第2話 危険な誘い
「まあ、いいや。バカでも出来る簡単な仕事だ」
といって、ナプキンに何か書いて、札束のズグ二つと共に放り投げた。。
「釣りがバイト料な。明日までに準備して家に持ってこい。ここもそれで払っとけ」
と言って、クリームソーダーを啜ると、とっとと出ていった。ナプキンに書かれたのは謎の暗号か、いや、ただ単に字が汚いだけだ。当然、解読は困難を極める。もし、アキラ先輩に聞いたら、「聞く前に考えろバカ」と蹴られるだけ。昔から変わってないだろう。氷の溶けたクリームソーダーを啜りながらナプキンの文字を眺めた。
まずは、ナプキンの暗号を解読することにした。『ノT一夕人一台』うーんこれはまだまし。ケータイだ。ただ、なぜ携帯がいるのだろうか。まあ次に進もう。『卜ノへソツーバー 10台』これも簡単、トランシーバーか。あとは、ほぼ解読不可能だが、後ろに英数で記載された番号と10の倍数個の指示があるから、トランシーバー用の部品か。これ以上はA駅のジャンク屋に行ってから考えよう。店を出て駅に向かった。
東西を貫く電車に乗ってA駅で降り、代り映えの無いが華やかな繁華街には目を向けず、卸が集まる通りのさらに奥の雑居ビルに向かった。そこには数坪の店舗が折り重なるように集まっており、一番隅で店の前に座っている男に声をかけた。
「すいません、久しぶりです」
男は胡乱な目で、舐めるように見ると、ようやく思い出したようで
「アキラの子分か」
まあ、あながち間違っていない。
「子分のバカです」
「あーあ、思い出した。久しぶりだな。というか、まだアキラに絡まれているの」
「そういうわけではありませんが、先輩におつかいを頼まれまして」
「やだよ、あいつの訳の分からんオーダー聞くの」
「そんなことを言わず、電光堂さんのお力をお借りしたく」
この人も、かなりの変人だから扱いが難しい。
ナプキンのメモを見せた瞬間に、嫌そうに顔をしかめたが、
「上のところは携帯、次はトランシーバーで、後は電子部品の・・・・」
「相変わらず性格が悪いな、これ意味も分からず買ったら、えらい高くなるし、勘違いして買ったら、お前、結構な被害にあうぞ」
「ですよね。携帯って言ってもジャンクではないし、正規品をわざわざ買わせないですよね。実は先輩に相談したらこのメモ渡されて・・」
電光堂さんにこれまでの経緯を話すと
「それはアキラからバカ扱いされるな。お前、年と共にバカになっていくね。まあ、ここを思い出したのは正解だよ。だが、あいつのクイズだからお前が考えないとな。大枠が当たっていたら、商品は出すよ」
まったく意味が分からないお店だ。だが、間違ってお買い物したら、ダメだし何度もされて、さっき貰った20万円もあっという間に無くなる。だが、上手にお買い物すれば、大部分が俺の取り分になる。考えろ、考えろ。
先輩は意味なく俺に買い物させている訳ではない。俺の話から何かを考え、必要な物を用意させているのだ、それであれば。
「携帯は飛ばしですね。こいつで闇サイトに入るので足がつかない奴」
「正解。使い捨てだからボロでいいな。まあ、数か月は壊れんだろう。バッテリーは死んでるから、サービスで外部バッテリーつけてやるよ」
と言って、裏でゴソゴソして数世代前のスマホと携帯するには邪魔になる外部バッテリーを持ってきた。
「あとはトランシーバー。これは正規品でも良いと思いますが、この電子部品類の目的は増幅?であれば、なるべく長い距離でも通話出来るやつですね」
「そうだ。少しヒント、どの程度の距離がいると思う」
先輩と俺が知っている情報、そして話した内容から考えないと。距離が関わるのは先ほどの喫茶店からこの店、先輩の家と俺の家。いや違う、連絡ならスマホで良いしトランシーバーである必要がない。ほかに出てきた場所はどこだ。闇バイトで指示された店か。さらに、複数個使う、連絡を取り合う。そう気が付くと、たたきの標的になった店の周辺の地図をスマホで出して確認した。なるほど、途中の道は複雑だがこの地区から逃げようとすれば何本かの特定の道を使わざるを得ない。電光堂さんに地図を見せ。
「ここから、ここまで届くトランシーバーですね」
「惜しい、ほぼ正解だが、もう少しだな。だがこれ以上は難しいからな。このスペックのトランシーバでも良いけどオーバスペックだ。これはサービスだ」
といって、バカでかい道路地図を持ち出した。それを廊下に広げ囲碁の石を持ってきた。
「もう目的は分かっただろう」
「ある程度は」
「お前の場合は無駄が多いんだよ。奴らの動きに合わせて、こいつらも動かせば、ほらこのパターンだと一番離れるのはこことここ。このパターンではここ。で最後はここ。この距離で通信できれば事足りるし、お前の場合はそこに大量の人員をとどめておく必要があるだろう。これなら無駄が少ない」
何故、一瞬でこんなことがわかるのか。この人たちにとっては俺はサル以下なんだろうな。バカと呼ばれるだけましかもと思うぐらいだ。
「まあ、及第点だ。全部で6万だが5万でいいよ。お前の答えだと10万だが」
先輩は闇バイトと比較して、日当を10万円と計算してお金を渡したのだろう。
「ありがとうございます。助かりました」
「まあ、こんなややこしい話はあんまり持ってくるなよ」
その割には嬉しそうに碁石と地図を片付けた。
その間に、この店どころか、このフロアーには俺以外一人も客は来ていない。なんでこんな商売が成り立つのか考えると、少し背筋が冷えた。
買った道具を紙袋に入れてもらい、まいど、と言う声に送られてビルを出た。外は茹だるような気温だが、俺の体は冷えていた。先輩がやろうとしていることが見えてきてしまった。確かに先輩の言う通り、犯罪になることは無い行為ではあるが、俺は、このお使いをすることで、アキラ先輩の危険な誘いに完全に乗ってしまったと言うことでもあった。
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