英雄を育てた伯爵家のごく潰し、妹の兄自慢により何故か王家の魔術師団に入団させられる〜私が強いのもお兄様の教育の賜物です!〜

楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】

プロローグ

 ここで一つ、世間話に付き合ってほしい。


 ある街を治めている領主に一人の息子がいるんだ。

 流石は貴族っていう感じで、ビジュアルは割かし整っている。お貴族様っていうのは、総じて顔がいい。なんでだろうね、それはよく分からない。

 ただ、世の中顔だけじゃないっていう言葉もあるだろう? あれ、意外と筋通ってんだ。

 例えば、だ。ビジュアルはいいのに女好きで金遣いは荒くて仕事もしない。

 他にも傲慢だったりすぐ怒ったり、平気で人を傷つけるっていうのもあるが、こんな人間と付き合いたいって思う女はいるだろうか? それならまだビジュアルが悪い好青年と付き合った方がいいに決まっている。

 そもそも、そんな人間がいれば女だろうが男だろうが敬遠するさ。

 んで、話は戻すけど───その息子っていうのが、まさしくそれ。

 本当に顔だけで貴族としての責務も果たそうともせずに遊んでは娼館に通い続け、自堕落な毎日を送っている。

 おかげで社交界だけでなく、領民にまでめっぽう嫌われているんだ。ってね。


 ん? 結局なんの話かだって?

 いいや、本題はこっから。

 その貴族の息子には一人の妹がいるんだが、その子が兄とは大違いのいい子でさ。

 可愛くて明るくて人当たりもよくて、優しい。更には魔術師としての腕も天才的で、十五ぐらいなのに人助けで各地を走り回っている……正しく英雄って感じの女の子。

 それで、最近その子がこんなことを言い始めたんだ───



「おにいさま、帰ってきたよー!」


 とある日のこと。

 サジュア伯爵家の屋敷にて、そんな声が響き渡った。

 勢いよく開け放たれた部屋のドアからは、可愛らしい少女の姿。

 艶やかな銀の長髪に愛くるしくも可愛らしい顔立ち。程よく実った胸部とスラッとしたクビレが平服越しにでもよく分かる。

 アメジストの双眸は透き通り、自然と視線が吸い込まれてしまいそうだ。


 ───アリス・サジュア。

 サジュア伯爵家のご令嬢にして、最近と呼ばれる女の子である。

 そんな少女の視線の先には、一人の青年が気だるそうにベッドから起き上がる姿があった。


「……おうおう、超絶久しぶりに帰ってきたお嬢さんや。感動の再会は結構だが、今が何時か聞いてもよろし?」

「夜の二時!」

「すげぇよ、ご近所迷惑を無視して堂々と言えるなんて」


 額に青筋を浮かべる青年。

 しかし、アリスは関係ないと言わんばかりに走り出し、勢いよく兄と呼ぶ青年へ抱き着いた。


「私頑張ってきましたー! これは撫で撫でとハグがご褒美として計上されてもいいと思うの! オプションでちゅーもいただけたら、頑張り屋さんはこれからも喜んで社畜になる!」

「妹よ……お兄ちゃんの顔を見てみろ。夜中に叩き起された挙句に身内のスキンシップを超える要求をされて頬が引き攣ってるから」


 兄と呼ばれるこの男の名前は、チシャ・サジュア。

 サジュア伯爵家の嫡男にして───アリスとは正反対の世間的に『クズ貴族』と呼ばれる遊び人である。

 そして二人は兄妹だ。

 どちらも王国の貴族名簿に名を連ねる、立派な高貴の一家。

 ただ───


「おにいさま……って言葉知ってる?」

「知ってるけど、その文言が今のスキンシップの例外に当て嵌るわけじゃねぇからな!?」


 ───この二人、血が繋がっていないのである。


「おにいさまとの馴れ初めは今でも覚えてるよ……あんなにお熱くて刺激的な日が中々アリスちゃんの頭と体から離れてくれません」

「そうだな、お前が『ごく潰し』と同じ家族になるのは嫌だって言って、問答無用で拳を向けてきたからな。俺は今でも覚えているよ、初対面のエピソードに赤い血が滲んだことを」

「もぉー……おにいさまはネチネチ昔のこと言って! そんなんじゃ、いつまで経っても伯爵家のごく潰しだよ!?」

「別にいいんだよ、俺は。好き勝手生きていたいわけだし、事実だし。俺はお前みたいに馬車馬へジョブチェンジしたいわけじゃないんだ、一生期待も責任も向けられないままダラダラ過ごしてたーいの」


 そう言って、チシャはアリスが抱き着いている状態のままベッドへ横になる。


「……って言いながら、私が倒そうとした盗賊を倒してくれたクセに」

「偶然偶然、まぐれまぐれ。あー、運よく一緒にいた騎士が倒してくれてよかったわー」


 さもどうでもよさそうに口にするチシャ。

 そんな兄を見てアリスは頬を膨らませるが、唐突に頭に温かい感触が現れた。


「っていうか、王国の召集で出て行った妹がまさか英雄って呼ばれて戻ってくるとはなぁ……お疲れさん、よく頑張ったな」


 チシャが労うように優しい表情をアリスに向ける。

 それだけで、アリスの心臓がドクン、と頬に昇る熱と一緒に跳ね上がった。


(……おにいさまは本当にズルい)


 赤らめた頬を隠すかのように、アリスはチシャの胸へと顔を埋めた。

 その時、ふとアリスは思い出したかのようにすぐさま顔を離す。


「そうだ、おにいさま!」

「ん?」

「私ね、もう一個頑張ったことがあるの!」


 勢いよく起き上がり、瞳を輝かせ始めるアリス。

 何事かと、チシャも同じように体を起こして首を傾げた。


「おう、いきなりどったのマイシスター?」

「ずっとね、私は思ってたんだ……こんなに凄くてかっこいいおにいさまが皆に馬鹿にされるのは嫌だなって」


 ポツリ、と。アリスは語り始める。


「けど、いつまで経っても悪評は消えなくて」

「消す気がないからな」

「皆がずっとおにいさまのことを勘違いしてて」

「事実だからな」

「このままじゃ、おにいさまとの結婚が反対されたままだって」

「一生反対されるだろうからな」

「そこでね、私は考えたの! どうすればおにいさまの評判が消えるかなって!」


 なんか嫌な予感がする。

 長い付き合いの家族だからだろうか? チシャの額にひっそりと冷や汗が浮かんだ。


「だからね、私は思いついたんだ───」


 しかし、そんなチシャの冷や汗など気にせず、アリスは堂々と言い放った。



「活動中色んな人と会えるから、その時に「」って伝えればいいんだって!」



 ドヤァ、と。アリスは可愛らしいドヤ顔をチシャへ向ける。

 一方で、チシャはその言葉に思わずあんぐりを開けてしまった。


「……へ?」

「困ってる人を助ける度におにいさまの魅力をお伝えしていたの! やっぱり、おにいさまの素敵なところは皆に知ってほしいし! 私も大好きなおにいさまへを自慢できたし、一石二鳥!」


 ───先んじて言っておくが、チシャは別に悪評をどうこうしたいとは考えていなかった。

 そもそも事実だし、過度な期待も責任も負わず、白い目こそ向けられるものの自由に暮らしていけるからだ。

 しかし、もし改善されるようなことがあれば? その話を聞いてしまったら?


「何しちゃってんのお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!???」


 ご近所迷惑関係なしクソくらえなチシャの叫びが響き渡った。


「も、もう……びっくりした。おにいさま、皆は睡眠のお時間だよ? 寝不足はお肌の大敵なんだから、ご近所の主婦様からの本気のクレーム入っちゃう」

「いや、びっくりしたのは俺の方なんだが!? 久しぶりの再会シチュエーションになんてもんぶち込んできたんだよお前は!?」


 チシャが声を荒らげようとも、まるで「いいことをした!」とばかりに誇らしげな表情を浮かべるアリス。

 そんな愛らしい顔を浮かべられたからか、何を言ってもこの場では意味がないと改めて直したのか。チシャは大きくため息をついて心を落ち着かせる。


「そ、そもそも……俺、全然凄くないし、大衆も信じないだろ?」

「何言ってるの!? おにいさま、私より強いじゃん!」

「俺、遊んでばっかりだし」

「今でも悪い人をたまにこっそり倒してるよね? おにいさま大好きな私が気づいてないと思ったの?」

「俺、女の子と遊んでばっかだし!」

「ソレハユルサナイ」


 急にハイライトの消えた瞳を向けられて「怖いな」と素直に思ったお兄ちゃんであった。


「っていうわけで、おにいさまの噂が消えるのも時間の問題! おにいさまの評判も上がって妹は鼻が高い……今まで「アリスにはあのクズとは結婚させられない」って言われてきたけど、これで大丈夫だね♪」


 アリスの人気は凄まじい。

 社交界だけでなく、天才的な英雄とまで呼ばれるほど領民からの信頼も熱い。

 そんな人間が一つ噂を広めれば、あっという間に広がり、大勢の人が印象を変えるだろう。

 本人の言う通り、それも時間の問題なのかもしれない───


「あ、そういえば今度王女様がおにいさまのお話聞きたいって」

「ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 これは、そういうお話。

 英雄と呼ばれる妹の最愛の人間の噂が、どんどん変わっていく物語である。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は12時過ぎに更新!


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