第15話 強襲

 Sランク探索者の称号を持つ日本最強の一角。あらゆる魔法に精通すると言われ、日本でただ一人、帝級魔法の領域に足を踏み入れている傑物。彼女をして、日本最強と、探索者の代表として上げる事に、日本人ならば納得はしても否定はしないだろう。


 だがそれは、Sランク探索者だから、帝級魔法が使えるから、探索者協会に多大な貢献をしてきたから、永きに渡って日本を守ってきたから―――ではない。


 長きに渡る探索者の歴史において唯一人、万魔の称号をいただく彼女だけが、日本の悲願―――禁忌領域の開放に成功したからである。



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『旅に出ます。探さないでください』


「いつもいっつも…せめてどこに行くか…いや、スマホを持っていってよぉぉ!!」


 天月ありすの絶叫は、家主のいなくなった部屋に虚しく響き渡った。



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 思い立ったが吉日。あーちゃん宛に書置きをしてから、俺は万魔に会いに行く事にした。向かう先は前世で言う所の青森は下北半島にある恐山、万魔を崇拝する狂信者どものお膝元、万生ばんせい教が支配する特別自治区、万魔天獄郷である。


 万魔天獄郷の歴史は古い。元々その場所は日本における禁忌領域の一つであった。


 禁忌領域―――それはダンジョンの行きつく先。ダンジョンという形ある幻想が現実を侵食し、飲み込み、現界した領域である。ダンジョンとして最低限のルールは存在するも、独自に進化し続けるそれは攻略至難であり、故にそれ以上の拡大を防ぐ為に人類は結構な労力を費やしている。


そんな中、300年程前に一人の少女が禁忌領域の一つを開放する。その少女こそ後に万魔と呼ばれる存在。日本で唯一の、禁忌領域を解放した英雄である。



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 来たのは2回目だけど、相変わらず凄いなぁ。俺は昔と全く変わらない賑わいに辟易した。万魔天獄郷。万魔が解放した禁忌領域の跡地に造られた街である。どこを見ても人だかり。日本唯一の場所だからか、とにかく人が滅茶苦茶多い。年がら年中観光客で賑わっている。そしてそんな中で一際目を引くのが真っ黒な巫女服を着ている女性達。万生教、天獄郷を管理・実行支配している宗教組織。万魔狂信者共の巣窟、その中でも抜きんでたエリートなのが、黒巫女と言われる彼女達なのである。



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 禁忌領域が解放された後、万魔様はそこに居を構えた。碌な通信手段がないにも関わらず、その話は瞬く間に日本中に伝播し、そして日本中から人が集まって街が出来た。当時のお偉いさんや、元禁忌領域を担当していた人たちは、何とか万魔様から取り上げようと躍起になったが、そんな輩に対して万魔様は冷めた口調でこう言ったという。私がこの場を離れれば、またこの地は禁忌領域と化す。それで良いなら好きにしろ、と。


 この話を聞いた万魔様の元に集まっていた人たちはガチ切れした。せっかく街が出来て新しい生活を始めたのに、お前らそれを滅茶苦茶にする気か!と。そもそもお前らが出来ない事を万魔様がして下さったのに、後からしゃしゃり出て来て成果を横取りするとか舐めてんのか!と。


 当時の天獄郷には、日本各地から食い詰めた人たちや探索者が集まっていた。それは万魔様をリスペクトした者であったり、新たに切り開かれた天獄郷のダンジョン素材を求めてであったり、人生の再起を掛けた者であったりしたが、そういった大勢が反旗を翻したのである。万魔様がそう望むなら素直に従うが、自らが苦労して手に入れた成果を、横から掻っ攫われるなどとてもじゃないが認められない。そもそも万魔様が居たから今があるんだろうが、と。

 

 万魔様はこの件について何も言わなかったが、当事者達は勝手に万魔様の元に結束した。万(魔様のお陰で)生(きていけます)と最大限の感謝をして。これが万生教の始まりである。この件が発端となり、探索者に関する法律が急速に整えられ、探索者の権利が拡充し、そして天獄郷がある種不可侵な聖域と化したのであった。


 

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 勢いで来たから宿取ってないんだよな。どこが良いのかも分からないし。そもそも観光客がめっちゃ多いし、予約なしの飛び込みで宿取れるかも微妙なんだよね。このままだと野宿する羽目になるけど、そんな事したら万生教に取っ捕まるしな。あいつらまじで狂ってるから出来るだけお近づきになりたくないんだよね。万魔に様付けないだけでめっちゃ睨んでくるし、目の前で馬鹿にしようものならガチで殺しに掛かってくるからな。


 まあいいや。面倒な事はさっさと片付けるに限る。適当にぶらぶらして時間潰して、健全なお店が閉まる時間になったら天獄殿に侵入しよう。

 日付を跨ぐか跨がないかの時間帯。一部地域はまだ明るいが、大体が闇に染まる時間帯。放浪者の仮面と闇の衣で侵入準備を整えた俺は、天獄殿の入り口を遠目に観察していた。当たり前だがめっちゃ厳重である。


 万魔が住んでいる天獄殿はその名の通り、万魔が解放した禁忌領域・恐山天獄門の中心、ラスボスがいた所に建てられているらしい。禁忌領域としての天獄門は解放したが、ダンジョンとしての天獄門は残されているので、ダンジョン管理の為に天獄殿の2Fまで探索者協会になっており、しかもそこを経由しなければ上にはいけない造りになっている。しかも天獄殿内で管理されているダンジョンランクは最低でもB。つまりA級やB級探索者が24時間いる場所を突破しなければいけないのだ。


 加えて万魔の住居でもあるので、万生教信者が天獄殿周辺を手抜かりなく巡回警備している。襲撃された事なんてここ数十年ないのだから少しは手を抜けばいいのに、あいつらはその辺の融通がきかないのだ。


 更には天獄殿を包み込む結界。これは敵意や殺意に反応する為、万魔に良い感情を持ってない俺はおそらく引っかかるだろう。つまり認識無効でスニーキングミッションは出来ない。結論として万魔の所まで全力ダッシュするしかない、となる。


 極めつけに、俺は万魔が今どこにいるのか分からない。つまりあのどでかい建物を虱潰しに探す必要があるのだが。居住エリアが変わってなければ天守閣だろうし、とりあえず最初はそこを目指そう。


 …面倒くさいな。確か天獄門の影響で、天獄殿って一部ダンジョン化してるんだよな。もう帝級で丸ごと吹っ飛ばせば良くね。どうせ時間が経てば修復するだろうし…いやいや、俺はあくまで話し合いに来たんだから、流石に建物吹っ飛ばすのはやりすぎだろ。陽動に街中で魔法使うか?…流石に無関係な一般人を巻き込むのは申し訳ないな。探索者や万生教徒は何があっても自己責任だから問題ない。よし、正面突破するか。

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