第36話 賽は投げられた

「それじゃれーくん、行ってきまーす!」


「れーくん、行ってきます」


「れーくん、行ってくる」


「はい、3人とも行ってらっしゃい、気を付けてね」


 学校へ行く三人娘を見送る。なんで俺はこんな時間に起きてるんだろう…いや別にする事ないから良いんだけどさ。最近生活リズムがあーちゃん達と似通って来てる気がするな…一緒に住み始めてまだ半月くらいなのに。毒されているのか…まあいいや。寝よう。

「おはよー」


「おはようございます」


「おはよう」


「あ、3人ともおはよう」


 ダンジョン実習の件で、クラスの皆さんが距離を置くと思っていましたが…

存外そんな事もありませんでしたね。ありすの裏表のない元気な性格の賜物でしょう。


「天月さん、あの後どうだったの?大丈夫だった?」


 クラスの委員長をしている矢車さんが話しかけてきた。


「ダンジョン配信の事?それなら大丈夫だよ!疲れも残ってないし」


「それもあるけど、そうじゃなくて。ほら…ダンジョン実習の時の」


「ダンジョン実習の?特に問題なく合格したよ。みんなもそうでしょ?」


「そうじゃなくてね…えっと、北条家の人と揉めちゃったじゃない?それで連休中になにかあったのかなって…あ、別に知りたいわけじゃないんだけどね!? 

 連休中に私も色々考えてさ、よく考えたら、あれって天月さんたち全然悪くないじゃない?魔央さ…万くんも過激な事を言ってた気がするけど、やった事は天月さんを守ってただけだしさ。それで北条から何か変なちょっかいあったりしたら大変だなって思って」 


「何もなかったよ?れーくんも大丈夫だから心配ないよって言ってたしね」


「それって全然大丈夫じゃないんじゃ…いや、万くんがそう言ってたなら大丈夫だよね、うん」


 ありすは知らないでしょうけど、全然大丈夫じゃないんですよね…私はれーくんとありすのサポートをする為に、師匠の鏡花さんからある程度教えられていますが。


 それにしても矢車さんは良い人ですね。率先してありすに話しかけ、みんなが気になっているけど聞けない事を、ありす視点から聞くことで私たちが被害者であり、れーくんも態度は悪くても悪い人じゃない方向に誘導しています。


「そうだよ。でもあの日は凄く怖くてさ。一人だと怖いから、れーくんに一緒に寝て良いか聞いたら、良いよって言ってくれたから、私も元気になれたよ!」


「「「キャーーーっ!!」」」


「なんか俺さ、最近NTRについて興味が出て来てさ」


「あー分かる分かる。俺はBSSだわ」


 ありす、確かにあの日は元気がなかったですが…次の日ハイテンションだったのはそのせいだったのですか。なんて羨ましい…


「失礼する!このクラスに天月ありすさんはおられるだろうか。私の名前は大道寺満、先日の件で謝罪に伺った」

 騒がしかった教室が一瞬で静まり返る。教室の入り口に立つのは先の件での元凶の一人、大道寺満。ありすは姿が見えた瞬間、縮こまるように私の背中に隠れてしまった。ありすが顔を覚えてしまうくらいには、この男は高印象を与えたようだ。勿論悪い意味で、ですが。


「あの…天月さんはまだ来てませんので…その、昼休憩にもう一度お越し頂いても?」


 矢車さんが、ありすを庇う形で大道寺に返答する。この状況ですぐに言い返せるのは凄いと思う。確かにこの場を穏便にやり過ごせば、後はどうとでもなりますね。れーくんはもしかしたら寝てるかもしれませんが…ありすの為ですから、起こしても問題ないでしょう。


「そうなのか?…む?なんだ、居るではないか」


 私と奈月が教室内にいる事に気付き、しゃがんで隠れているありすも見つけてしまったようだ。はぁ…このまま気付かずに帰ってくれれば穏便に済んだでしょうに。


「天月ありすくん、いやありすさん。先日の件で正式に謝罪に伺った。私の話を聞いてくれないだろうか」


 ありすは耳を塞いでぶんぶん頭を振っている。ここまで嫌がるアリスを見るのは初めてですね…気持ちは凄く分かりますけど。


「すいませんが。ありすがこの様な状態ですので、昼休憩にまた来てもらってもいいでしょうか?」


「貴様は…まあいい、私は少しでも早く、誠心誠意ありすくんに謝罪をする為に来たのだ。そこをどいてもらおうか」


「ありすを見て分かりませんか?貴方とは会いたくない、話もしたくないと言っています。お帰り下さい」


「ふん。今はそうかもしれないな。だが私の話を聞けば考えも変わる。少しで良いから話をさせてもらいたい」


 性懲りもなくありすに近づこうとするこの男。…北条はこの男を罰したりはしなかったのでしょうか。万魔の後継者と揉めておきながら?それはあまりにも…いえ、とにかく今はこの状況を何とかしなくては。


「ですから、ありすは今話せる状態では


「もういい加減にして!!」


 天月ありすの絶叫が響き渡った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 天月ありすは怒っていた。怒りが有頂天になっていた。ここまで怒ったのは、れーくんが無気力で自暴自棄になっていた8歳の時以来かもしれない。怒るという要素だけで見れば初めてだろう。何だこいつ、何なんだこいつは。


「私たちがどれだけ言っても話を聞かなったのに!」


 会ったこともないのに運命だなんだと捲し立てて、


「私たちが何を話しても都合よく解釈して!!」


 どれだけ拒絶してもお構いなしに話しかけてくる。


「言うに事欠いて、話を聞け?ふざけないで!あなたと話す事なんて何もない。貴方から聞きたい事なんて一つもない。顔も見たくなければ!声も聞きたくない!ここから今すぐ出て行って。二度と私の前に現れないで。私の前から今すぐ消えてよ!!」


 ありすの叫び、嘘偽りない本心。ありすがここまで感情的になるのは初めて見ます。ここまで言われたなら流石にこの男も引き下がるでしょう。でもこの後が少し心配ですね。れーくんも流石に黙ってないでしょうし。


「落ち着きたまえ、ありすくん。思う所があるのは私にもわかった。私はただ、君に謝罪したいだけなのだ」


 ああ…ありすが耳を塞いで蹲ってしまいました。ありすをここまで追い込むとは…この男は…これはもうヤるしかないですね。今の私では難しいでしょうが、力づくで排除するしかないでしょう。


「うぅ…もう嫌だ…もう嫌だよぉ…れーくん助けて…れーくん助けてよぉーっ!!」


 蹲ったままのアリスの助けを求める絶叫。途端。ありすが光った。いや、正確にはありすの左肩が光ったと同時、大道寺が吹っ飛んだ。


「しま」


 小さな鳴き声、鳴き声?が響く。ありすの肩に、何時の間にか小鳥が乗っていた。

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