兄と妹

次は18時過ぎに更新です( ̄^ ̄ゞ


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 アリスは元々孤児院の生まれだ。

 両親はおらず、街でチシャの両親をひょんなことで助けたことにより気に入られ、息子一人だった伯爵家に迎え入れられた。

 もちろん、優しかったから―――だけではない。

 アリスの魔術師としての『才能』。ここに伯爵は目をつけたというのもある。

 そしてその時から、チシャの悪評は街のある程度広がっており、優しく純粋だった当時のアリスはとてもチシャのことを嫌悪していた。


「わ、私こんな人と家族なんて嫌ですっ!」


 家に迎え入れようと家族を紹介した時、アリスは席に座っていたチシャに開口一番そう言い放った。

 対面に座るチシャは当時十三。アリスとは二歳差が離れているため、この時のアリスはまだ十一歳である。


「まぁ、お前がどう思おうが俺の知ったこっちゃないが……随分と生意気なガキだな?」

「ッ!?」


 もちろん、アリスにも十分な非があったと思う。

 しかしながらチシャの不遜な態度、悪評、その場の勢いも重なって口論が始まり、やがてアリスはついにチシャへ拳を向けてしまった。


 ―――先んじて話しておく。

 この世界において魔術とは『才能』だ。

 己の先天的な才能に術式が溶け込み、体内にある魔力を流すことによって初めて個々の魔術が発動する。

 才能がなければ魔術師などなれないし、たとえあったとしても弱い才能では魔術として成立しない。魔術師になれる人間は、恐らく千人に一人ぐらいの数だろう。

 それぐらい、魔術師になれる人間は希少。

 逆に、潜在的に眠る才能が強ければ魔術師に至れる。

 それぞれの才能が強ければ強いほど術式の基礎は強化され、魔力を流しただけで世の事象に多大な影響を与えるのだ。

 あとは、己の魔術の解釈をどこまで深め、最大限才能を引き出せるかどうかだけ。


「『才能顕現アビス・タラン』!」


 アリスの才能は『想像』。

 物事においての記憶、及びゼロから一を生み出すことに長けた魔術だ。

 才能が術式に溶け込み、魔力で現れた時に世に与える事象は想像から生まれた創造である。

 自分の想像したものを創れる―――これだけで、充分凄いことだ。

 ありとあらゆる場所で好きなだけ武器を持てる。無手を装って確実に背後を狙える。

 故に、アリスは優しい少女でありながらも戦闘においては同年代だけでなく大人すら倒してしまえるほどの実力を持っていた。

 だが―――


「その程度で挑んでくるんじゃねぇよ、世間知らずのガキが」

「……へっ?」


 負けてしまった。

 文句なしに、怪我を負わせない程度に加減しながら、完膚無きに。

 どうしてこの人がこんなに強いの? 遊んでいるだけの人のはずなのに? 色んな疑問こそあったが、結果は揺るぎない敗北のまま。

 そのこともあってか、アリスはチシャに対する否定が口から出ず、なくなく伯爵家に入ることになった。

 とはいえ、負けて納得したから伯爵家になったわけではない。


(伯爵……おとうさま達は好きだけど、あの人だけは嫌い)


 家に入ったからよく分かる。

 いつも遊んでいて、勉強も仕事もしないで、だらだら過ごしてばかり。

 流石に年齢もあってか女遊びはしていなかったが、それでも貴族として―――人として嫌悪してしまうような様子。

 アリスは伯爵家に迎え入れられてから、更にチシャのことが嫌いになった。


(絶対になんて呼ぶもんか)


 そんなある日のことだ。

 アリスは街で「最近子供を攫っては売り飛ばす商人がいる」という噂を聞いたのは。

 のちに英雄と呼ばれる少女は十一の頃から正義感が強く、それ故に聞いた途端すぐに商人を懲らしめることを決めた。

 そして、アリスは見事噂を聞いたその日に攫おうとしている現場を目撃、相手のアジトを突き止めることに成功した。

 だが、それは決して運がよかった……というわけではない。

 どちらかと言うと、運が悪かった方だろう―――


『おい、上物じゃねぇか。こんな可愛い子だったら、貴族連中が喜んで買うぜ?』


 アジトに乗り込んだアリスは一人、二人、三人を倒していく。

 とはいえ、一つの大きな悪事に手を染めている人間が三人程度の人数なわけではない。

 悲しいことに、アリスは攫われた子供と同じように捕まってしまう。


「は、離して! あなた達、こんなことして許されると思っているの!?」

『許すも何も、誰も俺達を罰することはねぇよ。だって見つかっても殺せばいいんだからなァ!』


 慢心、その一言に尽きる。

 才能があると、腕っぷしがあると過度な期待を抱いていたからこそ、見落としていた。

 自分は一人で、相手は大人数であることを。

 そもそも自分は子供で、相手は体格も力もある大人だということを。


 捕らえられたのは薄暗い地下。

 視界も悪い中、はっきりと見えるのが自分を売り捌こうとしている悪党の顔。

 だからからか、自然とアリスの正義感も恐怖へと変わっていき、思考が別のベクトルへと―――


(怖い……)


 後悔、よりも恐怖。

 挽回、よりも諦め。

 当たり前だ、いくら正義感が強く優しい女の子でも、まだアリスは十一の女の子だ。

 今から自分がどんな目に遭うか想像しただけで心が折れていくなど当たり前なのだ。


(だ、誰かぁ)


 アリスは悪党共の手が徐々に伸ばされている中、瞳から涙が零れ始めた。

 そして、思わず願ってしまう。


(助け、て……)


 その願いは―――



「おい、クソ悪党共。に手を出してただで済むと思ってんのか?」



 地下の天井が崩れ落ちた瞬間に、届いてしまった。


『だ、誰だてめぇ!?』

『どうやってここへ来た!?』

「悪党に話す義理なんてねぇだろうが。いいからさっさと終わらせるぞ、小さな女の子は暗い場所が苦手って相場が決まってんだから」


 現れたのは黒髪の少年。

 驚く悪党へ一瞬で距離を詰め、掴んだ頭を地面へ叩きつける。

 まだ子供とも呼べる外見の少年が出せる力とは思えない。

 叩きつけただけで地面は陥没し、握っていた悪党の頭から血が流れ……地下へ静寂が走った。

 きっと、それが合図となったのだろう。


『殺せ! ガキだと思って甘く見んな!』

『死ねやごガッ!?』

『こ、こいつも魔術師か……!?』

『ガキ相手に何苦戦してんだ!? さっさと殺してしまえ!』


 阿鼻叫喚。アリスが現れた時とは大違い。

 商人達の悲鳴とみずみずしい音、それらが静寂が走ったはずの地下へ響き渡り、視界に赤と土煙が支配する。

 何が起こっているのか? ただでさえ暗かった空間に土煙が舞っているからか、アリスは上手く状況が判断できなかった。

 しかし、それもものの数分後———徐々に視界が鮮明となっていく。


「ったく……なんでお前まで攫われるかね? おかげで強行突破になったじゃねぇか」


 蝋燭の火が薄っすらと暗い空間を照らす。

 そして、視界に映ったのは―――


「チ、シャ……?」

「呼び捨てかよ、うける」


 見慣れた嫌いな男、その人だった。


「どう、して? どうしてここに……」

「そりゃ、元より俺が狙ってた標的だったからな。そこに可愛らしい銀髪の女の子が現れたっていうじゃないか―――んで、玄関無視して窓からお邪魔したわけよ」


 チシャはアリスの下へ近づき、縛っていたロープを解いていく。

 しかし、アリスの頭の中は……酷く荒れていた。


「そうじゃない……そうじゃないよッ!」

「ん?」

「あなたは私のことが嫌いなんじゃないの!? 私、ずっと酷い態度ばっかり取ってたのに!」


 アリスはチシャのことを嫌っていた。

 平民で子供だったが故に、それは態度として露骨に現れていただろう。

 だからこそ、どうして助けに来てくれたのか分からない。放っておいて、勝手にいなくなれば煩わしい妹がいなくなり、いつもの日常に戻るだけ。

 クズと呼ばれる男だったら、普通助けようとは思えないはず。

 どうして盗賊を狙っていたのか? 今の一瞬でどうやって盗賊を倒したのか? そんな疑問よりも、それが一番の疑問であった。

 だが―――


「そんなの、だからだろ」


 チシャは、さも当たり前そうに口にした。


「……えっ?」

「どうやら世間では兄は妹を守る生き物らしいぞ? そりゃ、嫌われてんなーとは思ったが……それが嫌う理由にはなんねぇだろ。初めはクソ生意気だったが、そういうのも込みで兄は妹を守る生き物なんだそうだ」


 ロープがようやく解ける。

 両手両足が動けるようになっても、アリスはその場から動くことができなかった。

 何故なら、両手に温かい少し大きな手が乗せられたから。

 そして、目の前に……優しい、安心したような少年の顔があったからだ。


「ほんと、お前が無事でよかったよ」


 ―――自分は勘違いしていたかもしれない。

 確かに遊び人で怠け者なのだろうが、決してそれがチシャという少年の全てを構成するものではなかった。

 優しくて、強くて、たった一人の……それも、つい最近知り合ったばかりの他人いもうとを助けるために大勢の大人を相手に体を張れる男の子。


 この日、アリスは理解した。

 チシャ・サジュアという人間のことを。


「お、ぁ……ッ!」

「泣くな泣くな。お前は笑ってる方が可愛いんだから」


 アリスはめいいっぱい泣いた。

 チシャの胸に飛び込み、安堵と情けなさと嬉しさの全てを込めた涙を流した。


「そうだ、今度魔術のことを教えてやるよ。アリスは凄い才能を持ってるのに解釈の方向が浅そうだからな、次がないように一緒に青空授業でもするか」


 不思議と安心する。兄の胸が。

 だからこそ、アリスは―――


「うんっ!」


 初めて、兄と呼ぶ少年に満面の笑みを浮かべた。


 これが、初めてアリスが家族として……大好きな兄として印象が変わったきっかけである。

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