第12話 昔の話
あれは、蒸し暑い夏の事だった。俺は部活を終え、受験に向けて準備をしていた。全国的にもトップクラスの進学校だけはあって、夏休み中も教室を開放しており、多くの学生が自主的に勉強をしている。かと言って、皆が皆ガリガリと勉強している訳では無く、雑談もしながら割と緩い雰囲気である。この雰囲気が好きで、自宅でなくここで勉強する奴らも多い。俺もその一人だが。
そんな中、あまり面識の無いグループの会話が耳に入ってきた。
「おい、あの話きいたかよ」
「何の話」
「2年の女だよ、売春してるって」
「なんだ、後輩にお金払ってお願いするのか?見っともねーな」
「バカ、そんなんじゃないだよ、おっさんとホテル街歩いているのをいろんな奴が見てるんだよ」
「父親とか親戚じゃないの」
「底辺高校じゃあるまいし、うちの学校のやつが援助交際とかパパ活なんかするかよ」
「そうだよな」
「でも、私も聞いたことある」
近くに座っていた女子のグループも話に入ってきた。
「最近、うちの生徒の生徒以外にも近くの学校の子たちが売春していて、それを斡旋しているのがうちの生徒だって」
「そんな奴いるの」
「知らない。うわさだもん」
あとは、志望校の話やなんやかんやで盛り上がっていたようだ。俺はその話が気になり、勉強は早々に切り上げ、まあ、そこまで勉強する必要もないのだが、道場に向かうことにした。道場からホテル街はすぐ近くだ。
道場で稽古を終えると、師範からは「受験なのに余裕だな」と揶揄された。まあ、授業を確り聞いていれば理解できるし、記憶力や計算力があれば勉強しなくとも試験の問題くらいは解けるだろう。特に受験問題なんて答えがあるのだから。逆に何を勉強しているのだろう。かと言って、それはただ単に勉強が出来るだけであり知性とは関係ない。本当の天才は違う世界に住んでいる。以前、何かの拍子で近所の子供に九九を教えた。物覚えが悪いのか3年生になっても九九覚えられないと。でも掛け算自体は出来ており、しかも、3と9の倍数は各桁の総和も3の倍数になる子を見つけており、それが気になって、九九が言えないようだ。俺は塾でテクニックとして教わっていたが、それを教えるのは違うと思い、二人で色々話して根本から考えてみた。結果、そいつが3で割ったあまりは1か2であり10を3で割ったあまりも1で、20を3で割ったあまりは2である。だから、例えば4000を3で割ったらあまりは1。4を3で割ってあまり1、10を3で割ってあまり1、さらに10を3で割ってと、それを各数字、桁で行えば各桁の総和が3で割ったときにあまりになると示した。今になってみれば当たり前だが、その時は俺も子供だったし、しかも、知っているだけでそいつと違ってそれを疑問に思って、探求するという頭は無かった。
それからは、俺は頭が良いのは自覚していたが、天才では無いことも理解した。自分の進む道は研究者や政治家ではなく事務方の方だと理解した。その為に必要な物は準備したが、それほど努力もせず得ることが出来、恐らく目指したものに進める確信もできた。だから、あの時は退屈していたのだろう。
坂の途中にあるホテル街を歩くと、若い男が何人も裏路地で女と話したり、スマホを弄っている。よく分からんが、恋人通しでは無いし、女買っているようでも無い。女は奥にいてよく分からんが、高校生くらいか。あまりじろじろ見て揉めるのも良くないので、ざっと見ながら歩いて行った。男の中には何人も見たことがある顔があった。そうだ、うちの学校の生徒だ。いや正しくはうちの生徒だった奴らだ。俺には分からないが、進学校だけはあって、授業について行けない奴が一定数出てくる。無理して入学して、授業について行けず、落ちこぼれて退学という絵に描いたような落ちぶれ方をしているのがこいつらだ。ただの落ちこぼれだったが、雰囲気が違い過ぎる。何か危険なオーラの様なものを感じる。強い弱いではなく危険な感じを。なるほど、こいつらが売春を斡旋しているのだろう。こいつらと関りがあった女が売り物か。ろくでもないな。まあ、せいぜい持っていてもナイフくらいだろうし、何人かボコって帰るかと思っていたら。
「やめてくんないかな」
背は高いが顔は幼い男から声をかけられた。中学生くらいだろうか。
「なんのことだ」
「こいつらボコっても、黒幕まで行き着かないだろう。俺の狩りの邪魔をするな」
生意気なガキだ。だが立ち振る舞いから言って、隙が無い。多分勝てるが苦労はするだろう。と言うか、生意気なだけで人を殴るほど無法者ではない。
「お前は何を知っている」
「教えて欲しいの?でもただじゃねえ」
「何だ、何が欲しい」
「のど渇いたから、あそこで飲み物おごってよ」
指さしたほうはホテル街から外れた住宅街だ。まあ、行ってみよう。
「ああ、いいぞ」
暫く進むと、家と家の間に古ぼけた喫茶店があった。ショーケースにはパフェやスパゲッティなど趣のあるサンプルが飾っていた。
「ここ気になっていたんだよね。でも中学生だとは入れないから」
そういう顔は、かなり幼く見えた。店に入ると、俺は珈琲、奴はパフェを頼んだ。
「で、何を知っているんだ」
「ああ、あんたのところ退学組が女衒のまねしていること。それを取りまとめている奴がいる。そいつはやめ組ではない。あと、女の確保にろくでもないことをしている。それくらいかな、今言えるのは」
「なんだ、なぜ隠す」
「知りたいの」
「ああ」
「じゃあ、これ食べ終わったらクリームソーダーも頼んで良い」
「いいよ」
うーん、まだ子供なんだろうな。
「まずは、お前はなんでこの件にかかわっているんだ。というか、俺のこと知っているのか。高校まで」
「あんたのことは知らんが、頭良さそうなんで、あそこに行ってるんだろう。で、頭の悪そうな女衒があんたのところのやめ組ってことは、何人かは俺の中学校の卒業生だし、元々、そう言うことで相談受けたから」
容姿は全く違うが、九九を教えていた子と似たような雰囲気を醸し出している。何か、こいつに飲まれてしまいそうだ。珈琲を飲んで落ち着こう。ただの珈琲では無く、香り味わいともハイレベルだ。
「どう言う相談だ」
「ああ、学校の同級生の姉が自殺未遂してさ、そいつから相談をうけて、仕返しの手伝いをしているのさ」
詳しく聞くと、姉も同じ高校に行っており、やめ組のやつらに、出来心で万引きしたのを写真にとられ、売春を強要されて、逃げたら自宅の周りをうろついたり、メールアドレスも知られて、脅迫メールを何度も出されてノイローゼになったようだ。いまは休学して入院している。弟にとって自慢の姉だったようで、何とかならないかとこいつに相談したようだ。
「お前の友達なのか」
「いや、今まで話したことも無い」
「じゃあなんで」
「面白そうだから」
何か、おかしい、ねじが外れているのだろうか。その他には知り合いの知り合いを使って、情報を集めたらしい。
「結構、金掛ったから金欠なんだよね」
俺たちの様なガキの様な世代でも、アンダーグラウンドの世界では、大人と同じように、いろいろな役割の人間がいるらしい。その中で情報屋を使ったとのこと。
聞くと反吐が出るようなやり方だった。初めはやめ組の女をバイトと言って、美人局みたいなことをしていたが、そのうち個人で売春している高校生を取り込んで、さらに、金になりそうな女をさっきの話の様に脅迫したり、酷いのは拉致してビデオにとってそれをネタに売春させたりと。しかし、学校にも耐えられなかったクズどもがそこまで出来るのか、しかも、こんなことしていたら、ほかの不良や本職から閉められるのではと疑問を投げかけたら
「そこなんだよ。集めた金をうまくばらまいて、うまく手下にして、ヤクザともうまくやっているようだ。買った男の情報を渡してタカリのネタにすることを提案しているようだ。しかも交渉もせず、不良にはやめ組が、ヤクザには手紙だけで事をまとめたから、誰がボスかは知られていない」
「で、お前はなにをするの」
「まあ、狐がしっぽ出すのを待っていたのだけど、あんたみたいなのが出てきて、警戒されてもしょうがないから、そろそろ狩るか」
「狩る?」
「あんた、強いんだよね。おれは暴力反対派なんで頼んだよ」
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