、入れ」


 許可の後に入って来たのは、元武の息子、輝明てるあきであった。


「どうした。お前だけか?」


「はい。恒之つねゆきは決闘を見終わった後、居てもたってもいられなかったのか道場に。心愛ここあはやりすぎないよう見張っておくと。私は、万と北条の決闘が終わりましたので、父上が心を痛めているのでは…と」


「ふっ…息子に心配される程、弱ってはおらん。…正直な所、万が勝つとは思っていなかったがな」


「それは誰もが同じでしょう。奴が本気で勝つと信じていたのは、万魔と万生教くらいなものかと」


「いざ蓋を開けてみれば、この有様よ。泰隆が、北条がここまで手も足も出ずやられるとは思わなんだ。やはり無理をしてでも俺も参加すべきであった。結果は同じかもしれんが、もう少しましな終わり方はできたかもしれん」


「父上は、泰隆様とはお知り合いなのですよね?」


「ああ、同じ領域守護を担う者として、互いに腕を磨いた仲よ。立場が立場だけにそう滅多に会えるものでもないがな」


「父上からご覧になって、万魔の後継者・万魔央はどう映りましたでしょうか?」


「そうだな…態度は傲慢で口は悪い、先達に敬意の一つも払わず、言動の端々に相手を見下している心根がありありと出ておる。だが強い。それら全てが許されるだけの強さがあり、本人もまたそれを自覚しているだろう」


「…正直、認めたくはありませんが。あのように他者を踏みにじるような輩がそれだけの力を持っている事を」


「だが完全に悪というわけでもない。北条にもしっかりと温情を与えていたからな」


「温情?北条が敗北した条件の、あれのどこが温情だと?300年間奴隷として禁忌領域の守護をしろなどと…鬼畜生にも劣る輩ではありませんか!」


「あの決闘を見た者達は大半がそう思うだろうな。だが決闘の最中、何度も勧めていただろう?降伏しろと」


「あれは!北条がその道を選択できない事が分かっていて、苦しむさまを見て悦に入っていただけです!」


「そうであろうとなかろうと、助かる道を残していたのに変わりはない。最後の一騎打ちなどまさににそうであろうが。わざわざ戦闘不能の者をダンジョンから出してやる義理などない」


「それはそうですが…ならなぜ決闘などしたのですか!そこまで配慮をするのなら許してやれば済む話でしょう。そもあのような非道な条件など付けなくてもよいではないですか!」


「それは知らん。何か考えがあったのかは本人に聞いてみなければ分からん。何にせよ北条の扱いがそう悪くなることはあるまい。守護の任を正しく全うしている間は、だが」


「なぜそう言えるのですか…あのような条件で真摯に守護をしようなどと思う者など、まずいないでしょうに」


「万魔央の派手な登場と、その後の北条への難癖と、すぐに決闘が始まった事で誰も気に留めなかったのだろうが、誓約書の最後の一文にあっただろう。これは決闘の配信を視聴していた一千万人の総意である、と」


「それが一体北条への温情とどう繋がると…あ」


「あの内容では、北条に課された条件は視聴した一千万人の総意であり、視聴していた一千万人が撤回すればなかったことに出来るとも捉えられる。おそらくだが、決闘を視聴した一千万人分の署名なりを集めて嘆願すれば、すんなり枷は解かれるだろうよ」


「そのような回りくどい事を何故…」


「それこそ本人にしか与り知らぬことだ。だがすんなりそれが通ったら、万魔央が何をしでかすかそれこそ予想がつかん。やるにしても北条が結果を出した後、最低でも真皇を倒し、万魔央の言ったことを証明してからが無難だろう」


「そうですか、そのような意図があったとは…」


「会見での受け答え、誓約書の内容を見ても、万魔央は決して話が通じぬ相手ではない。むしろ甘い部類に入るだろう。だが逆鱗に触れたなら、どこまで被害を被るか想像がつかん。今回の北条はアレでもマシな方だろうよ。最悪一族郎党、領民まとめて皆殺しになってもおかしくないと思っておけ」


「父上は万魔央にそこまでの力があると仰せですか」


「もっとも、あれと長く相対するのは俺ではなく、次期当主のお前だ輝明。距離を置くも友誼を取るも、敵対するもお前が好きに判断しろ。だがそうだな…」


「お前と恒之と心愛、そして万魔央が手を組めば…中国禁忌領域、一期一会ノ鬼岩城を解放する事も夢ではなかろう」


「解放…あの鬼岩城を、ですか」


「我らの悲願、我らの大望。無論、お前たちに任せずとも私が解放するつもりではいるがな!だがそれはもう少し先よ。お前たちの成長を見届けてからの話だ」


「私とて毛利の端くれ!既に覚悟は出来ております。それに殉ずる事にいささかの不満もございません!」


「お前の覚悟を疑っているわけではない。ただ親より先に子が逝く所など見たくないだけだ。何時になるかは分からぬが…お前は万魔央と会う事になるだろう。その時に何があっても動じぬよう、心の準備だけはしておけ」

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